テリー伊藤対談「ビートきよし」(1)相方・たけしとゴルフ中に事務所入りを決定

アサ芸プラス / 2014年6月17日 9時58分

●ゲスト:ビートきよし 1949年生まれ。山形県出身。お笑い芸人。80年~82年の漫才ブーム全盛期の人気漫才コンビ「ツービート」のツッコミ役として、ボケ役であったビートたけしとともに活躍。その後、コンビ活動から一時離れるも、解散ではなく、折にふれバラエティや映画などで共演を果たしていた。14年4月にきよしがオフィス北野に所属することを正式に発表。約29年ぶりに「ツービート」コンビが同じ事務所に所属した。

 80年代、型破りな漫才で空前の「お笑いブーム」を巻き起こした大人気コンビ「ツービート」。今春、ビートきよしが「オフィス北野」と契約を結び、ビートたけしと両名そろった活動が約29年ぶりに再始動した。毒舌漫才誕生秘話や愛人話など、天才テリーが「裏ツービート史」に迫った!

テリー お元気でしたか?

きよし 元気ですよ。

テリー 4月から、ビートたけしさんの事務所に入ったんですね。どういうきっかけがあったの?

きよし うちの相方とゴルフやっていたら「今はどこに所属してるの?」という話になって。「俺は20年か25年ぐらいずっと、自分の事務所を作ってフリーでやってるよ」と言ったら、「じゃあうちの事務所でやればいいじゃん」という話になったんです。

テリー 自分の事務所ではダメだったの?

きよし 他の事務所とも提携して仕事をしていたんだけど、テレビ局が俺を使いたい時、ネットで調べると自分の事務所じゃないほうが出てくるもんだから、話がややこしくて。

テリー 今度は窓口が1つになるからね。オフィス北野だったら、最高だよね。

きよし そうなんです。

テリー お2人が別々に活動していた時も、けっこうお互いに会っていたりしていたんでしょう。

きよし そう。だから解散はしてないんだよね。大阪と違って、関東は漫才をやるところがないじゃないですか。高田文夫さんの笑学校ぐらいしかない。だから、漫才のコンビでも別々でやる仕事しかないんですよ。しかも今の相方は「世界の北野」になっているし、俺が「一緒にやろう」って言ったってしょうがないしね。

テリー 新聞の報道には「ツービート復活」って書いてあったけど。

きよし 新聞はそういうふうに書いてあるかもしらんけど、ツービートとしての漫才なんて、ネタ作るのも大変だよね。

テリー ネタはどういうふうに作るんですか。

きよし 基本は、相方がネタを書いて。

テリー 昔は、作家の方がいたでしょう。

きよし そうそう。作家がいて、その人が持ってきたネタを舞台にかけて、アレンジしながらお客にウケるようにやっていかなきゃいけない。ネタを作ったからといって、パッとウケるとは限らないしね。1本のネタができあがるのに、最低3カ月ぐらいかかる。

テリー 2人で出る時、事前の打ち合わせはどんなふうにするもんですか。

きよし この間もありましたよ。相方はちょうどTBSの「ニュースキャスター」に出る時だったから、僕がTBSに行って、その前に2人で稽古して。

テリー そういえば、僕はたけしさんの漫才の稽古って見たことがないな。

きよし もともと僕らは浅草でコントをやっていたから、コントみたいなことをやろうとなって。僕が「趣味はゴルフだ」と言うと、相方はけなしてくるわけですよ。「お前、山形出身なのにゴルフなんかできないだろう」って。で、キャディになった相方に僕が「おい、タマ出せ」って言ったら、あの人のことだから、チャックを下げようとするわけだよ。「違うだろう。ボールを出せ、ボールを」って、そんなネタをやったり。

テリー なるほど(笑)。

きよし そしたら相方が「『ニュースキャスター』でもやろう」っていきなり言いだして、どういう形でやるのって言ったら「いや、お前は安住(紳一郎)さんと2人で立ってろよ」って。

テリー ああ、オープニングのシーンでね。

きよし そこで「安住さんに『どうしたんですか』って言われたら『たけしがカゼをひいて、代わりに来た』って言えばいいから」って。始まったら、安住さんが「あれっ、今日は何ですか」って言うわけですよ。

テリー 本来、たけしさんがいるところにきよしさんがいるわけだからね。

きよし 「相方がカゼひいて倒れちゃったから、代わりに出てくれって言われて来ました」って言ったところで、相方が「誰がそんなこと言ったんだよ!」って出てきて、そこから掛け合いが始まっていくというパターンでやりましたね。

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