田原俊彦 再ブレイクでジャニー喜多川社長との関係は

アサ芸プラス / 2014年8月8日 9時59分

 テレビやイベントでの露出が増え「再ブレイクか!?」と言われている田原俊彦。80年代に絶大な人気を誇っていたトシちゃんが凋落した際の状況を、ジャニー喜多川社長と親しかった芸能関係者が語る。

「今から20数年前の1月の事です。田原くんと中山美穂のハワイ旅行が報じられました。その頃、私は何度かジャニーさんの住むマンションに伺った事があります。メゾネットになっていて、客は1階にいるのですが、トイレを借りるために2階に行った際、田原くんの写真が飾ってあるのを見ました。1番のお気に入りだったわけです。旅行報道の時も一緒にいましたが、ジャニーさんは愕然としていましたね。よほど期待していたのか、裏切られた気持ちが強かったと思いますよ」

 事務所に内緒の旅行だったため、喜多川氏が激怒。それから事務所内での立場が危うくなり、1994年に独立するも、事務所の圧力や「ビッグ発言」で干されたと言われている。

「ジャニーさんではなく、周囲が気を使って勝手に圧力をかけたんです。ただ、止めなかったのは事実でしょうね。それもここ数年変わってきました。田原くんは事務所の功労者です。『フォーリーブス』の人気が落ち、郷ひろみは1975年にバーニングプロに移籍。窮地に立たされていたジャニーズを救ったのが『3年B組金八先生』(1979年・TBS系)に出演してスターになった『たのきんトリオ』です。中でも田原くんは別格でした。歌だけでなく、主演した『教師びんびん物語』(1988年・フジテレビ系)も大ヒット。現在のジャニーズ俳優の道を作ったと言われていますからね。昔を懐かしんでからか、そんな田原くんに対し自分は立場上何もできないものの、仲の良いプロデューサーに『田原をよろしく』と言ってたんです。それも再ブレイクした一因だと思いますよ」(前出・芸能関係者)

 田原もインタビューで「ジャニーさんへの恩義は忘れない。今でも尊敬している」と言っている。袂を分かった二人だが、絆が完全に消えたわけではなさそうだ。

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