テリー伊藤対談「作曲家・新垣隆」(1)演出家として佐村河内氏は優秀だった

アサ芸プラス / 2014年8月12日 9時52分

●ゲスト:新垣隆(にいがき・たかし) 作曲家、ピアニスト。1970年生まれ。東京都出身。千葉県立幕張西高等学校音楽科を経て、桐朋学園大学音楽学部作曲科卒業。元・桐朋学園大学音楽学部作曲専攻非常勤講師。今年2月、「全聾の作曲家」として世間の注目を集めていた佐村河内守氏のゴーストライターであったことを公表し、話題になった。8月19日午後7時より、札幌市中央区・札幌コンサートホールKitaraにて「作曲家・ピアニスト新垣隆の世界」を開催予定。

“現代のベートーベン”佐村河内守氏のゴーストライターとして、今年2月の告発会見で謝罪した作曲家・新垣隆氏。世間を欺いた事件のもう1人の主役が語る「全聾の作曲家物語」の知られざる舞台裏とは? 天才テリーも目が離せなかったニュースの真実と、新垣氏の素顔に注目!

テリー 佐村河内(さむらごうち)守さんと最後に会ったのはいつですか。

新垣 去年の12月の半ばでした。

テリー じゃあ今は、直接やり取りをされていることは一切ないんですか。

新垣 そうですね。お互いに代理人を立てて、著作権に関することをやり取りしているという形です。

テリー これまでは、著作権協会から佐村河内さんのほうに著作権料が入っていたわけですよね。今はどうなっているんでしょう。

新垣 現在は、お金の流れが止められています。たぶん彼と著作権協会で協議中だと思います。その二者間のやり取りに関しては、私はもう関与はしていないんです。

テリー 新垣さんとしては、個人的にはどうなるのがいいと思いますか?

新垣 2月の記者会見で皆様にお伝えしたことに変わりはありません。私の著作権は、自分自身で放棄しています。

テリー 佐村河内さんは「俺にくれ」と主張しているわけですよね。

新垣 はい。だから彼の主張としては「今ストップされているものを、解除してほしい」と。

テリー 100あったら、「100俺にくれ」って言ってるんですかね。

新垣 はい。

テリー それはちょっとずうずうしいじゃないですか。もともと、報酬についてはどういう取り決めを行っていたんですか。

新垣 彼の依頼を受けて曲を提供して、その作曲料を受けるという形でやっていました。ですから、渡した譜面は彼が自由に使っていいと。10年近くそういう形でした。その中で、なかなかあまり芽が出なかった状態だったのが、「交響曲第一番 HIROSHIMA」が大ヒットしまして、彼の収入が一気にハネ上がることになったんです。

テリー どれくらい入ったんでしょうか。18万枚も売れたでしょう。

新垣 それはちょっとわからないですね。

テリー 新垣さんから見て、佐村河内さんというのはどういう人なんですか。

新垣 いろいろやり取りした中で、いい面もありますが、やはり問題もあるなとは感じていました。

テリー いい面とは、例えばどういうところ?

新垣 彼が私に曲を書かせたのは、現代音楽というジャンルについて、彼なりの疑問があったからなんです。「現代音楽」とは、よくわからない音楽だと。「今の人たちが聴きたいのは、新垣がやっていることとは違うんじゃないか」ということを彼は言っていました。

テリー 確かに現代音楽って、そんなにCDが売れるわけでもないし、世の中で話題になるわけでもないしね。

新垣 「もっとより多くの人間に理解してもらえるような音楽を、真面目に現代音楽に携わっている人間がきちんと作ってくれていいんじゃないか」と主張していました。「それはそうだな」と、僕は思ったんですよね。この1点のみ、彼の意見にも一理あったな、正しかったなと思います。ただ、結果的にこういう事件になってしまったので、それがよかったというふうには言えませんが。

テリー 佐村河内さんは、「よし、このタイトルは『交響曲第一番 HIROSHIMA』だろう」と決めたんですよね。「俺も広島出身だし、お涙ちょうだいのパターンでいこう」と。本当はそれって、作品を作るうえでは禁じ手のはずなんだけど。

新垣 まさにそうですね。

テリー だって、これって「交響曲第一番 稚内(わっかない)」でも、「交響曲第一番 原宿」でも、お話にならなかったわけだからねぇ。

新垣 そういうことについては、彼はキャッチをつけるのは得意でしたね。

テリー そういう意味では、彼は演出家としては優秀だったと言えるよね。

新垣 そう思います。そういう禁じ手を使いましたけど、これだけ多くの人に知られるようになったのは事実なので。自分自身も、それに乗ってしまったところがありました。

テリー 新垣さんは優しい音楽家だから「まさかそんなこと‥‥」って言っても、「いいんだよ、わかりゃあしないよ」って押された感覚だったのかな。

新垣 気が小さくて「はい、はい」という面もありましたし、他にも「あくまでもこれは1つの依頼として、やるべきだ」と思って、当時は取り組んでしまっていました。

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