織田信長、伊達政宗、前田利家…戦国武将たちが食べていた「男性パワー」の源

アサ芸プラス / 2014年12月9日 9時59分

「うつけ者」と呼ばれた織田信長は好奇心が旺盛で、新しいもの、珍しいものは何でも食べたと言われる。当時、ポルトガル人によって日本に玉ねぎが入ってきたときもさっそく食した。

「当初、玉ねぎは薬として用いられていたが、“男性力”を上げる効果の凄まじさから“媚薬の中の媚薬”と言われ、信長のお気に入りだった。玉ねぎは新陳代謝や疲労回復を促進し、血液をサラサラにする効果もある。このパワーで、信長は実に24人もの子宝に恵まれました」(医食ライター)

 伊達政宗は寛永13年(1636年)に70歳で亡くなったが、末娘・千菊姫はなんと政宗が60歳の時の子であった。知られているだけでも16人の子供がおり、側室は7人と言われている。そんな政宗のパワーの源は味噌と牡蠣だった。

「政宗は美食家で、自ら厨房に立って料理をしたことは有名。独特の製法による仙台味噌も完成させている。味噌は“子種”の生成には欠かせないアルギニンの塊であり、松島湾でとれる牡蠣も最強の亜鉛食品。ともに政宗が60歳でも“現役”でいるのに欠かせなかった」(前出・医食研究家)

 一方、加賀百万石の礎を築いた前田利家は知られているだけで6人の側室を持ち、21人の子供をつくっている。しかも、利家が40歳の時には、妻のまつと側室・隆興院岩に、ほぼ同時期に子供を産ませている。

「この利家のスタミナの素はホタルイカだったと言われています。戦国時代、ホタルイカはタンパク質、網の酸、タウリンを多く含む精を強める食品でした」(前出・医食研究科)

「槍の又左」の異名をとった利家は下半身も“槍”だった!

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