年末年始に読んでみたい…コタツでぬくぬくとしながら読む「極寒本」厳選7冊(2)

アサ芸プラス / 2014年12月30日 9時54分

 寒いということでは、東北だって負けちゃいない。3冊目は歴史小説の傑作、安部龍太郎「冬を待つ城」(2160円 新潮社)

 時代は信長に代わって天下を治めようという豊臣秀吉のころ。舞台は奥州北端の九戸城。現在の岩手県九戸村である。

 かつてここでは戦国時代最後の戦があった。天下を統一し、全国の大名を支配下に置こうとする秀吉。それに対して誇り高き南部氏一族のひとり、九戸政実が反旗を翻す。歴史に残る「九戸政実の乱」である。

 秀吉の包囲軍はその数、15万。対して九戸城を守るのは3000。兵力差はなんと50倍。ゾウとネズミの戦いにも等しい。普通に考えれば、たちどころに戦の決着がつくだろう。

 ところがそうはならない。九戸政実たちは秀吉と石田三成の仕組んだ謀略の裏の裏をかき、圧倒的な形勢不利をひっくり返していく。厳しい寒さや深い雪、強い風といった、東北の人々にとって桎梏となってきた自然条件が、逆に秀吉の兵士たちを苦しめていく。

 小説の序章は朝鮮、漢城(ソウル)の三成から始まる。九戸政実の乱が秀吉の朝鮮侵略を失敗させ、その後の日本史を変えたのだ。東北の寒さをなめるなよ。

 東北の冬山の恐ろしさを描いた不朽の名作が新田次郎の小説「八甲田山死の彷徨」(594円 新潮文庫)。新田次郎は「国家の品格」で知られる藤原正彦の父である。

 この長編小説は1902年に実際に起きた事故を題材にしている。日露戦争直前の明治35年、日本陸軍は青森県八甲田山で雪中行軍の演習を行った。ロシアとの戦争に備え、寒冷地での戦闘を予行練習しようとしたのである。

 だが、先ほど触れた「漫画・うんちく北海道」に出てくる日本の最低気温を思い出してほしい。北海道旭川でマイナス41度を記録したのが1902年だった。史上最も寒い日に、雪中行軍してしまったのだ。強烈な寒さと吹雪が兵士たちを襲う。なんと210名中、199名が死亡。世界山岳史上最悪の犠牲者数である。新田次郎はこの演習を「過酷な人体実験」として厳しく批判している。

 この「八甲田山死の彷徨」を原作に、森谷司郎監督・橋本忍脚本で撮られた映画が「八甲田山」だ。もちろん主演は高倉健。210キロ、11日間にわたる行程を完全踏破する弘前歩兵第三十一連隊を率いる徳島大尉を演じた。対する遭難の原因をつくった山田少佐は、映画では三國連太郎が演じている。「八甲田山死の彷徨」を読み、厳冬の東北を思い、そして健さんの冥福を祈るのも、正しい冬のすごし方かもしれない。

 その新田次郎の名を冠する賞を「雪男は向こうからやって来た」で受賞した角幡唯介は、ノンフィクション「アグルーカの行方 129人全員死亡、フランクリン隊が見た北極」(1944円 集英社)で、酷寒の北極圏を描いている。

 19世紀のなかば、1845年、ジョン・フランクリンという英国人探検家が、北西航路探検隊の隊長に選ばれる。北極圏である。しかしフランクリンはこの探検に失敗する。探検隊の129人全員が死亡。「八甲田山死の彷徨」ほどじゃないけれど、ひどい遭難事故だ。

 しかし、この事故には謎がある。生き残りがいたというのだ。アグルーカと呼ばれた彼らの足跡を追って、1世紀半後の現代、角幡が北極圏に挑む。ついでにいうと、角幡は北海道生まれ。早稲田大学時代は探検部に所属し、卒業後は朝日新聞社に入社した。

 暖かい室内で読んでいても、寒くなってくるようなノンフィクションだ。例えば3月のある日の朝の気温はマイナス32度。羽毛服を着込んで分厚いミトンを手につけなければ、とても外には出られない。「目が覚めると顔の真上に、長さ五センチくらいの霜柱が何本も垂れ下がっていた」なんていう記述がある。寝ている間に鼻と口から出た吐息が、テントの生地にあたって氷結し、霜の柱になるのだ。

 寒いだけじゃない。150年前にフランクリン隊がどう歩いたかを検証し、アグルーカと呼ばれた生存者が本当にいたのかどうかを確かめなければならない。そのためには、極力、フランクリンたちが歩いたところを自分の足で歩いてみなければならない。食料など重い荷物を引きながら。その距離、なんと1600キロ。しかも雪原、氷原は、決して平らではない。いたるところに巨大な氷の塊や裂け目がある。こんな旅、絶対したくない。

◆プロフィール 永江朗(ながえ・あきら) 書評家・コラムニスト 58年北海道生まれ。洋書輸入販売会社に勤務したのち、「宝島」などの編集者・ライターを経て93年よりライターに専念。「週刊朝日」「ダ・ヴィンチ」をはじめ、多くのメディアで連載中。

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