中畑清「舌好調」24連打(3)五輪や参院選でもギャグ爆発

アサ芸プラス / 2012年2月23日 10時59分

 ところで、現役引退後は、解説者としても精力的に活躍していたかに見えた中畑監督。しかし本音はやはり現場復帰にあったと、前出の専門誌記者がこう話す。
「その意味で、04年のアテネ五輪でミスターと監督・コーチのタッグを組んだことは心底うれしかったそうです。大会直前、病に倒れたミスターの無念を思い闘志を燃やし、監督を引き継いで銅メダルを獲得した」
 そのアテネ滞在中も“中畑ワールド全開”だったと、前出・デスクは話す。
「予選リーグ中や金メダルを逃すことになった準決勝の前日にも、中畑は対戦相手国の代表チームの試合の視察には決して行かず、『宮殿を見て歴史を感じよう!』とバスで市内観光に行った。視察に行った五輪チームの正捕手・城島健司(35)は、『普通、来るでしょ!』とキレてました」
 一方、積極的に他競技にも足を運んでいたという中畑監督。五輪の予選リーグ中には、谷亮子の柔道の決勝に、夫の谷佳知(39)を連れて応援に行った。が、
「決勝直前に中畑が『ちょっと一服しよう』と谷をタバコに誘い、その間に試合開始。谷は妻がポイントを取る瞬間を見逃してしまった」(前出・野球ライター)
 さらに、中畑には珍しく、現地で出会った女性に入れ込んだという話もある。
「ボランティアで代表チームの世話をしていた現地留学中の日本人女性に猛アプローチ。カラオケに誘ったり『数字の5は、イタリア語では何て言うかわかる?チンクエ、チンクエ、チン○クエ、なんてな』と明らかなセクハラ下ネタも口にしてました」(前出・デスク)
 そんなアテネ滞在だったが、オールプロで臨んだこともあって、銅メダルという結果には、世論は満足しなかった。
「大会後の会見で中畑は神妙な口調で、『ただの1試合も恥じるようなゲームはなかった。手にしたメダルは銅だったが、金メダルの価値のある銅だった。選手は胸を張って帰ってほしい』と述べた。ところが、その直後『“銅”って字は、“金”と“同じ”と書くんだ!』と言い放ち、会場は静まり返った」(前出・専門誌記者)
 それでも経験を積んだことで「いよいよ巨人の監督か」という機運が高まったのは、堀内政権2年目の05年。日本テレビ関係者が明かす。
「OBからも『いよいよだな』と言われた中畑は我々にも『お世話になりました』と早々に挨拶があった。ところが、蓋を開ければ原さんの再登板。相当ショックだったそうですが、今回の横浜DeNA監督就任直後には、この苦い経験を踏まえてか冗談めかして、『(監督をクビになったら解説者の)席、空けておいてね』と話していました(笑)」
 10年には、「たちあがれ日本」から参院選に出馬。その年の6月に新宿で行われた初街頭演説でのこんな一幕を前出・スポーツ紙記者が振り返る。
「第一声は『タレント候補と呼ばれている中畑清です。ちまたでは“中畑は、巨人軍の監督の芽がなくなったから政界に進出するんじゃないか”と言われていますが、セイカイです』。政界と正解を掛けたようです」

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