元総理安部晋三 「新・美しい国」への道(1) 損得を超えて守るべきもの

アサ芸プラス / 2012年5月7日 10時57分

 民主党政権がボロボロで「政界再編前夜」の今、安倍晋三元総理が再びキーマンとして注目されている。戦後最年少で総理に就任するも1年で辞任を余儀なくされて4年半。辞任理由の健康問題を完全克服した安倍氏に、日本の喫緊の課題から、あるべき未来像まで徹底的に聞き出し、3回にわたりお届けする。

――昨年3月11日、東日本大震災が起こりました。安倍さんがあの大震災で特に深く感じられたことは?

安倍 あの大震災は、私たち日本人にとって、とてつもなくつらい経験でした。今でも多くの人たちが苦しんでいます。私たちにとって3月11日は、忘れることのできない日となりました。それと同時に、守るべきものや大切なもの、私たちが伝承してきたものは何なのかということについて学ぶきっかけでもありました。

 あの大災害の中でも、多くの人々は混乱せず秩序正しく行動しました。そして、被災地の人たちがお互いを励まし合い、助け合っていましたね。その被災者の姿を見て世界中の人たちが応援をし、そして称賛をしてくれました。

――略奪などの暴動も起きませんでしたね。

安倍 例えば、日本文学研究家で震災後、日本に帰化したドナルド・キーンさんは、ニューヨークで大震災の惨状を目の当たりにしたそうです。キーンさんは、被災者たちがもがき苦しみながらも、お互いに助け合いながら立ち上がろうとする姿を見て、感動したといいます。

 そして、その日本人の心と文化を守るために自分も日本人として貢献したい。そう思ってくれたそうです。キーンさんは89歳とご高齢ですが、日本に帰化申請をしました。私は、キーンさんのような方たちが美しいと感じ、守りたいと思った日本こそ私たちが守るべきものなんだ、とあらためて強く思いましたね。

――天皇皇后両陛下も被災地を何度も訪問されましたね。

安倍 お体の具合もあまりすぐれない中においても、国民のことを思う両陛下のお姿には胸を打たれました。特に印象的だったのは、朝日新聞ですら写真を一面のトップに載せたんですが、被災地のガレキの山に向かって深々と腰を折られて頭を深く垂れられた両陛下のお姿です。両陛下のお姿を見た多くの被災地の方々は癒やされる思いだったと思います。本当に勇気を与えてくれるものでした。

 あの両陛下の真似を私たち政治家がしようと思ってもできません。なぜかと言えば、天皇家には1000年以上にわたって、ひたすらこの国の民の幸せと安寧を祈り続けた圧倒的な歴史があるからですね。私は両陛下のお姿を含めたものが、日本の「国柄」だと思っています。多くの日本国民も、その思いを共にすることができたのではないでしょうか。

 一方、三島由紀夫は昭和45年11月25日に自決しましたが、彼が自決する4カ月前にエッセイの中で<日本はなくなって、その代わり無機質な、からっぽな、ニュートラルな、中間色の、富裕な、抜け目がない、或る経済的大国が極東の一角に残るであろう>と予言しましたが、そういう道をずっと歩んで来たわけです。

 その結果、何が起きたかというと、価値の基準を「損得」に置くような社会になってしまったわけです。教育現場では、「国のために命をかけるなんてことはバカなヤツがすることだ」と言う教師もいるわけです。自分の命だけを大切にしろと教え、戦前、戦中のようなことは二度としてはいけない愚かなことだと子供たちに言うわけです。

 ところが、この前の大震災で宮城県南三陸町の町職員の女性は、防災対策庁舎から住人たちに最後まで避難を呼びかけて、津波に呑まれてお亡くなりになられました。

――当時24歳の町職員の三浦亜梨沙さんですね。

安倍 また、福島第一原発の事故でも、自衛隊員や警察官や消防隊員、現地の東京電力や関連企業の社員たちは、事態をコントロールしようと被曝を覚悟しながらも、必死に頑張っていました。

 多くの日本人は、彼らの姿を見て感動しました。なぜ感動したかといえば、それは彼らがみずからの命をかけたからです。彼らは「自身の損得を超えて守るべきものがあるんだ」ということを我々に示した。それは、家族や友人、恋人、そして故郷であり日本という国だったと思います。

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