松井秀喜「逆襲のフルスイング」(2)

アサ芸プラス / 2012年6月6日 10時59分

打率復活でも残留できず…

 振り返れば、松井の苦闘は、シーズン開幕から始まったことではなかった。昨季在籍したアスレチックスと今季、再契約できなかった時から始まっていたのかもしれない・・・。

「マツイはトレード要員」

 松井の去就問題が最初に地元のサンフランシスコ・クロニクル紙に報じられたのは、昨年8月14日だった。

 アスレチックスは、同6月から指揮官がボブ・メルビン監督に交代すると同時に、松井を3番に指名。すると、それまで打率2割1分6厘と不振だったが、スタメンに定着するや松井のバットは上昇気流をつかんだ。

 夏場の成績は、87打数39安打。後半戦だけの成績を見れば、2割9分5厘、出塁率も3割5分3厘と高く、辛口の米メディアを黙らせている。

 松井自身も「復活=アスレチックス残留」と解釈していた。しかし、地元メディアの「サンフランシスコ・クロニクル」紙は、好成績を尻目にさらに追い打ちをかけていく。

「再契約の可能性も大きいが・・・」(9月28日)

「やっぱり、再契約の可能性は消えているようだ」(10月29日)

 一連の報道は「スーザン・スラッサー」という同紙のトップ記者による執筆だった。

 この記事の中では、松井の微妙な立場とともに、再三にわたって「ステイ・ヤング」という言葉が繰り返された。いわゆるチームの「世代交代」であり、地元ファンの関心も、松井の去就から、完全に若手選手に移っていた。

 チーム事情が松井の評価を覆すことはなかった。

 そして松井は、去就未定のまま、帰国の途に着く(11年12月28日)。

 松井は飛行機に搭乗する直前、現地日本人メディアに囲まれた時、ある記者が発したこの質問に言葉を詰まらせた。

「マイナー契約でも米球界に残るのか──」

 少し考えてから松井は、

「まだそこまでは考えていない」

 と返すのが精いっぱいだった。

【関連記事】

アサ芸プラス

トピックスRSS

ランキング