死んでも「アイツ」に勝ちたかった! 小林興起(1)

アサ芸プラス / 2012年6月8日 10時54分

 目標、壁、天敵、ライバル・・・。あの日、あの時代、どうしても倒したい相手がいた。「アイツに勝つ」との思いが、その道で生き抜く原動力でもあったのだ。各界著名人が激白する新連載の第1回目は、05年の郵政選挙が舞台。自民党を追われた信念の政治家が、地盤に乗り込んできた女刺客を一刀両断する。

賛成する政治家は「売国奴」

 自民党からの“刺客”小池百合子議員と戦った2005年の郵政選挙というのは、政治家・小林興起にとって「勝ちたかった」どころか「勝たねばならなかった」戦いでした。

 だって、考えてもごらんなさい。自民党のために汗を流してきた生え抜きの政治家を、たった一法案に反対しただけで追放する。これが民主主義ですか? そんな仕打ちを受けて、選挙に敗れるわけにはいかないでしょうよ。

 それに元キャスターか何だか知らないけれど、権力にゴマすって、長いものに巻かれて、上手に世の中を泳いでいくのが政治家なのか。彼女を当選させたら、子供たちだって「政治家にはバカしかなれない」と思いますよ。

 このままでは日本の政治、そして民主主義は崩壊していく。そんな危機感を抱きながら戦ったのが、私の郵政選挙でした。

 05年、郵政民営化法案に反対の立場を貫いたことで、小林興起議員(68)は自民党から追放の目に。。郵政民営化が争点の第44回衆院選では、地盤の東京10区が決戦の場とはいえ、結成されたばかりの「新党日本」からの出馬を余儀なくされた。小林氏が生まれ育ち、政治家を志した地に、小泉政権の刺客として当時の環境相・小池百合子氏(59)が兵庫6区から乗り込んできたのである。劇場型選挙の主演女優が小池氏ならば、悪役となる助演男優が小林氏という構図だった。

 当時、郵政民営化法案には多くの自民党議員が反対していました。それも当然でしょう。年次改革要望書という、アメリカ政府から日本政府に突きつけられた要求に沿って出来上がった法案を許してなるものですか。日本の国益ではなく、アメリカの利益にこそつながる法案を、「はい、わかりました」と通せるはずがない。アメリカの厚かましい要求なんて受けられるはずがないのです。この法案に賛成する政治家は、いわゆる「売国奴」でしかありません。

 私は郵政民営化には基本的には賛成の立場だったんです。しかし、外資規制のない当初の法案には大反対。郵貯や簡保の資金運用を外国に渡してしまうことになるからです。これほど愚かな法案であるのに、政府は「構造改革」とか「郵便局を便利にする」などとわかりやすい言葉に置き換えて、小泉さんも「我こそが正義」とばかりに国民をだまし、煽動した。慎重に協議しなければならない法案を、小泉さんは強引に認めさせるために脇目も振らず「解散!」のひと言で総選挙に持ち込んだのです。真っ当な政治家の感覚で動いていた私たちはいつしか「造反組」となってしまった。

 私や亀井静香議員をはじめ当時追放された政治家は、頭のてっぺんから足の爪先まで、“ミスター自民党”と、それぞれの地元で呼ばれていた議員ばかりでした。55年体制以来、自民党は地域から愛され、地域から選ばれた政治家によって成り立つ、支持基盤の厚い党だった。だからこそ、政権が何十年と続いたわけです。そんな長年自民党を支えてくださっていた方々をも裏切ったのが郵政解散だった。

 そして小池議員が兵庫6区から鞍替えして、東京10区に乗り込んできました。

「政界の渡り鳥」と揶揄され、日本新党、新進党、自由党を経てきた彼女は自民党の生え抜き政治家ではない。彼女が「自民党に入りたい」と言うから入れてあげて、兵庫6区という小選挙区を自民党が与えてあげたわけでしょう。それなのに、私のような生え抜きの政治家の地盤に乗り込む神経たるや・・・。普通は「それだけはできません」と断るべきでしょうよ。彼女の地元であった、兵庫の有権者をも裏切ることになるわけですから。義理人情を大切にする保守政治家である私としては、こういう姿勢を見せた政治家を絶対に許すことはできません。

 当時、テレビや新聞は独裁者にして暴君だった小泉を「かっこいい」だとか「織田信長のようだ」などと報じていましたが、織田信長だって墓の中で「小泉と一緒にするなんてふざけるな!」と叫んだはずですよ(笑)。

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