志村けん、今明かされる「コント界のカリスマ」になるまでの驚愕遊びっぷり

アサ芸プラス / 2017年6月17日 9時58分

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 4半世紀以上、“コント界のカリスマ”であり続けている志村けん。ケタ違いの金を手にできた昭和の時代に天下を獲ったとあって、そのすべてが規格外だ。昔の話を聞かせくれたのは、演芸雑誌の元編集長。

「志村さんは元ザ・ドリフターズのファンです。18歳でドリフのボウヤ(楽器を持つための弟子)になって、『8時だヨ!全員集合』(TBS系)がスタートした時は、わずか5000円の月給。ド貧乏で、空腹はドリフが食べ残した弁当でしのいでいました。3年にわたる付き人生活のあと、お笑いコンビ『マックボンボン』を結成、のちに解散。ちょうどその頃、ドリフから荒井注さんが脱退したため、志村さんが加入。月収は、50万円に跳ね上がったそうです」

“全員集合”は、最高視聴率50.5%を叩きだした超オバケ番組。志村はゴールデンタイムで2本のレギュラー番組を抱えた時期もあった。番組制作費もギャラも高騰していたこの頃、遊び方は、どこかの国の国王かと思うほどだったという。

「その2番組の出演者と関係者を引き連れて、週に2回は『会食⇒高級クラブ⇒ディスコに出動』のコースを堪能。クラブでは、30万円をポンと支払っていたそうです。その頃からダチョウ倶楽部の上島竜兵さんが付いて回っていましたが、ある日の夜は、志村の代わりに自分が飲み代を負担しようとしたそうですが、ある店の会計を見てビックリ。自分の家賃1カ月分だったとか(笑)」(前出・元編集長)

 67歳で、結婚歴なし。正真正銘“最後の大物独身”だ。これまでに流した浮き名は数知れず。還暦を過ぎても3人の女性と同時に交際していた時期があるとされ、その3人にティファニーのアクセサリーをプレゼントしたとも。総額ン百万もポンと払えるあたりは、さすがの一言。こうなったら「生涯独身で人生を謳歌したお笑い界のカリスマ」というカッコいい伝説を作ってほしいものだ。

(北村ともこ)

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