天才テリー伊藤対談「大仁田厚」(1)休業、欠場よりも引退を選びたい!

アサ芸プラス / 2017年12月22日 5時56分

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●ゲスト:大仁田厚(おおにた・あつし) 1957年、長崎県生まれ。73年10月、全日本プロレスに「新弟子第一号」として入門。74年デビュー。82年、NWAインターナショナル・ジュニアヘビー級王座を獲得、全日本のジュニア戦線で活躍。85年、左膝の負傷を理由に引退。タレント活動や飲食店を経営するが、89年にFMWを旗揚げ。「ノーロープ有刺鉄線電流爆破デスマッチ」などの過激路線で人気を獲得するも95年に2度目の引退試合。96年、現役復帰。以後、引退と復帰を繰り返す。2001年には明大政経学部経済学科に入学。同年、自民党から参院選に出馬し当選。今年10月31日、7度目の引退試合を行った。

 革ジャン&ジーパン姿でデスマッチに明け暮れる“邪道”パフォーマンスで、カリスマ的な人気を誇ったプロレスラー・大仁田厚。10月31日に「7回目」の引退試合を行い、本当に選手生活にピリオドを打ったと語るが、天才テリーはその言葉をまったく信用していない!?

テリー おお、赤い革ジャンじゃないですか。モノクロページなのがもったいないね。

大仁田 俺も60歳になりましたから。これ、赤いチャンチャンコ代わりなんですよ(笑)。

テリー 先日は引退試合、お疲れ様でした。でも、7年ぶり7度目の引退って、もはや狼少年レベルじゃないの(笑)。

大仁田 自分でも「そんなにしてたかな?」と思っていたんですけど、日刊スポーツの記事を読んだら「ああ、本当だ」と(笑)。

テリー ファンは、どういう反応なんですか。

大仁田 あきれている人もいるかもしれないけど、熱量の高いファンがまだまだ残ってくれていますから。

テリー じゃあ、そういう人たちは「8度目の復活も待ってるぞ!」って言ってくれるんだろうな。さすがはカリスマ。

大仁田 いやいや、自分は全然普通なんです。ただ、プロレスは技をかけて相手を倒すだけじゃなくて、それを通して自分の思いや生き様を伝えるものだ、と信じて、ただ必死に戦ってきただけなんです。その思いを、ファンにちゃんと理解してもらえたんだと思いますね。

テリー しかし、どうして7回も引退することになったの?

大仁田 その時々に、ちゃんと理由があるんですよ。最初は膝を粉砕骨折して納得のいく試合ができなくなったからだし、93年には試合後に息ができなくなって、緊急入院したんです。

テリー それって、どういう状況だったの。

大仁田 最初は扁桃炎だったんですけど、その菌が肺に回って肺炎から敗血症になって、意識がなくなったんですよ。しかも18日間、危篤状態になりましたから。

テリー え、危篤!?

大仁田 どんな抗菌薬も効かなくて、かなりヤバかったみたいですね。でも、担当の先生がプライドを捨てて、「こういう症状の患者に適正な抗菌薬はないか」と情報を開示して、全国の先生に聞いてくれたんですよ。おかげで適正な薬を入手できて、なんとか助かったんです。

テリー それは、すさまじい話だね。

大仁田 その時、「自分でキチンと引退の時期を定めなきゃいけないな」と思いましたね。デスマッチって、究極的には死を見つめなきゃいけない世界にまで突入しますからね。

テリー でも結局、何度も復帰しちゃうんでしょう。

大仁田 なんか「休業」とか「長期欠場」っていう言葉が使えないんですよね。その時その時が真剣勝負だから、やはり気持ちとしては「引退」を選ぶんです。もちろん毎回、本当に辞めるつもりでいるんですけど、いつも「俺はプロレスが好きだ!」っていう気持ちが上回っちゃうんですよ。

テリー なるほど、じゃあ、やっぱり8度目の復帰もあるってことじゃない。

大仁田 いや、それはないです、本当に(笑)。

テリー またまた。俺は全然信じてないけどね(笑)。

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