スターなのにジュニア扱い…亀梨和也が経験した悪夢の時代

アサジョ / 2018年10月9日 10時14分

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 今年は、KAT-TUN・亀梨和也がジャニーズ事務所に入所して、ちょうど20年にあたる。同期にメンバーの中丸雄一、NEWS・増田貴久、Kis-My-Ft2・藤ヶ谷太輔、A.B.C-Z・塚田僚一などがいるが、入所した翌99年に亀梨は、ドラマ「3年B組金八先生」第5シリーズに出演していることから、スタートダッシュは良好だった。

「ジャニーズJr.内ユニットでKAT-TUNが立ち上がったのは2001年。2005年1月に、全話の平均視聴率が20%を超えた伝説の学園ドラマ『ごくせん』(日本テレビ系)第2シリーズに元メンバーの赤西仁とともに出演したことで、2人は“仁亀”と呼ばれ一気に人気者となりました。それでもまだJr.だったので、マネージャーはなし。移動は電車。亀梨は横浜アリーナで1万人を熱狂させたライブのあとも、普通に電車で帰ったそう。ところが家に着くと、車7台と、女性ファンが何十人も押し寄せていたのだとか」(アイドル誌記者)

 当時はまだ、東京都江戸川区で実家住まい。近所付きあいをしっかりしていたため、文句は言われなかったが、肩身が狭い思いをしたという。この日だけに限らず、家にファンが来ることは何度もあったという。

「別の日には、車で来たファンの子が大音量でKAT-TUNのオリジナルソングをかけたそうです。翌日、近所のおばちゃんから『昨日、和也くん、歌ってたでしょ』と言われ、『僕、違います』と必死で身の潔白を訴えたとか」(前出・アイドル誌記者)

「ごくせん」出演を機に、一気に有名芸能人となった亀梨。その年の冬には、NEWSの山下智久(当時)と連ドラ「野ブタ。をプロデュース」(日本テレビ系)でW主演を張り、作中の役名である“修二と彰”の名義で主題歌「青春アミーゴ」をリリース。いきなりミリオンヒットになり社会現象となったが、このときの亀梨はまだJr.の一員だったのだ。

 入所から歌手デビューまでに、およそ8年もかかっている亀梨。順風満帆ながらも着実に経験値を積んでいったからこそ、ソロ活動も安定しているのだろう。

(北村ともこ)

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