嵐、レコード会社から“見限られた”あの日からのV字回復!

アサジョ / 2019年10月15日 10時15分

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 嵐がハワイでデビュー記者会見を開いたのは、99年9月15日のこと。21年目に突入した今年、初のオールタイムベストアルバム「5×20 All the BEST!! 1999-2019」をリリースし、ダブルミリオンを突破した。令和初にして、ジャニーズアーティストのアルバムで初の金字塔を打ち立てた。

 9月11日には「日本テレビ系ラグビー2019 イメージソング」に起用されている最新シングル「BRAVE」が発売。10月16日には20周年記念ビデオ・クリップ集「5×20 All the BEST!! CLIPS 1999-2019」がリリースされるため、活動を休止する20年の大みそかまで、まだまだその勢いは続きそうだ。

 名実ともに音楽界のトップで燦然と輝く嵐。しかし、デビューからおよそ2年は苦境が続いた。レコード会社から契約を打ち切られる不測の事態に直面したこともあったという。

「デビュー曲『A・RA・SHI』はヒットしましたが、2枚目の『SUNRISE日本』以降は、苦しいセールスでした。当時のジャニーズ事務所には、頂点にSMAPがいて、V6、TOKIO、KinKi Kidsがいた。下からは、山下智久らを中心としたNEWS(当時)が突き上げてきた。スタートダッシュがすさまじかった嵐に、ポニーキャニオンは過度な期待を寄せたのです。徐々にジャニーズと意志の疎通が図れなくなり、袂を分かちました」(音楽関係者)

 嵐を育成していたのは、藤島ジュリー景子さん。現在の社長だ。「レコード会社に文句を言うより、自分たちで責任を持って手がけたほうがいい」という彼女の考えのもと、01年に自社レーベル「J Storm」(ジェイ・ストーム)を発足。翌02年、独立第1弾として「a Day in Our Life」をリリースした。

「500円のワンコインで発売するという、業界の常識を打ち破る船出でした。37万枚を売り上げる大ヒットで、見事なまでにV字回復。楽曲制作も既存の作家・作曲家ではなく、無名クリエイターをかき集め、そのなかから嵐に合ったものを選ぶという方法に変えました。ちなみに、『ジェイ・ストーム』のジェイはジャニーズで、ストームは嵐。嵐にとっては冠を有した初の自主レーベルとあって、このころはしょっちゅう5人で話し合ったと、のちに櫻井翔が振り返っています」(前出・音楽関係者)

 CDサイズは、90年代終盤から徐々に失われつつあった8cm。CDケースはなく、ジッパー付きビニール袋に封入する形にした。低価格とあって、本編、ボーカル不在のインストゥルメンタル、メンバーのトークという3編構成。櫻井出演のTBS系ドラマ「木更津キャッツアイ」のエンディングテーマに起用されたことも、追い風となった。

 レコード会社から切られるという事件を乗り越えて、トップアイドルにのし上がった嵐。その嵐に見切りをつけたレコード会社は、さぞ悔しがっていることだろう。

(北村ともこ)

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