なぜNetflixはとんがった企画に金を出せるのか?
ASCII.jp / 2016年1月16日 18時0分
〈後編はこちら〉
フィクションは常に現実の一歩前を進んできた。インターネットにおいてもそれは変わらない。仮想空間にダイブしてライバル会社のデータを破壊するコンピューター・カウボーイ。名前を呼べばどんな離れた相手とも話せる腕時計。なんでも作れる万能工作機械――。VR、ハッカー、スマートフォン、3Dプリンターなどは一種の「フィクションの現実化」と言ってもよいだろう。
角川インターネット講座を紐解いても、第13巻『仮想戦争の終わり』で語られているのはまさに国家に雇われたハッカーたちが展開するケタはずれの戦争であり、第9巻『ヒューマン・コマース』、第11巻『進化するプラットフォーム』、そして第12巻『開かれる国家』を通読して連想できるのは、サイバーパンクにたびたび登場する“国家を凌ぐ力を持った巨大企業”だろう。
昨今のネット配信サービスによるコンテンツ流通を含め、インターネットの発達は映画やアニメ・ゲームといったフィクションの世界にどのような影響を与えたのだろうか。
フィクションにリアリティーを付与する職業「設定考証」のプロフェッショナルであるお三方に尋ねてみた。〈連載一覧はこちら〉
今、フィクションに最も影響を与えているのはNetflix サブスクリプション型のネット配信サービスが業界を変えていく
―― まずは自己紹介からお願いします。
鹿野 鹿野司です。肩書は科学ライターですね。最近の仕事で有名なのは「宇宙戦艦ヤマト2119」と「コードギアス 亡国のアキト」かな。SFマガジン史上最長の連載「サはサイエンスのサ」も続けています。
堺 堺三保です。肩書はよくわかりません。月刊映画秘宝のスミのほうの穴を埋めたり、SFマガジンで連載したり、池澤春菜さんの連載の脚注をいっしょうけんめい書いたりしています。
白土 白土晴一です。アニメ・ゲーム・マンガの後ろで知恵をつける仕事をしてます。最近ではアニメ「純潔のマリア」で中世の設定考証をやりました。あとは……まだ言えない(笑)
―― 本日のお題は「インターネットがフィクションにどのような影響を与えたか」です。
堺 アメリカのNetflix、Hulu、Amazon Prime Videoといったサブスクリプション型の動画サービスは、自力でコンテンツを作ろうという方向になってますよね。しかもスポンサーがいないから自由に作品作りができる。
白土 Netflixは自由でとんがりすぎてますよね。
鹿野 だけどそういうことをやらないと、みんな同じようになってだんだんつまんなくなるからね。
堺 ドラマもすごいんですけど、今おもしろいのはドキュメンタリーなんですよ。
「ボーリング・フォー・コロンバイン」以降、“ドキュメンタリーもお客さんが付く商売になる”ってことになってるけど、そうは言っても大規模な一般公開はなくて、「映画祭で評判になったらDVDに!」という感じじゃないですか。
それがもうNetflixやHuluだといきなり世界中に公開できちゃうんですよね。
白土 この5年でドキュメンタリー探すのは楽になりましたよねー。
堺 映像に関して言えば、NetflixとかHuluとかAmazon Prime Videoが戦ってくれている間は、いいことが起こりつつあるような気がする。
鹿野 そう。これで日本のコンテンツにも予算が付いてくれればね。
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(次ページでは、「なぜNetflixはとんがった企画に金を出せるのか?」)
なぜNetflixはとんがった企画に金を出せるのか?
鹿野 (Netflixなどが製作費を出すことで)日本のスタジオが作品を海外にも売ることを前提に考え始めるのなら、監督やシナリオライターも日本国内以外を狙う感覚で作る人が出てこないとだめだよね。
こういうこと言っちゃアレだけど、オレ日本のドラマあんまり好きじゃないんだよ。なぜならお約束っぽいコードが多いから。たとえば『この局面で怒ったり怒鳴ったりしないだろ』というシーンで怒鳴らせたりさ。役者の芝居はできてると思うんだけどね。
堺 専門家が出てくるはずの話でもアマチュアが主人公になっちゃう。アマチュアであることによって専門家より良いことをする、という話があまりに多すぎる。専門家軽視なんだよね。
鹿野 今見ている日本のドラマなんだけど、専門知識に関する考証は完璧だし、裏でちょこちょこ話してる会話も啓蒙的ですばらしいのね。だから若い子たちが見るにはすごくいいと思うんだけど、ところどころドラマが耐えられない出来に……。
一同 いやいやいやいや(笑)
鹿野 どうしてそういう風に作っちゃうのかはすごくよく分かるんですよ。シナリオライターが『日本の視聴者達はこうしないとわからないだろう』って考えてるわけ。でもそのやり方は世界に打って出るときには通用しないよね。
堺 アニメに限れば、基本的には監督と脚本家のものだからまだマシ。おそらく同じプロデューサー、脚本家、監督だとしても「海外で売るんですよ」と言った瞬間にみんなマインドセットが変わりますよ。
鹿野 外国のドラマをたくさん見て、これと戦うんだと思って作ってくれればいいわけだよ。
白土 現場の人たちだって海外のドラマは見てますよ。むしろ海外ものしか見てないことが多い。まあ、Netflixはとんがりすぎだろって最近は思ってますけどね。
鹿野 でもそのとんがってるNetflixがいちばんお金をくれるはずなので。
堺 アメリカだって、とんがってるドラマはネットかケーブルテレビなんですよね。地上波だとみんなに見てもらわないといけないから、どうしてもそこまでできない。
ケーブルは契約者が喜んでくれればそれでいいわけだから、どんどんとんがる方向に行ってる。最近だと「ブレイキング・バッド」というドラマが良い例ですね。一方、地上波では「BONES」とか相変わらず一話完結のわかりやすいドラマがいつまでも続いてる。その2つがバランス取って進むのがいいと思う。
白土 日本でも両方あればいいと思います。ローカルなものを狙いたいという人はそのままでいい。
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制作者たちのマインドセットは変われども…… 国内では金を出す人がいない理由
鹿野 だから、Netflixのようにとがったものを生き残らせるためのシステムがあればいいんです。だけど日本の出資者がそういうことに金を出せるかというと、出せないわけですよ。
これはコンテンツに限らず科学の予算の付け方なんかでもそうだけど、「今ここに金出さなきゃだめだ」ってところに出せないんだよね。
サイエンスの新しい研究って、他の国でやってることを追いかけてもだめなわけですよ。でも出資者はことあるごとに「市場はあるの?」とか「外国では当たってるの?」とか聞く。これでは時代をブレイクスルーするようなところにはお金が回らない。
これはここ10年くらいの、なにもかもを経済原理で考えようというマインドの変化によって起きているんだよね。確かに昔は経済のことをまったく考えてなかったという反省から、民主党政権になるちょっと前から経済のこともちゃんと考えましょうって話になって、それがどんどん先鋭化してきているのが今だと思う。
経済合理性を追求するとやっぱりおもしろいものはなくなるんだよ。だって「二番煎じしかやらない」ってことだもん。マーケティングってそういうことだからね。でもそれでは新しいものが生まれなくなってしまう。
堺 ITのおかげで、映像をはじめありとあらゆるものが安価に作れるようになり、誰もが表現者になれるようになった反面、食えるプロは減ってるんですよ。それは結局おもしろいものが減ってるってことなんだよね。
白土 数が増えたぶん見つけにくくなっている。
鹿野 IT時代になって、ロングテールでニッチな才能も活かせるみたいなことが言われたりしたけど、ロングテールはシステムを持ってる人が儲かる話であって、テールになってる人はぜんぜん儲からない。
白土 ロングテールはAmazonの成功法則であって、当然Amazonにしか通用しない話ですからね。
Netflixという最新プラットフォームを理解するために
動画配信サービスの代名詞といえるNetflix(ネットフリックス)。座談会でも言及されている通り、他の配信サービスが避けてきた番組制作に乗り出して大成功をおさめ、いまやメディアとしての片鱗も見せ始めている。こうした巨大プラットフォームはいかなる原理で動き、社会を変えてゆくのだろうか。
角川インターネット講座の第11巻『進化するプラットフォーム グーグル・アップル・アマゾンを超えて』では、グーグルやアップルをはじめとするプラットフォームビジネスの解説、そして未来像に迫る一冊だ。監修は出井伸之氏(クオンタムリープ株式会社CEO、元ソニー株式会社会長)。
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(次ページでは、「インターネットを表現するのは難しい」)
インターネットを表現するのは難しい
―― インターネットが効果的に使われている作品を挙げるとすれば?
一同 それは難しいなあ……。
―― あら。
鹿野 そういうものはないよ(笑)
白土 たぶんないと思いますよ。
堺 だってインターネットでしょ? それはなかなか難しい。
鹿野 映像で表現されているのはインターネットじゃなくてヒューマンインターフェースなんです。たとえばインターネットの表現としてパソコン通信のような画面を見せたり、今はスマホなんかを使うシーンもありますが、それらはあくまでインターフェイスを見せてるだけです。
つまり、通信や情報交換をどのようなインターフェイスで出すかというのはたくさん表現されているけど、その背後で動いている仕組みであるインターネットを直接描くのはエンターテインメント作品ではかなり難しい。
白土 「水道をどう描く?」って聞くのと同じ話だと思います。
堺 ハッカーの話はたくさんあるけど、描写としてはハッカーが超高速でキーボードを叩いてるか、インターネットの内部にジャックインして、サイバースペースの中でなんかやってるって絵があるだけで、実際なにをしているかは描かれない。
鹿野 だって本物のハッカーはアプリ走らせてるだけで、あまりキーボード叩いたりしないからね。
白土 ハッカーのシーンの設定をなんとかしてくれって依頼は来るけど、うまくいった試しはあんまりないですね。
鹿野 みんなが思ってるだろうハッカーのイメージを描くしかないよね。
堺 「スコーピオン」っていう本物のハッカーをモデルにしたアメリカのテレビドラマが去年から始まったんだけど、やっぱりキーボード叩いてるだけじゃ一般向けのアクションにならないので、無理やり理屈を付けて低空飛行するジェット機にスポーツカーで地上から追いついてケーブルをつないでアクセスするってシーンを1話からやってて……。
白土 そこまでくると逆におもしろいじゃないですか(笑)
堺 おれはこの1話見た瞬間にもういいやって思ったんだけど、世間的には当たって2シーズン目までやってるんだよ。世の中なんてそんなもんなんだって(笑)
鹿野 だれもインフラそのものについては興味がない、と。
白土 これがインターフェイスになると一変するんですよ。作品にもよるんですが、CGモニター打ち(あわせ)というのがあるんです。たとえばロボット物なら、パイロットが見るモニターのデザインと情報をどこにどう配置するかを考えるわけ。なぜならそれを読む視聴者がいるから。
鹿野 昔はそんなの一時停止してまで見る人は少なかったから適当だったんだけど、今はいちいち「ガンダムのコックピットのここに数字が出てるけどこれはなんだ?」って読む人がいるわけよ。
堺 「エウレカセブンAO」の設定考証をやったときも、契約書の文字とか、ありとあらゆる画面に出てくるデジタルの文章作りましたね。
白土 僕は「ヨルムンガンド」のときに武器商売の取引に関する書類を全部英語で書きました。
鹿野 おれも「機動戦士ガンダム THE ORIGIN」でやってますよそれ。「要る」って言うからさあ(笑)
堺 昔はアニメに登場する英字新聞の英語なんかよく見るとでたらめなものが貼ってあったりしたじゃないですか。それが今アニメに関して言えば許されない。
白土 新聞もたくさん書きますし、モニターの中の数字も一応計算して出してますよ。
堺 オレはなるべく数字が出ないようなモニターを考えてくれって言ってる。
鹿野 架空の文字にするとかね。あと、原作での描写が大前提という場合もあって。たとえば「~THE ORIGIN」の2話ではテキサスコロニーから月が見えるんですよ。本当はコロニーから絶対月は見えないけど、原作で月が描かれているので、そういった場合はそちらを尊重します。
堺 やっぱり映像で映える絵にしなきゃってことになるよね。そうなると結局、画面の前でキーボード叩いてるハッカーの人になっちゃうという。
白土 「ウォッチドッグス」というゲームですでにやってるけど、エンターテインメントのハッカー像は、もうスマホに集約されるんじゃないですかね。アクションしながらハッキングできるし。
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鹿野 たまに、すごくクリエイティブな形で全然違うハッカーのイメージを出してくる人もいるけど、それは映像側の天才なんだよね。
白土 論理のほうではなかなか出しにくいですよ。
鹿野 そう。リアルはたいしておもしろくない。ハッカーと言ってもリアルなハッカーがほしいわけじゃなくて、作劇のなかでハッカーというスーパーマンがほしいだけだからさ。
堺 一方、実際のハッカーがやってることは、ゴミ箱漁ったりして物理的にパスワードを盗み出す行為だったりする。
鹿野 ソーシャルエンジニアリングがハッキングの極意だからね。セキュリティーホールを狙うとかさ、そういうのは現実として重要なことだけど、ドラマとしてはおもしろくないんだよ(笑)
Q 本物のハッカーは何をしている?
汚い部屋でパソコンに向かうTシャツにジーンズ姿の若者。目にも止まらぬ速さでキーボードを叩くと、真っ黒の画面に文字が滝のように流れ、やがてお目当ての金庫の扉が開く……。フィクションのなかのハッカーはまるで、杖を振る代わりにキーボードを叩く魔法使いのようだ。
だが、現実世界では政府機関や大企業への不正アクセスが頻発、安全保障の一分野として認識されている。もはやハッキングは魔法などという牧歌的な存在ではなく、相手国家を攻撃するための武器にほかならない。角川インターネット講座 第13巻『仮想戦争の終わり サイバー戦争とセキュリティ』では、このインターネットを舞台に日夜繰り広げられている「戦争」の実情を詳しく解説している。監修は土屋大洋氏(慶応義塾大学院政策メディア・研究科教授)。
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