クルマ作りの人材育成のためスーパー耐久に参戦するHonda従業員チーム「Honda R&D Challenge」
ASCII.jp / 2022年9月25日 18時0分
レースで得た知見を市販車に活かす、というのは昔から耳にする話。最近ではトヨタが、スーパー耐久(以下S耐)シリーズで水素やカーボンニュートラル燃料を使った車両を走らせて開発を進めています。その中で、Hondaはちょっと違うアプローチでS耐シリーズに参戦し、クルマづくりに役立てている様子。今回はその活動「Honda R&D Challenge」をご紹介します。
Hondaの社員で構成されたチームで スーパー耐久に出場
本田技研工業および本田技術研究所で車両開発に関わる社員約20名で構成されたこのチーム。「自動車メーカーの社員でレース参戦することに、それほど特別なことではないのでは?」と思いがちですが、Honda R&D Challengeの場合は「社員が運転している」のが他社と大きく異なるところ。「なぜプロドライバーではなく、社員が運転しているの?」と、本田技研工業広報部に問い合わせたところ、「私がお答えしましょう」と名乗り出られたのがモータースポーツ関連の広報をされている木立さん。ASCII.jp的に木立さんは、Nakajima Racing訪問記事の際に、チーム側と諸々の調整や当日のアテンドなどにご尽力頂いた方だったりします。その節は本当にお世話になりました。
まずは、Honda R&D Challenge発足の経緯からうかがいました。物腰柔らかな木立さんは「私と2個前のTYPE R(FK2型)のシャーシ担当のプロジェクトリーダーが、2016年に人材育成といいクルマづくりのために“ニュルブルクリンク24時間レースに挑戦させてください”と会社に企画を提案しました」というではありませんか。つまり木立さんはHonda R&D Challengeの代表だったのです。どうして広報部の木立さんが発起人になったのかは後ほど。
木立さんによると、事の始まりは「ニュルブルクリンク24時間レースに参戦して人材育成をしているのは他社でもやっていますよね。それをHondaでもやりたいと思ったんです」なのだとか。この企画は2017年からスタートしました。「ですが、いきなりニュルには行けないので、賛同したメンバー15人と、まずはモビリティリゾートもてぎ(旧ツインリンクもてぎ・当時)が主催する参加型耐久イベント「Joy耐」(7時間耐久レース)に参加しました。それが2年ほど続きました」。ですが翌2018年、プロジェクトはいきなり暗礁に乗り上げます。会社から業務としてのレース参戦終了の話が持ち上がったのです。当然2019年はどうする? という話に。木立さんは「自己啓発として継続させてください」と会社に再度企画を提出したのです。つまり、Honda R&D Challengeをサークル活動、早い話が「自腹チーム」にするからやらせてほしいと嘆願したのです。
「そこでOKが出まして、2019年からS耐シリーズに参戦しました」。業務外ですので、会社からの後ろ盾、つまり活動資金は2019年と2020年は一切ナシ! 自分たちで運営費を出し合ったり、スポンサーからの協賛金を集めたりしたそうです。「だからS耐は全6戦あるんですけれど、2019年は1回、それも会社から近いもてぎ戦のみの参戦でした」。
課外活動ですから、マシンの整備などは勤務時間が終わってから。夜や休日に活動するわけですが、「ガレージは栃木の研究所内にもありますけれど、休日は立ち入ることができないのでレーシングガレージを借りています」とのこと。Hondaの名を冠していても、クルマ好きの仲間内で草レース活動をしているのとほとんど一緒というではありませんか。こうして2年を過ごしたHonda R&D Challenge。「運営的に周りはじめたのは2021年からですね。協賛金が集まるようになって年4回出ることができました。そのうちの1回が富士の24時間レースです」。その活動は実を結び、今年は遂にフル参戦! なんと本田技術研究所という大きなスポンサーを得たのです。
「2021年の8月に本田技術研究所の大津社長に呼ばれて、レース活動について教えてほしいと言われ、説明したんですよ。そしたら“今後、クルマがコモディティ化した時に、Hondaらしいクルマを作る人材がいなくなっては困る。こうした活動を継続してやってほしい”と言われたんですよ」。それを受け木立さんは「クルマ全体が見れる人材を育成したい、クルマづくりを提案できる人材を創りたいと提案したんです」。こうして会社から再びバックアップを得ることに成功しました。ですが業務ではなく自己啓発という形にこだわったとのこと。「業務だと、土日に出たら月火は休まなくてはいけないなど本来の業務に影響が出てしまいます。それでは本末転倒なので自己啓発という形はそのままでやろう、ということにしました」。
業務ではないため、会社がバックアップしてくれるのは、車両と参戦費用(食事やホテル代)まで。チームスタッフのウェアとかレーシングスーツなどは相変わらずの手弁当。「時間と金銭の面で持ち出しが多いので、本人に強い意志がないと続かない活動でもあります」と笑う木立さん。ですが身銭を切るからこそ、得られる知見もあるのでしょう。
本田技術研究所または本田技研工業の社員なら、社歴に関係なく誰でもウェルカム。メンバーは20代と30代が中心なのだとか。「F1をやりたい、SUPER GTに関わりたいと夢見て入社しても、希望通りにレースに関われるのはホントに一握りです。そうしたレースをやりたいという気持ちを吸い上げ、レースで得た経験から、次のクルマづくりをする人材に育てる活動なんです。彼らが年を経てリーダー格になった時に、次の車で活かしてくれるといいなと思います」。
プロドライバーを使わないワケ
それはエンジニアレベルでの話。なぜドライバーまで社員なのでしょう? そして広報部の木立さんが、なぜHonda R&D Challengeで中心的な立場をとっていらっしゃるのでしょうか。「僕は広報をやる前まで、よくニュルブルクリンクに行って走っていた開発ドライバーを育成してたんですよ」。つまり本田技研工業広報部に転籍するまでは本田技術研究所で車両開発や人材育成に携われていたのです。
クルマの評価をする開発ドライバーというお立場からニュルを走って知見を広めたいと思いきや、どうやら違う様子。それはHondaのクルマづくりに深く関わる話でした。「Hondaの車両開発は、自分でクルマの企画を考え、その要件を細かく分類し設計に要件を伝えて、でき上がったクルマを自分で運転。テスト車両を評価して、設計にフィードバックするんです」。これがHondaがほかの自動車メーカーとクルマの開発スタイルが違うところで、いわゆる企画担当者が受け持つ守備範囲がかなり広いというのです。
「その時に必要なのが客観的評価です。そのためにはドライバーとしてのスキルが高くならないといけません。そのスキルを上げるために、社内には開発ドライバートレーニング制度があります。その頂点にいるのが今回のS耐参戦している社員ドライバーです」。評価力を養うために、自ら自己啓発活動に参加し、率先してサーキットを走っているというわけです。
そのメンバーの中には、前モデルと最新のシビック TYPE Rの開発責任者・柿沼秀樹さんの姿も。他社も含めてスポーツカー開発責任者にお会いしたことがありますが、おそらく自らレースに出て、腕を磨かれているのなかなか珍しいかと。シビック TYPE Rは、柿沼さん自らがステアリングを握って鍛え上げたクルマというわけです。そして納得した状態にならない限り、クルマは販売できないのです。Hondaのクルマは他社と違い開発責任者のキャラクターが強く反映されるのは、こういう理由だったのですね。
Honda R&D Challengeの活動はS耐フル参戦だけにとどまらず、今年ジュニアチームを発足してN-ONEオーナーズカップにも参戦! S耐だと業務が細分化されてしまう恐れがあるのですが、N-ONEというフィールドなら全体が見やすいので、ジュニアチームにはうってつけです。ドライバー育成やメカニック、ストラテジー(戦略)の人材を育て、そこで経験を積んでからS耐メンバーに参加することを考えています」。究極の目標は、ニュルブルクリンク24時間レース参戦。その夢は諦めていないものの「一気にやると尻すぼみになってしまいますよね。だからまずはできることからコツコツとやります」というと「やり続けることが大切ですからね」と含み笑いをされていました。
スーパー耐久は厳しいクラス分け
S耐は、排気量や仕様によって9つのクラスに分けられています。Honda R&D Challengeが参戦する車両は、最低限の改造を施した5代目シビック TYPE R(FK8型)で、ST-2クラスにエントリーしています。ライバルはトヨタ・GRヤリスやスバル・WRX STI、三菱・ランサーエボリューションXといった四輪駆動車ばかりで、FFはHonda R&D Challengeのシビック TYPE Rのみ。これはS耐久のクラス分けが、基本的に排気量で分けられているため。ちなみにマシンは2018年の業務としてのHonda R&D Challenge発足当時に会社から支給されたもの。今シーズンで4年目の車両となります。
さて、S耐に参戦しているシビックというと、シビック TCR(ST-TCRクラス)が知られています。それとHonda R&D Challengeのシビック TYPE Rは外観からしてまったくの別物。エンジンや排気量は同じですが(最高出力はシビック TCRの方が上)、トランスミッションはシビック TCRがSADEV製またはXTRAC製のセミオートマチックシーケンシャルパドル付き6速であるのに対して、Honda R&D Challengeのシビック TYPE Rはクラッチペダル付きの6速MTです。
スーパー耐久第5戦の様子をレポート
お邪魔したのは、9月3~4日に行なわれたS耐第5戦「モビリティリゾートもてぎ」。Honda R&D Challengeにとって、ある意味ホームコースです。チームにお邪魔すると、和気あいあいとした空気が流れています。なにより若い人たちがイキイキとクルマを整備したり、ピット内を清掃している姿が印象的です。
決勝日はピットウォークから始まります。今回のレースでは4名のドライバーが参加。チェアに座ってファンサービスやメディア対応をされているのですが、その横にはレースクイーンの姿があるではありませんか!
レースクイーンもHondaでクルマを開発する社員さんなのか!? と驚いていたら「いいえ違います」とのこと。ですが今田 希さんは、名古屋を中心に活動するアイドルユニット「dela」のメンバーで、しかもゴルフの腕前は一流なのだとか。木立さんに、どうしてレースクイーンがいるのか? と尋ねたところ「どうしてなんですかね?」と笑いながら、ちょっと鼻の下が伸びていたり。
チームには、もうひとり女性の姿を見かけました。雑務をこなすマネージャー兼SNS発信が役割のご様子。チーム応援に来たジャーナリストの桂 伸一さんにインタビューをされていたりしました。ちなみに桂さんは今年の富士24時間レースでもHonda R&D Challengeで出走。その理由について木立さんは「プロドライバーからの意見をフィードバックするというのも、重要な経験だと思います」とのこと。
話をピットウォークに戻すと、新型シビック TYPE Rが発売されたばかりとあってか、そして木立さんの広報戦略が功を奏したのか、ピットには多くのメディアが。シビック TYPE Rの開発責任者である柿沼さんもインタビューを受けていらっしゃいました。
クラス3番手からの出発だが 苦しい戦いに……
グリッドの順位は3番手。前日に行なわれた予選結果は4WD優勢の中、存在感をみせつけました。あとは5時間先のゴールをめざして、4人のドライバーがハンドルをつないでいくだけ。作戦は柿沼さん、山本さん、木立さん、石垣さんの順といったところ。ピットのタイミングでタイヤ交換と給油をします。そのうち柿沼さんと木立さんが少し多めにラップする予定とのこと。
スタート直後からEVO XとGRヤリスの2台が先行。シビック TYPE Rは、順調にラップを重ねていきますが、気づけば4位に。そして5位へと順位を下げてしまいます。
タイヤ交換はメカニックたちの晴れ舞台。4WD勢が全輪交換であるのに対して、シビック TYPE Rは前輪だけの交換。ピットストップ時間を短縮できるのがメリットといえるでしょう。その際にドライバーチェンジ。コースに戻ってラップを重ねていきます。
フロント周りが落ちそうになるも ガムテープでの修復で事なきを得る
トラブルが起きたのは山本さんがステアリングを握っていた頃。フロントのリップスポイラーが外れかけてバタバタしはじめたではありませんか。ピット内ではチームスタッフと次のドライバーである木立さんがモニターを凝視しています。そして木立さんはヘルメットをかぶりピットレーンへ。
木立選手にドライバーチェンジするタイミングでメカニックたちはエンジンフードを開けてチェック。幸い異常はなかったようで、ガムテープで補修。そのままピットアウト。
ボロボロの顔になってしまったシビック TYPE R。ですが走りに問題はなく、木立さんは周回を重ねていきます。そしてコース上で1台をパス! 石垣選手に最後を託しました。
あとは石垣選手がチェッカーフラッグを受けるのを待つだけ。静かにモニターを見ながら戦況を見守ります。レース中にピットの片付け作業をするチームもある中、Honda R&D Challengeはただただ石垣選手の帰りを待ちます。
そして日も傾きはじめた16時5分過ぎ、西日を浴びながら見事に4位でフィニッシュをはたしました。この日、2台がリタイアしたST-2クラス。走り切ることが何より大切。そして全員が一人ひとりと硬い握手をして、健闘を称え合いました。
「表彰台まで、あと一歩でした。悔しいですね」という木立さん。「でも1台抜きましたよ!」と大変うれしそうに語ります。そして「最終戦の鈴鹿で、新型のTYPE Rで参戦します! 今年はシビック誕生50周年、TYPE R誕生30周年ですからね。しかも、決勝日は最初のTYPE RであるNSX TYPE Rの発売日でもあります。これは燃えますね」と力強く語ってくれました。
最終戦では新型シビック TYPE Rが投入!
ということは「次の岡山国際で、このシビック TYPE Rとお別れなんですよ。やっぱり寂しいですよね。4シーズン戦ってきてくれたマシンですから」と惜別の思いも。「最後もしっかり戦って、表彰台に登りたいですね」と、なにか噛みしめるように語る姿が印象的でした。
自己啓発としてのレース活動をするHondaの開発スタッフ。自腹活動であるにも関わらず、若い人が楽しそうにレースに参加している姿が印象に残りました。そんな姿を見ながら、「未来のHondaのクルマは、絶対楽しいものになる」という確信を得てサーキットを後にしました。その第一弾が、柿沼さんが手掛けた新型シビック TYPE Rなのかもしれません。
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