ザッカーバーグの焦りを感じる「アバター問題」ふたたび
ASCII.jp / 2022年10月27日 16時0分
メタが10月12日に開催した「Meta Connect 2022」。基調講演で強調していたのはアバターです。マーク・ザッカーバーグCEOのアバターの出来が世界的に否定的な反応を引き起こしてしまった、8月の「アバター事件」をすごく気にしていたことも垣間見えました。魅力的なパートも多かったのですが、後から見直すと色々とどこまでそのまま受け取っていいのかと、疑惑を感じる部分も多い内容でもありました。
「新アバター」実はVR向けじゃなかった
アバターに関して言えば、そもそもの始まりはメタが自社のメタバースサービス「Horizon Workroom」向けにリリースしたアバターに下半身がないと批判されたことでした。Quest 2向けに作っている以上、クオリティには自ずと限界があります。多くのアバターを同時に出そうとすると、どこかで処理を減らさないといけなくなります。そこでメタとしては「足を切っても十分に成立する」という判断をしたのでしょうが、反発は予想以上に大きかったんですね。
ただ、比較されたのは人気のVRチャットアプリ「VRChat」でしたが、同じように子ども向けに人気のVRチャットアプリ「RecRoom」も下半身がないので、イメージとしてはそんなに悪くないはずなんですよね。それでもVRを触ったことがない人にとって「足がない」というのはすごく違和感があり、それがメディアを通じて強調されて伝わってしまった部分もあったと思います。
そんな中で起きたのが、例のアバター事件でした。8月にザッカーバーグ氏が自身のフェイスブックページでアバター画像を投稿したんですが、それが「1兆円もかけて開発しておいてこんなにしょぼいアバター?」などとボロカスに言われてしまいました。
そこで、ザッカーバーグ氏はすぐ「Horizonは急速に改善が進んでいます」と言って新しいアバターを出しました。しかし、今回の基調講演でその画像は一種のトリックだったことがわかったんです。
あのアバターはメタが昨年6月に買収したメタバースサービス「Crayta(クレータ)」の画像ではないかと考えられます。つまり、別の意図で作っていた画像をあのとき急きょ出したんじゃないかということです。
CraytaはGoogle Stadia向けの独占タイトルとして作られたもの。「ROBLOX」のような子ども向け市場を取りに行くねらいのあるタイトルなんですが、開発はUnreal Engineで基本的にアプリベースなんです。VRに対応しないので画面のクオリティが高いんですね。それが今回、Craytaの説明で同じ背景画像を使っていたのでほぼ確定となりました。
当時のスクリーンショットのアバターをよくよく見ると、シェーダー(陰影)やライティング(照明)がUnreal Engineっぽいんですよね。一方、メタのHorizon WorldsはUnityベースなので、それもあって疑問符がついていたところがありました。今回のアバターはUnreal Engine用のデータをUnity用に変換したものではないでしょうか。一切発表はないので確証は取れないんですが。
足つきアバターはただのイメージだった
一方、基調講演で見せたアバターにも疑いがありました。
まず、今後のアップデートの目玉として見せられた新型アバターについてのプレゼン自体がHorizon Worldsでやっているわけではないのでは? ということですね。それらしく見せていますが、明らかに手前と観客が座っている奥が絵の雰囲気が違うので合成なのではないかと疑っています。
何よりもがっかりだったのは足ですね。
全身像のアバターとして登場したザッカーバーグ氏がジャンプをする場面があり、「おおすごい、Quest 2 のセンサーでここまでできるのか」と感心したんです。Redditでも「どうなっているんだ」という議論が起きました。
そこでUploadVRという米メディアがメタに問い合わせたところ「将来をイメージしたモーションキャプチャーです」と返事があったというんですね。つまりこのシーンは将来実現する予定のイメージ映像だったわけです。
ザッカーバーグ氏は「足がつきます!」と言って新しいアバターをアピールしていましたが、よく聞くとさらりと「来年には」と言っています。要するに「これが実現できる可能性がある」という話なわけですが、「いや、それってインチキでは?」と感じてしまいました。確かに、来年のいつかまでには一定の範囲で実現できる目処はすでに立っているのかもしれませんが、それにしてもです。
おまけに言うなら、今回のアバターが以前に比べ、ザッカーバーグ氏本人に似ているかと言われると微妙でした。画質が上がっているとは言え、このクオリティのアバターが欲しいかと言われると疑問です。少なくとも日常生活で自分を代表するアバターとして、メタアバターの新バージョンであっても、使いたいとは思える魅力を感じませんでした。
もう独自アバターの開発を続けるのではなく、いっそユーザーの一定の支持を集めているRecRoomかVRChatを買収したほうが早いんじゃないかと冗談を言われているくらいです。
アバターに感じる、ザッカーバーグの焦り
こうしてアバターを中心に基調講演を見直してみると、全体的にザッカーバーグ氏の焦りのようなものが感じられました。
市場を見てみれば、焦る要因は十分にあるんですよね。去年9月の時点では400ドル近かったメタの株価は120ドル台と3分の1まで落ちてしまいました。広告の業績が悪化したことに加え、アメリカ経済の失速の影響もあり、GAFAの中でかなり大きなダウンになっているんです。SNSでの広告事業に大きく依存するメタにとっては、現在の市場状況は非常に苦しい状況です。メタにとってみれば、メタバースのプレゼンをしてからわずか1年で、市場の厳しい判断にさらされる格好になってしまいました。
ウォール・ストリート・ジャーナルは今年10月18日、メタの内部情報をリークする形で、当初Horizon Worldsの月間アクティブユーザー(MAU)の目標を50万人に設定していたが、28万人に下方修正し、現在は20万人以下になったという記事を掲載しています。
このように「メタバースってやっぱりダメなんじゃないか」と厳しい目が向けられている中、「未来はこうなるから大丈夫なんだ」ということを見せなければならない。そのとき事実ベースで「もうここまで出来ているから大丈夫なんだ」というのではなく、ある程度インチキくさい部分を含めて将来のビジョンとして魅力を感じられるようにアピールしなければならないのか……というところに、むしろ不安をおぼえてしまったところもありました。
基調講演の最後で、開発している完全リアルアバターのプレゼンをする形でザッカーバーグ氏自らオチを持ってきたところは、少しおかしくもありました。完全なものだと作れるんだぞという、一連のアバター騒ぎで最も説得力のあるアバターでした。強烈に出来がよく、本人の映像を見ているのと大きく変わらない印象さえありますが、おそらくこのクオリティはQuest 2ではリアルタイムでは出せないのではないかと思います。撮影もかなり精密にしているようですし。
ただ、スマホのカメラで2分程度撮影して、数時間の計算によってリアルアバターが作れるという後半のデモは迫力があり、現実に近い似姿のアバターの実戦投入まではもうそれほど時間がかからなそうだということは感じられました。
結局ボトルネックになっているのは一体型のVRデバイスの計算能力なのでしょう。ゲーミングPCを使えばリアルアバターも十分に使えるのだろうと思います。10年も経ち半導体性能が上がってくれば普通に表示ができるようになり、今回のことも笑い話になってしまっているとは予想できます。
しかし、メタは性能に限界のある中であっても、現在の市場にアピールするものを作り出さなければなりません。アバターも着実に技術発展していることははっきりしているのですが、それでも一般的な支持を受けられないでいる事実は、今後もメタの苦境が続くことを容易に予想させました。
筆者紹介:新清士(しんきよし)
1970年生まれ。「バーチャルマーケット(Vket)」で知られる株式会社HIKKY所属。デジタルハリウッド大学院教授。慶應義塾大学商学部及び環境情報学部卒。ゲームジャーナリストとして活躍後、VRゲーム開発会社のよむネコ(現Thirdverse)を設立。VRマルチプレイ剣戟アクションゲーム「ソード・オブ・ガルガンチュア」の開発を主導。著書に8月に出た『メタバースビジネス覇権戦争』(NHK出版新書)がある。
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