メタ「Quest Pro」一般人にはおすすめできないが、可能性は感じる
ASCII.jp / 2022年11月3日 16時0分
メタが10月25日に発売した「Quest Pro」(実売価格22万6800円)。自宅に届いたのでさっそく試してみています。
ハードは良好。AR機能は期待できそう
ハードは旧機種「Quest 2」から正統進化しています。特に新開発のパンケーキレンズがすごくきれいですね。レンズに全然がたつきが見えなくて、一眼レフカメラ用のレンズと同じような品質です。
レンズの精度は、金型から作成するものから、機械研磨、そして、最終的には人の手で研磨と品質が変わっていくのですが、これは人による研磨をしている超高級品ではないかと思います。一眼レフ用のパンケーキレンズは2万円程度するため、単純比較はできないものの、そのレンズが2つ入っているということはレンズだけで4万円ぐらいはかかっているのではと推測します。
内側に10円玉サイズの小さな液晶が入っていると思うんですが、仕様上はppi(インチごとのピクセル数)が37%向上しているとしています。集積度が増しているため、Quest 2よりディスプレーサイズが小型になっているにも関わらず、同等の解像度を保っているんですね。黒の発色は明白によくなっていましたし、「文字表示にこだわっている」というほどあり、VRに表示する文字は鮮明になっていました。UIもすごくキレイにくっきりと見えます。
重さもよく考えられています。Quest 2より若干重いぐらいですが、バッテリーを後ろに積むことで、前側に重さが偏ってしまうこともなく、1時間程度着けてても大変さは感じませんでした。パンケーキレンズで幅に余裕が生まれたおかげで、メガネをかけた人も装着しやすくなっています。
目玉機能のカラーパススルーもやっぱりすごいです。カラーで立体的に見えることはインパクトがありますね。試しに、Quest Proを着けたまま外を歩いて自販機まで行ったりしましたが、普通に歩き回れました。左右の目に合わせて画像を合成しているので、奥行き感がちゃんとあるのも特徴です。
幕張メッセで開催した「メタバース総合展」というイベントで、ちょっとしたお遊びとしてQuest Proを着けたままパネルディスカッションに参加したときにも、壇上から、座っている人たちの奥行き感がちゃんとわかりました。なおメタの公式見解としては、日光が差し込んでディスプレーを損傷してしまう可能性があるため、屋内での使用が前提とされている点は注意点ではあります。
難点としては、Quest Proを付けたままカラーパススルーを通じて日常的に使っているパソコン用の4Kディスプレーを見ても、文字が読めないことですね。手元に持っているスマートフォンの画面も読めません。センサーの特性なのか、白飛びがすごく激しいんです。画面の文字が読めないので、いちいち外さないといけなくて面倒くさいんです。コップなどは普通に見えるので、水を飲んだりはできるんですけど。
原因としては、左右それぞれの白黒センサーから取得した画像にカラーを合成しているため、データにゆがみが発生しているのではないかと言われています。このあたりは今後ドライバーのアップデートを通じて改善していくかなとは思っています。Quest 2のときも改善をたびたび重ね、白黒カメラパススルーの画質が上昇し続けて、今に至っていますから。
もうひとつ気になったのはフリッカーです。LEDは大丈夫なんですが、電球や蛍光灯をつけているとちらつきが気になってしまいました。あと、リアルに比べると視野角がやや狭いので、普段の感覚で歩いていると危ないかなという感覚はありました。レンズが薄くなっているぶん両脇から外が見えるので、そこで補って使用する感じですね。
課題はソフト。仕事できる環境なし
一方、課題に感じたのはソフトです。成熟していないというか、準備しきれていない。「for work」と言うほど、仕事ができる環境は用意されていないと感じました。
たとえばパソコンを買ったら、起動すれば普通にウェブブラウジングができて、アプリを使えますよね。けど、Quest Proを買ったらまず手の動きなどを自分で設定しないといけないんです。チュートリアルのようなものもなく、初めて買った人は意味がわからないだろうなと。
Quest 2に比べればアイトラッキングやフェイストラッキングなどのオプションは色々追加されてるんですが、すべてオプトアウトなんですね。私自身、現時点でマルチディスプレーの設定さえできていないんです。探せばどこかに情報があるのかもしれないんですけど、見当たらない……。
そして、これで仕事すると言っても、どうやってメーラーやテキストエディターをインストールすればいいのか、あるいは最初から入っているのかもわからない。結局ウィンドウを開いてウェブブラウザーで作業しているんですが、Quest用の標準ブラウザーの画面は狭いんですよ。
対応しているキーボードもまだ少ない。現在はアップルかロジテックのキーボード以外はダメっぽいんです。まあQuest 2がそうだから同じだろうなとは思っていたんですが。普段使っているマイクロソフトのワイヤレスキーボードも動きませんでした。Surfaceは動くというんですが、そのためにわざわざ買うのもなあという感じです。
手持ちのものでは、PCの画面をQuestに映せる「Virtual Desktop」というアプリは普通にQuest Proでも表示することができました。
ただ、現時点でQuest Proは4K表示やマルチディスプレー表示には対応していません。メタのプレゼンではPCを使ったマルチディスプレー使用例として「Immersed」というアプリが紹介されていましたが、インストールがうまくいかず、現時点で私の環境では表示に成功しませんでした。Quest Pro単体で様々なアプリケーションを同時に使えるような環境は登場していないように見えます。
バッテリーの持ちは、発表があった通り2時間ぐらいという感覚です。45分くらい講演をした後にはつけっぱなしだったのですが、60%くらいは残っていました。ただ、ゲームの「BONELAB」をやったときには一気に表面が熱くなりました。やっぱりゲームは処理が重いんだろうなと思います。充電しながらプレイしたので、バッテリーの保ちは正確にはわかりませんでしたが、2時間より短いかもしれません。
処理速度については、あまり体感差はなかったという感覚です。ハンドトラッキングがQuest 2よりも速いように感じたのですが、極端に変わったと言うほどではありません。
新型コントローラーの動きは機敏になった印象です。コントローラー側にも専用チップを搭載した分、やはり性能が向上しているのでしょう。ストラップをつけるところにペン先もつけられるようになってるんですが、簡単に取り外しができるようになっていて、よく考えられたデザインだなと感じました。ストラップ部分をなくしてしまいそうで、その点は怖いんですけどね。
一般人向けではないが面白い。今後の成熟に期待
結論として、これで仕事するというのは今日の段階では無理があるなという印象です。特にソフト面の不足が顕著に感じられました。ARやMRを中心に、新しい機能が入ってるんだけど、機能を使うための要素を揃える前にリリース日を迎えてしまったのかなという印象を受けました。
今はそういう不足を含めて楽しめるような覚悟がある人じゃないと買えないなという感じです。同じような20万前後の価格帯の仕事用のマシンとしてMacBook Airとどっちを買いますかと言われたら、そりゃMacBook Airだよなあと。
メタにとって難しいのは、これまでウェブサービスしかやってこなかった企業だということですよね。Office 365やGoogle Suiteのようなビジネスツールを作ってきたわけではないので、仕事に使おうとするとそこがネックになる。文書を作ろうとしてGoogleドキュメントを開いたら「これは標準ドライバーではありません」とアラートが出てしまい、グーグルとちゃんと話し合いがなされているわけでもないんだなと思えました。
今後はマイクロソフトが「Office 365」のQuest対応をすることが基調講演で明らかにされましたが、そのあたりが整ってこないとまだまだ本格的に仕事に使えるとは言えないようにも思えます。
一方、値段さえ目をつむれば、ハードとして非常に魅力的なんですよ。ソフトウェアの成熟によってはまだまだ伸びしろがあるなと思います。
特にARは可能性がありそうなんですよね。すでにQuest ProのAR機能を使い、キャラクターが野外でコンサートをしているようなデモを試している人もいました。こうした例を見ると非常にカラーパススルーの魅力を感じますし、こうしたテクノロジーを追いたい人にとってはとてもいいハードだと思います。今後も継続的に使われていろんな人がいろんなものを作り始めると思うので、そこの成熟は追っていきたいですね。現段階ではまだ普及とまではいかず、普及するのは早くとも来年発表とされる「Quest 3」以降になるかと思いますが、現状でメタのビジョンが最もよくわかるハードではないかなと思います。
筆者紹介:新清士(しんきよし)
1970年生まれ。「バーチャルマーケット(Vket)」で知られる株式会社HIKKY所属。デジタルハリウッド大学院教授。慶應義塾大学商学部及び環境情報学部卒。ゲームジャーナリストとして活躍後、VRゲーム開発会社のよむネコ(現Thirdverse)を設立。VRマルチプレイ剣戟アクションゲーム「ソード・オブ・ガルガンチュア」の開発を主導。著書に8月に出た『メタバースビジネス覇権戦争』(NHK出版新書)がある。
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