「アニメはまだ映画として見られていない」という現実を変えるための一手
ASCII.jp / 2022年11月21日 15時0分
〈後編はこちら〉
「映画祭とアニメ」の関係を数土直志さんに聞く
まつもと 今回はジャーナリストの数土直志さんと「映画祭とアニメ」というテーマでお話をしていきたいと思います。数土さん、よろしくお願いします。
数土 よろしくお願いします。
まつもと まずは今回のお品書きから。3つのコーナーで構成したいと思います。
まず「アニメと映画祭の“複雑な”関係」。次に、じつは数土さんがプログラムディレクターを務められている「新潟国際アニメーション映画祭の狙い」。そして最後に、「海外の映画祭における“日本のアニメ”の位置付け」です。
1. アニメと映画祭の「複雑な」関係 2. 新潟国際アニメーション映画祭の狙い 3. 海外の映画祭における「日本のアニメ」の位置付け
やはりアニメは映画業界で差別されているのでは?
さっそく最初のコーナーに参りましょう。「アニメと映画祭の“複雑な”関係」というトピックなのですが、じつはこれ、新潟国際映画祭が誕生した1つのきっかけなのかな、ということで最初に選びました。
4年ほど前に、ある映画雑誌のランキングからアニメが除外された、ということがありました。当時、ライターの藤津亮太さんが書かれた「“ベスト10”とはどうあるべきか? 「映画芸術」アニメ除外問題が浮き彫りにしたもの」という記事を参照にしつつ、お話ができればと思います。
この問題はネット上でもかなり議論を呼んだので、覚えていらっしゃる方も結構いるのではと思ってピックアップしました。数土さんはこの件、当時のことを覚えていらっしゃいますか?
数土 覚えてます覚えてます。めっちゃ怒った記憶があります。
まつもと なるほど。まず概要を説明しますと、「映画芸術」という雑誌がベスト10企画から「アニメを除外します」と発表したわけです。
これに対して、「どうしてなんですか?」といろんな方から質問が出たわけなんですけど、編集長の方は“雑誌の独自性を出したい”“アニメを入れちゃうと結局アニメが上位に来てしまい、他のランキングと変わらなくなる”というようなことをお話された。それに対して、その判断はどうなのかと記事中で藤津さんは指摘されている、と。
それまで映画評論の世界で「アニメをどう扱うか」に関してモヤモヤしていたものが、一気に噴出した問題だったなと。これは4年前の話ですが、翻って現在、映画の世界におけるアニメの位置付けはどうなっていると感じますか?
数土 あんまり変わってないのでは。
まつもと あらら(笑)
数土 アニメーションは映像表現の一手段にすぎないので、それをあえて分けるというのは非常に不自然だと僕は思います。ただ、分けたいという気持ちはわからないでもない。
サブジャンルとしては巨大になり過ぎたし、実写は何が映り込むかわからず、俳優の演技をすべて統制することもできない一方、アニメは草木1本に至るまで描くもの(完全統制できる)だということを考えると、映像の考え方が違うから分ける、というのはすごくわかる。
まつもと 「分ける」のはわかる。でも「除外する」というのはどうなんだろうね? といったところでしょうか。
数土 はい。それは違うだろうと。ただ、この問題は日本の話ですが、世界的に見てもやはりアニメは差別されているのでは? というのは、ずっと思われてきたことですよね。
まつもと 具体的にどんな差別をされていますか?
『千と千尋~』の受賞が世界で話題になった理由は アニメは賞レースに挑戦すること自体できなかったから
数土 たとえば最近までカンヌ、ベルリン、ヴェネチア映画祭にアニメーションは入りませんでした。
『千と千尋の神隠し』がなぜ画期的で世界的に話題になったのかと言えば、もちろん日本のアニメというのもあったかもしれないけれど、ベルリンのオフィシャルコンペにアニメーションが出品されたのはたぶんあれが初だったと思うんですよ、間違っていたらごめんなさい。
けれども、グランプリは初です。つまり、アニメーションがベルリンのグランプリを獲った、ということに対する驚きで、たぶんそれは日本のアニメーションというよりもアニメーション業界の人にとってのサプライズだったと思うので、それが宮崎駿さんの名前を世界的に高めたのだと僕は思います。
まつもと 逆に言うと、それまでアニメはレースに挑戦すること自体できなかった。だから、千と千尋はノミネートからして想定外の事態だったと。
数土 アメリカのロサンゼルスで「Animation is Film」という映画祭が開催されているんです。ちょっと不思議な名前ですよね。でも、明らかにそこには彼らの主張があるわけです。つまり、「アニメーションは映画だよ」って言いたいわけです。それは、裏返せば「アニメーションはまだ映画として見られていない」というメッセージですよね。
これは日本の僕らが実写とアニメのあいだに溝があると感じているのと同じように、北米でもそれは感じられているということです。
まつもと 日本以上に、かもしれないですよね。海外では未だに「アニメは子どもが見るものである」という位置付けだったりするので。
そして、さらにこの問題をややこしくするのが、いわゆるアニメファンが真っ先にイメージする“アニメ”というのはTVアニメである、ということ。(オリジナルの)劇場アニメはここ数年で急速に人気が出てきて作品数も増えてきたジャンルであって、この2つには違いもあるじゃないですか。
このトピックについては藤津さんと「アニメにおいて評論は成立するのか?」という議論をさせていただいたときに、“TVアニメは無料で見られてしまうので、評論あるいは映画賞との相性があまり良くない”というような話をした記憶があります。
逆に劇場アニメはお金を払わないと見られないので、(消費者ではない者が)事前に評価をチェックするという文化があって、だからこそ評論・評価というものが成立している。この違いもあるので結構、根が深い。
TVアニメが評論しづらいのはなぜか?
数土 はい。ただ、両者の違いを語るとき、評論は批評するときに“監督主義”があることも大きいと思うんです。これは、作品にどのくらい監督が関与したのかということですが……やはりTVアニメは各話ごとに作監と演出がいて、その上に監督がいる体制なので、それを監督の作家性に戻すというのが批評あるいはアワードでの評価時にとても難しいような気が。
一方、作家性の強い監督の撮ったアニメーション映画だと、監督あるいはシナリオライターといった軸で評価しやすい。必ずしもそうじゃないんだけど、違いがあるような気がするんですよね。
まつもと TVアニメの場合は確かに監督が立っていても各話ごとの演出さんの影響が大きかったりしますからね。
数土 そう。だからTVアニメを評価するなら各話ごとの評価をしなければならない。けれど、評価できるほどたくさん見ている人ってそんなにいないじゃないですか。
まつもと 極めて難しいですね。このあいだ藤津さんが「20歳が観るべきアニメ38タイトルを選んでみた」という記事を発表されましたが、のちに“本当は各タイトルの話数まで示したかった”という旨をおっしゃってました。
数土 そうですよね。でもそれを求め出すと厳しいと思います。
まつもと データベースの整備も必要ですし。「誰がどのように関わったのか?」なども後から検証するのは非常に難しい。……ともかく、TVアニメと劇場アニメの違いとして“監督主義”というキーワードがあることがわかりました。
「なぜ好きなのか?」を言葉にするための武器が学生に届いてない
まつもと 現在、新潟の大学で教えているのですが、「どうして(このアニメが)面白いと思うの?」と話を振ると、言葉で表現できない学生が多い。これはアニメに限った話ではないかもしれませんが、そこを掘り下げていく方法論や知識が(若い人の手に)あってもいいかなと思っていて。
数土 ああ、それはそうですね。欲しいと思ったときに、知識などが手に届く場所にあることは重要だし、欲している人たちに向けて「こんな道があるよ」と示すこともまた重要だと思います。
まつもと にもかかわらず、そうした知識が彼らの視界の中に入らない。たとえば藤津さんの著書など、アニメ評論について基準や基本にすべきものが彼らの手には届いてないなあ、という感があって。
けれども、もしかしたら次のコーナーテーマであるところの新潟国際アニメーション映画祭が(新潟の大学に通う学生たちにとって)1つの機会になるのでは、と。NHKをはじめ多くのメディアで紹介されましたし、これまでの映画祭とは違うかも……と感じたので、そのあたりを数土さんに伺いたいと思います。
アートに偏らない、“俺たちが好きなアニメ”の映画祭
まつもと というわけで次のコーナーは「新潟国際アニメーション映画祭の狙い」に迫ります。
まずはプログラミング・ディレクターを務める数土さんから、「こんな映画祭です」ということをお話しいただいてもよろしいでしょうか? 数土さんが運営するアニメーションビジネス・ジャーナルにも紹介記事がありましたので、そちらを表示しながら解説をいただければと思います。
数土 「新潟国際アニメーション映画祭」は、来年の2023年3月に新潟市内を中心に開催するアニメーションの映画祭です。
ほかの映画祭と違うところは、コンペティションについては長編アニメーションに特化する点だと思っています。たぶん、長編に特化した映画祭って僕が知っている限りでは、先ほど言及したAnimation is Film映画祭以外にないはずです。
ただ、押井さんの発言などで誤解されている方もいらっしゃるのですが、いわゆるアートアニメーションを排除するという話ではありません。すべてのアニメーションはある意味、商業作品と思っているので、幅広い作品を均等な目で見ていきましょう、というのがモチーフですね。
そして、「日本からの発信」をすごく重要視しています。つまり、これまでアニメーションの評価というものはヨーロッパと北米、特にヨーロッパからの視点が非常に強かったのですが、もう1つ別の視点があってもいいんじゃないか。
それはいわゆる日本的な視点、あるいはアジア的な視点、もっと言ってしまうと、これまでのトラディショナルな見方に対して、新しい、現代の見方を提示できればと思っています。
まつもと いわゆる「世界4大アニメーション映画祭」の1つは広島で開催されてきましたが、じつは令和2年に終わってしまいました。このままだと国際的な地位を持つアニメーション映画祭が日本、ひいてはアジアからなくなってしまう……そんな危機感も背景にあったのでしょうか?
数土 いや、それはないな。新千歳空港国際アニメーション映画祭は非常に良い映画祭だし、広島も別の切り口で新たに始まります。山村先生(山村浩二/ひろしまアニメーションシーズンアーティスティック・ディレクター)と土居さん(土居伸彰/ひろしま平和文化祭メディア芸術部門プロデューサー)という非常に信頼できる方がやっています。
東京でも、東京アニメアワードフェスティバルがあるので、ゼロってわけではないのだけれど、(新潟国際アニメーション映画祭は)まったく違う切り口を提示できるんじゃないかなという気がしているんですよね。
まつもと ここの定義が難しいところで。私も広島は取材したことがあります。短編が多く、かつ我々が日常的に見ているTVアニメでもなく、芸術性が評価される――芸術という言葉の定義も難しいですが――一般的にアート作品と呼ばれるものが中心でした。
翻って、新潟国際アニメーション映画祭は劇場映画が対象ですか? 劇場……これはアカデミー賞でも論点になりましたよね。たとえばNetflixで独占配信された長編も映画として扱うのか……そのあたりの細かい定義は決まっていますか?
数土 劇場にかからなくても長編であれば対象になります。当初はネットアニメやシリーズアニメも入れたかったのですが。
まつもと 具体的な尺は?
数土 40分以上と現在は定義しています。
まつもと まあ、30分だとTVアニメの1話になるし。
数土 30分だと短編枠に入るのでは。
まつもと なるほど、40分以上の長編が対象ですね。このコーナー冒頭で「誤解されている」とありましたが、インディーズのアニメクリエイターの方が制作した作品でも、40分以上の尺があればエントリーできるのでしょうか?
ヨーロッパの流行りには乗らない
数土 ウェルカムです。ただ、商業アニメかどうかみたいな話が出ているけれど、僕がうまく説明できなかったのがいけないと思うんです。さっきの「実写とアニメーションは何が違うんですか?」と言ったときに、じつはアニメーションのほうも、実写と区別したいという欲望があったと思うんですよ。
つまり、アヌシー映画祭はどのように誕生したかというと、カンヌ映画祭から分裂するかたちで「アニメーションという枠を純化するため」にできたわけですよね。そのときに、アニメーションをアートやクラフトといったもので捉えていたのではないかなと思っていて。
そのため、世界のアニメーション映画祭は短編からの視点で、かつアート・クラフト・技術といったものを注視しているのではないか、と。
そうではなく、「アニメーションを映画として評価しよう」というのが、今回の僕のテーマなんです。つまり、当然アートや技術も重要だけれども……ナラティブ、つまり「ストーリーを語るもの」としてアニメーションを評価していきたい。もちろん、そこに技術やアート性も入りますが。
カンヌ映画祭やベルリン映画祭は、長編の物語や演出を中心に評価しています。たぶんそこの主客がアートと実写の映画祭で逆転しているので、じゃあ実写の映画祭みたいにアニメーションを評価できないか、と。
まつもと なるほど。一旦はカンヌとアヌシーの例であるように「アニメーションとは何か?」という観点から分裂・分離したものが、ある意味ナラティブという軸でもう一度、回帰していく、と。
数土 2000年以降、特にここ10年間くらいは長編アニメーションが世界中で本当にたくさん作られているんですよ。本当にアニメーションは多様化しているので、「その多様性をきちんと評価していく必要があるのでは? まだ評価しきれていないのでは?」というのが僕の思っているところです。
まつもと 確かに、戦争とか差別とか、社会問題を扱ったドキュメンタリータッチのアニメも急に増えましたよね。
数土 それもね、じつは僕の不満の1つなんですけれど(笑)
まつもと 不満?
数土 つまり、「ドキュメンタリーアニメーションが素晴らしい」と言い出すとそればかりになってしまうという。それはヨーロッパの評価ですよね?
まつもと なるほど。
数土 社会的なテーマ、正義性がないとあんまり評価されないと言うんだけれど、そうなると日本や台湾・韓国、そして政治的な理由をそもそも入れにくい中国の作品がこぼれ落ちてしまう。
まつもと 確かにそうですね。これは私も記事で書いたことがあるんですけれど、新海誠さんの『天気の子』を海外だと環境問題を扱った作品として捉えようとして、でもその軸からだけだと、評価というところで確かにこぼれ落ちてしまう面があって。
数土 うん。あれは特にまさに日本的なんですよ。解決、一番最後に天候破壊はどうだ、いけないんだ、みたいなメッセージはなく、割とモヤッとするじゃないですか。
まつもと 別に水が引くわけでもなく。
数土 うん。そこはとっても日本的で、そこのところは自分たちで解釈しましょうと与えられるんだけれど、たぶんヨーロッパ的には評価しにくいんじゃないかなという気がするんですよね。
まつもと だからこそナラティブだということに加えて、アジアの価値観でもって評価する軸があってもいいんじゃないかと。
数土 うん。日常的なものとか小さな世界というのは日本とかがとても得意とする分野ですけれど、そこは世界であまり評価されない。
まつもと なるほど。広島もやはりアートという切り口になっていたので、正直私も取材したときに自分が普段見ているものとちょっと違うなと。もちろんこれも価値があるということはわかるのだけれども。新潟国際アニメーション映画祭が始まることで、アジア的価値観の長編を評価できる場がようやくできる、ということですかね。
数土 できるといいな、という。まだまだ本当に途中なので、皆さんの力を借りないと。
まつもと 応援したいと思います。2023年3月開催ですよね。……このお話で新潟国際アニメーション映画祭の独自性がわかっていただけたかなと思います。
そしてこの国際映画祭、産経新聞の取材記事などを拝見していると本当に「楽しそう」という印象でして。たとえば記事中で強調されていたのが「クリエーターやファンとの交流も図れる場にしていきたい」と。
コロナ禍の影響もあってアニメイベントは延期や縮小開催という状態が続きましたが、徳島で開催されているマチアソビではファンとクリエーターの交流を目の当たりにしていたので、もし新潟でそうした場が再び生まれるなら素晴らしいことだなと思っています。
では、新潟国際アニメーション映画祭が具体的にどんな雰囲気の場になりそうなのか、後編でじっくりお伺いしたいと思います。
数土直志さんの新刊が11月22日発売!
まさに今回のインタビューのテーマを真正面から扱った新刊『日本のアニメ監督はいかにして世界へ打って出たのか?』(星海社)が11月22日に発売。宮崎駿、新海誠、湯浅政明、細田守といった日本のアニメ監督たちが、いかにして世界での評価を勝ち取るまでに至ったのかを数土直志さんが丁寧に解説してくれます。
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日本のアニメ監督はいかにして世界へ打って出たのか? (星海社新書)数土 直志星海社
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まつもとあつしの新刊『地域創生DX―オンライン化がつなぐ地域発コンテンツの可能性―』(同文舘出版)も11月26日に発売。コロナ禍をきっかけにオンラインツールが活用され、都市-地域の垣根を越えた試みも広がっています。本書ではコンテンツビジネスを中心に、DXが生み出す地域の新たな可能性を明らかにします。
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