アリババが発表したクラウドノートPC「無影筆記本」 その真意は?
ASCII.jp / 2022年11月19日 14時0分
アリババから変わり種のクラウドノートPC「無影筆記本(Wuying Cloudbook、無影クラウドブック)」が発表された。アリババと言えば、日本ではECサイトのイメージだが、クラウドにも中国企業の中では早い段階で力を入れている。
そんな同社のクラウド事業のカンファレンス「雲栖大会」で無影筆記本は発表された。日本では未発売だが、クラウド側で対応していることから(後述)、入手できれば使用は可能だろう。
Chrome OS/Chromebookのようなものではなく、 クラウド上で動作する仮想PCを操作できるシンクライアント
さて、無影筆記本はシンクライアント端末だ。Chromebook的なモノの中国版を期待した読者には残念だが、クラウド側でWindowsなどが快適に動作する。つまりWindows 365に似たサービスだ。発表内容からわかる範囲でのスペックは、Wi-Fi 6と4G LTEに対応し、バッテリーで20時間動作可能。製品写真を見る限りフルサイズのUSB端子×2が外部インターフェースとして確認できる。ディスプレーはタッチ対応の14型で、本体の厚さは13.9mm。CPUやメモリー、ストレージはクラウド側で処理されることから特にオープンになっていない。
この無影筆記本だが、クラウド上でのサービス自体は以前から発表しており、2年前には同じ雲栖大会でポケットサイズの小型シンクライアントを発表済。こちらのインターフェースはUSB×1とHDMIのみとシンプルで、USBハブを介してキーボードやマウスなどを繋いで利用する。値段は900元(1万8000円、1元=約20円)。
この小型PCが登場したときは、無影筆記本よりも話題になった。アリババは「新しいPCが登場した。これでどこでも端末を持ち運べてハイスペックでセキュアなPCを利用できる!」「PCをそんなに使わない今、本体やパーツを買い替えることなくクラウドでスペックを調整して利用できる新しいスタイルだ」などとアピールしていた。「新しいパソコン登場で伝統的なPCが淘汰される!」なんていう大げさとも思える記事も掲載された。
ニュースリリースによると、無影筆記本はクラウド側で処理することから「ユーザーが場所や時間に問わず、組織のリソースにアクセスできることが特長」であり、「必要に応じてコンピューティングパワーやストレージなどのリソースを調整できる」としている。必要に応じてCPUのコア数やメモリサイズを変更することができるわけだ。
また無影筆記本からは「Windows、Linux、Androidなどの複数のOSの実行が可能」であり、そのソフトウェアについても「クラウド上で展開し実行されるため、ローカルにソフトウェアをインストールする必要がなく、ストレージ容量やバッテリーの消費も最小限に抑える」としている。また、データをクラウドで保存することからセキュリティーは非常に強固だとしている。中国企業でクラウドでデータを扱うとなると、情報漏洩が心配になるが、アリババクラウドの日本人担当者が「多くの人がまず心配されますが、絶対に大丈夫です」と話していたことを補足しておく。
無影筆記本に先立って、スマートディスプレーのMAXHUBが無影に対応した製品を発表した。つまりスマートディスプレーそのものがシンクライアントになり、クラウド上のWindowsなどを操作でいるようになる。端末としてのスペックはクアッドコアCPU、メモリー2GBまでは公開されている。27型モデル(2700元)と34型モデル(3400元)があり、それぞれ40時間分無料で利用できるライセンスがついてくる。
料金的には決してすごく安いわけではない Intel製CPUやWindowsを使っているため米国対策とも考えにくい
さてクラウドPCサービスだが、アリババクラウドのElastic Desktop Service(EDS)を調べてみると無料または1元で利用可能となる試しやすいプランを用意している(日本からは企業アカウントが必要)。過去にスマートスピーカーを普及させるために99元で販売して話題になったアリババは、クラウドPCでも話題性のある価格で普及させようとしているわけだ。
価格的な魅力を提供し、すでにWindows用、Mac用、Android用、iOS用のアプリが用意されて各端末から利用できるが、アプリに加えて超小型端末やノート型端末をリリースした。物理的には見えないクラウドサービスを、それが利用できる超小型端末やノートパソコン型でリリースすることでPCユーザーにも認知してもらおうという狙いが同社のアピールからも見えてくる。
もっとも無料ないし1元のお試し価格というのは一時的なキャンペーン価格だ。実際に利用するとなると、クラウドPCのスペックがクアッドコアCPU+8GBで月31ドル、グラフィック強化モデルでは月100ドル以上かかる。
今時、パソコンが500ドルもあれば買える時代に月数十ドルの出費をかけるのは、実際興味本位で試したユーザーからも値段の高さが気になるとコメントが多数出ている。試したユーザーのレビューではキビキビと操作でき、CPUのベンチマークやディスクベンチマークスコアも評価できるという。しかし、基本はビジネス用途でグラフィックに関してはまったく駄目。動画は見られるがゲームには向いていないと評されている。なお、メリットとしては東京やシンガポールなど海外のサーバーも利用可能であるため、中国のネット規制を受けることがないということも、ひっそりとコメントされていた。
では、なぜアリババはクラウドPC事業を推進しているのか。マイクロソフトもWindows 365を中国でもリリースしているため、アリババだけがクラウドPCサービスを提供しているわけではない。これまでの中国国内の実績としては2つあり、リモート授業も行なわれる上海・華東示範大学の学生向けに学習用PCをクラウドで提供するといった、学生や社員に一挙に大量にPCを提供する用途が1つ。もう1つはCGを使う映像作品制作にあたり、レンダリングやモデリングなどマシンスペックを必要とする作業のときのみ相応のスペックのクラウドPCを利用するという用途だ。
Windows 365とは競合関係ともいえるが、マイクロソフトの方が無影よりも安く、月50元(約1000円)から提供している。また、無影はサーバーにXeon KVM 2.5GHzやWindows Server 2019 DataCenter Editionを搭載しているので、米国からの圧力や制裁がかかることがもしあるとすれば、無影も利用できなくなるので米国対策とは考えにくい。
かつてアリババは似たような名前でクラウドにもフォーカスした「阿里雲OS」という製品をスマートフォン向けにリリースした。阿里雲OSは車載向けシステムに搭載されるようになったので、ひょっとしたらアリババ、ひいては中国IT企業が期待をかける車載向けを見越したものかもしれない。その場合、車載システムでクラウドのWindowsかLinuxを操作できるようになるわけだ。
山谷剛史(やまやたけし)
フリーランスライター。中国などアジア地域を中心とした海外IT事情に強い。統計に頼らず現地人の目線で取材する手法で、一般ユーザーにもわかりやすいルポが好評。書籍では「中国のインターネット史 ワールドワイドウェブからの独立」、「中国のITは新型コロナウイルスにどのように反撃したのか? 中国式災害対策技術読本」(星海社新書)、「中国S級B級論 発展途上と最先端が混在する国」(さくら舎)などを執筆。最新著作は「移民時代の異国飯」(星海社新書、Amazon.co.jpへのリンク)
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