ソニー「mocopi」が革新的だった理由
ASCII.jp / 2022年12月9日 9時0分
mocopi 発売日 2023年1月下旬 想定実売価格 4万9500円 ソニー https://www.sony.jp/mocopi/
ソニーが11月29日、モバイルモーションキャプチャー「mocopi」を発表しました。6個の小さなデバイスを体につけるだけでモーションのフルトラッキング(フルトラ)ができるというものです。「VRChat」などでフルトラッキング環境を手軽に持ちたいというニーズに合わせた製品ですね。価格も4万9500円と手頃で話題になりました。
デモを見る限り、まだ遅延の問題は少しはありそうですが、それでも圧倒的な手軽さは既存製品のなかでも目立つ存在です。これまでの製品はPC向けを前提としていましたが、mocopiはスマホで体の各部位につけたトラッキングセンサーからのモーションデータを受信します。その情報をPCにさらに転送するというやり方をしていますが、これはスマホに搭載されているAIの計算機能を利用するところが大きいようですね。
フルトラといえばVIVEトラッカーだった
これまでフルトラと言えば「VIVEトラッカー」が代表的な存在でした。ただし1個あたり1万7500円で、体の部分に合わせて5個、8個と買っていくとすぐ10万円を超えてしまう価格でした。加えて、動作に必要なValveのトラッキングシステム「Lighthouse」の設定が面倒だったんですね。VRをつけたまま動き回れるだけの一定の広い空間を確保する必要があり、すべてのトラッカーを的確に同期させる必要があるなど、使用する上での技術的ハードルはなかなか高いものでした。
そもそもLighthouseのセンサーは大量に利用されることをあまり想定していませんでした。それでもVIVEトラッカーが大きく注目されるようになったのは、日本でのVTuberが大きな影響を与えています。
VTuberは日本から登場した新しいアイドルの形で、専門的なモーションキャプチャーが必要なほど厳密にモーションデータを必要としませんでした。そのためVIVEトラッカーが日本だけで異常に売れるという状態が起きました。当時のHTCがVIVEトラッカーのアメリカ欧州での在庫を日本に重点的に回したというくらい売れたと言われています。
モーションキャプチャーの専用機材を用意するためには数百万円かかるというのが相場だったので、2017年にVIVEトラッカーが登場したとき、全部の機材を合わせても20~30万円あればVTuberができてしまうというインパクトはとても大きかったんです。
劇的な変化をもたらしたHaritora X
一方で、NOITOMの「PERCEPTION NEURON」などのモーションキャプチャーも使われるようになりました。40万円以上するので個人で買うのは難しかったんですが、VTuberがビジネス化される中、多くの企業がシフトする現象が起きたんですね。他方、PCVR系の人たちは、アップデートが続くVIVEトラッカーや、Lighthouseを使いながらより低価格で小型の「Tundra Tracker」などの製品も使われるようになってきました。
そんな中、VRSNS「VRChat」が日本でもブームになる中、自分のアバターをフルトラで動かして自然な動きをさせたいというニーズは個人VRユーザーにも広がっていました。しかし個人ユーザーにとってはフルトラはコストのかかる高嶺の花。特に2021年に一体型のVRデバイス「Meta Quest 2」が大ヒットしてからというもの、VRの新規参加者は、PCVRユーザーでもQuest 2で、PCVRモードにして使うというユーザーが増えていました。しかしQuest 2は基本的にLighthouseと組み合わせることができないため、フルトラがそもそもできないという課題を抱えていました。
その状況に劇的な変化をもたらしたのが、パナソニック子会社Shiftallが2021年に発売した「Haritora X」です。下半身のモーショントラッキングに焦点を置いた製品で、個人で開発していた技術をShiftallとの共同開発で量産化することになりました。2万7900円という安さで、VIVEトラッカーに比べても劇的に価格が下がり、Lighthouseを使わなくてもいいという条件もあり、Quest 2ユーザーが使える最有力の選択肢となったのです。
今年5月には販売台数が5000台を超えたと明らかにされていて、予約販売では常に売り切れているという状態が続いています。
ただし、VIVEトラッカーのフルセットもHaritora Xも課題はありました。VIVEトラッカーは充電や同期といった手順がとても面倒だったんです。Haritora Xも悪くはないんですが、ケーブルの取り回しが結構大変でした。その点、mocopiは革命的な簡単さに期待が持てるんですよね。
mocopiでザッカーバーグがジャンプするかも
一方で、Quest Proを使うケースも出ています。VTuber系の技術提供をしているラペットテクノロジーズのねぎぽよしさんが、Quest Proの強みである、顔・目・手のトラッキングをすべて実装したソフトのテストバージョンを作られています。Quest Proの可能性を大きく広げる技術のように見えます。
QuestProとLuppetを連携して「ARグラス時代のVTuberトラッキングソフト」の試作をしてみました! 今までのLuppet相当(顔と表情、手と指)の動きをデバイス1台かぶるだけで実現しています。 ARグラスをかけるだけですぐにVTuberになれる未来が作れそうです! pic.twitter.com/c3iZ6DX9Cc
— ねぎぽよし (@CST_negi) November 16, 2022
いかにVRの世界に自分のモーションを適切に持ち込むのかというところで、様々な方向の技術革新が起きているわけです。モーショントラッカーと言えばかつては数十万円クラスでしたが、これがどんどん値下がりして、使い勝手もよくなり、誰でも使えるようなものになっていきました。技術革新は着実に進んでいると感じます。
これだけ同時期に製品群が出てきたのは、やっぱりHaritora Xの成功が大きかったと思います。フルトラッキングをしたいという国内のニーズがそれだけ大きかったということの証明だと思いますね。ちなみにShiftallもmocopiの発表後に対抗する形でツイートしていました。おそらく同じように小さなタイプの発表を2023年1月に米ラスベガスで開かれる家電見本市CESで発表するのだろうと思います。
CESまで待とうと思っていましたが...どうやらフルトラ戦国時代?! が到来しそうなので、そろそろ新型機の話をゆるりと始めますかねぇ。あ、HaritoraX 1.1の後継機ではなく、使い勝手が異なる新しいラインナップとなり、1.1とは併売です。お楽しみに! pic.twitter.com/lEzPFgaGbJ
— 株式会社Shiftall (@shiftall_jp) November 30, 2022
現在でも、モーショントラッカーやモーションキャプチャーは日本に強烈なニーズがある状況です。VTuberカルチャーやVRSNS系のメタバース利用が、個人にも広がってきている影響ということができるでしょう。大手のVTuberスタジオはだんだんと専門のモーションキャプチャースタジオを作ってより高度な技術を入手する一方で、個人では簡易なモーションキャプチャーで満たされていく環境が整っています。その幅こそが、日本のVR、VTuber、メタバースの幅の広さを示していると考えられると思います。
ただ、最近ではその文化が日本にとどまらず世界に広がっていく兆しも出てきていて、たとえばアメリカのストリーマーさんがHaritora Xを試したりもしています。mocopiはQuestの使用にも対応していますし、もし今後メタの「Horizon World」がmocopiに対応したら、ザッカーバーグが本当にジャンプできるようになるかもしれませんね。
筆者紹介:新清士(しんきよし)
1970年生まれ。「バーチャルマーケット(Vket)」で知られる株式会社HIKKY所属。デジタルハリウッド大学院教授。慶應義塾大学商学部及び環境情報学部卒。ゲームジャーナリストとして活躍後、VRゲーム開発会社のよむネコ(現Thirdverse)を設立。VRマルチプレイ剣戟アクションゲーム「ソード・オブ・ガルガンチュア」の開発を主導。著書に8月に出た『メタバースビジネス覇権戦争』(NHK出版新書)がある。
※お詫びと訂正:掲載時、HaritoraXについてShiftallが技術を買収したと記載していましたが、共同開発の誤りです。発売時の価格についても誤りがありました。関係者の皆様にお詫びするとともに訂正します。(2022年12月9日 15時41分)
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