中国でブームの気配を見せて、すぐ沈静化した「スマートミラー」 短命だった理由は?
ASCII.jp / 2022年12月24日 12時0分
中国では、縦長の大画面ディスプレーが局所的に盛り上がっていた。日本で超縦長のディスプレーというと、「ツイ廃」向けなどと言われた、NewBridgeの「8.8インチ ウルトラロングモバイルモニター」が話題になったが、中国ではフィットネスミラーとライブストリーム向けで製品が続々と発売された。このうちフィットネスミラーについて取り上げる。
専業メーカーから、シャオミ、ファーウェイ、バイドゥまで 大規模な資本調達もあって、ブームが起きた「スマートミラー」
日本ではかなりのガジェット好きでもあまり知られていないが、中国で人気があった「スマートミラー」とは、スタンドミラーのように自身の全身を映しつつ、中にはディスプレーがあるというもので、レッスン動画を表示してユーザーの姿勢をAIで判定し、的確な指示を受けながらトレーニングレッスンができるといった製品だ。日本でも商品化されて、ジムなどには導入されているので、その存在を知っている、あるいは使ったことのある読者もいるかもしれない。
こうしたスマートミラー製品が、中国では最大手のFITUREやIMBODYといった専業企業をはじめ、シャオミ(小米)やファーウェイ(華為)、バイドゥ(百度)といった大手IT企業、さらには無名の企業までさまざまなメーカーからリリースされている。
深センや東莞などのディスプレー生産企業がハードウェアの供給元で、それにレッスンコンテンツとAIレッスン機能を付加されたものが販売されており、スマートフォンやワイヤレスイヤフォンなどのように、中国ではしばしば見かけるハード戦争が起きているわけだ。値段は2000元台(1元=約19円)から購入できる。
スマートミラーの専業企業が続々と登場する背景には、テンセントやセコイアといった大企業から資本調達を受けることで、スタートアップでも開発・量産・販売体制が整うという背景がある。2021年には、スマートミラーメーカーの資本調達のニュースをよく見たもので、たとえば先ほど紹介したFITUREは、3億ドル(約400億円)もの資本調達を受けて、評価額は15億ドル(約2000億円)に達した。
後発組は資本のモノを言わせて、コスパで勝負 ところがこれが売れなかった
そのニュースを受けて、バイドゥやシャオミもスマートミラーに参入。スマートスピーカーもそうだったが、市場を取りに行くためにコストパフォーマンスが高い安価な製品をリリースした。中国のシェア系ビジネスがそうだったように、作れば作るほど赤字になろうとも資本にものを言わせてチキンレースで生き残った者が市場を取る、泥沼の戦いが起きるのではないかと考えられていた。いびつな産業構造にも思えるが、それ自体は中国ではよくあることで、いよいよスマートミラー業界は旬だと報じられた。
ところがである。このスマートミラー、ユーザーの評価がよくなく、商品が売れないのだ。ECサイトの天猫(Tmall)の公式ショップで月に100個も売れる人気製品は数少なく、一方、オンラインの中古市場で大量にスマートミラーを見るようになった。どうも縦長の製品ゆえか、動作の範囲によって制限され横の動きが把握できず、正確なはずのAI指導もプライベートジムよりもずっと粗いという。また、「持っていても自慢できるようなステータスシンボルではない(中国人の面子を満たす製品ではない)」「グループで運動できる雰囲気がない」「システムがときどきフリーズする」といった声も。カラオケなどの機能を増やすことで製品の魅力を増やそうとしているがどうもいまいちだ。
インフルエンサーがSNSで話題を広げやすい ネットサービスに対して、専用ハードはやや弱いか
ライバルも強力だ。keepなどのフィットネスアプリのほか、ビリビリ(bilibili)や中国向けTikTokのドウイン(抖音)などの動画サイト、都市の女性に人気の中国のインスタグラムと呼ばれる小紅書(RED)のレッスンコンテンツが、安くかつ他人とシェアできる形で在宅フィットネスをしたい人々に刺さる。
これらは無料の代替手段であり、かつ各サービスがユーザーを奪おうと、個人に合わせたカスタマイズも充実している。インフルエンサーが紹介するものは他人に自慢できたり共有したりするものなので、こうした面ではネットサービスは強い。そうなるとユーザーのスマートミラーへの物欲は低下してしまう。コロナ禍初期にはSwitch+リングフィットアドベンチャーが中国で流行したが、スマートミラーでもそれくらいのコンテンツ力がないと消費者は食いつかなかったわけだ。
スマートミラーはスマートスピーカーよりも短命だった。スマートスピーカーも中国でブームが過ぎたが、これだってスマートフォン+外部スピーカーやスマートテレビで代用できるはずだし、過去のデジタル製品でも多かれ少なから競合があっただろう。それでもスマートミラーはこれまでのデジタル製品のブームの公式にもどうにもあてはまらないほど短命だ。スマートミラー企業への資金調達のニュースも聞かなくなった。
中国全体でハードウェアへの需要が低下しているという説も それでも新しいジャンルのデジタル機器に期待したい
一方で中国では、スマートミラーの問題にとどまらず、もっと根本的な部分として、デジタル製品の需要が低下しているという論もある。確かに中国でもスマートフォンも買い替えニーズが減り、1機種を使い続ける期間が長くなっていることが報じられている。スマートフォンの新機種やスマート機器を買うのはテクノロジーへの崇拝があり期待があった。
中国でもiPhoneが最初に上陸した頃や、シャオミが驚きの新機種を出していたときには多くの人が興奮した書き込みをしていた。今はAirPodsでさえ今年の上半期に生産数が数千万個減少している状況だ。スマートミラーについてもそもそも製品に心踊らせる期待がそれほどなく、ブームだった時期がこれまでのデジタル製品よりもずっと短くなったというわけだ。
消費者の多くを感動させて買いたくなるような次のデジタルのヒット商品が出てくるのだろうか。自動運転車やスマートカーはその候補になりそうだが、部屋の中で使ったり携帯して使う製品はどうか。それでも、そんな不安を裏切るような商品が来年も出てきてほしいと思う。
山谷剛史(やまやたけし)
フリーランスライター。中国などアジア地域を中心とした海外IT事情に強い。統計に頼らず現地人の目線で取材する手法で、一般ユーザーにもわかりやすいルポが好評。書籍では「中国のインターネット史 ワールドワイドウェブからの独立」、「中国のITは新型コロナウイルスにどのように反撃したのか? 中国式災害対策技術読本」(星海社新書)、「中国S級B級論 発展途上と最先端が混在する国」(さくら舎)などを執筆。最新著作は「移民時代の異国飯」(星海社新書、Amazon.co.jpへのリンク)
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