来場者100万人 世界最大級のメタバース即売会「バーチャルマーケット」
ASCII.jp / 2022年12月29日 9時0分
2022年12月3日から12月18日まで、HIKKY社運営のメタバースイベント「バーチャルマーケット 2022 Winter」が開催されました。VR SNS「VRChat」で使えるアバターなどを販売する、メタバース上での大規模な展示即売会です。
会場は「企業ブース」と「一般ブース」の2つに分かれ、参加企業は70社、一般参加者は540サークル。HIKKYによると実際には倍近くの申し込みがあり、参加サークルは抽選で選ばれている状態です。来場者はのべ100万人超で、約4割が海外の方。7〜8割の方がVRハード経由で来場しています。現在はコミックマーケットと同じく夏と冬の年2回開催しています。
バーチャルマーケット(Vket)は、2018年8月に第1回が開催されて、今回で10回目。VRSNS「VRChat」のブームと発展に大きく影響を受けたイベントです。一般ブースを見て回ると、展示販売されているアバターや展示会場のクオリティが毎回上がっているのがよくわかります。趣味で作っている人もいれば、プロとして非常にクオリティの高いモデルを販売する方も出てきています。中には海外モデラーさんもちょこちょこいらっしゃって、日英対話も確実にやっていますね。
VRスタートアップVLEAPの新保正悟CEO(現在)が大学生だった2019年、VRChatを対象とした大規模調査を実施したことがありました。それを見ると、Vketが開催されたことで「販売されているアバターのデータを購入して、自分のアバターに改造して使用する」文化が成立した過程を垣間見ることもできます。
2019年当時は、初音ミクなどの動画制作用に作られていた「MMD」と呼ばれるフォーマットのデータが、勝手にVRChatに組み込まれて流通するといったことが常態化していました。しかしVketが開催されてからは、販売されているアバターを利用するユーザーが大きく増加しています(黄色)。
(出典)利用者調査から見た日本におけるVRChatのコミュニティと経済圏 第五章 VRChatの経済圏について https://note.com/shogo_vr/n/n132de95d3cd5
調査からは「アバターは購入したものを改造」するというユーザーが60%もいたことがわかり、Vketが登場したことによって、ユーザーが自分のアバターを購入し、改造するという文化が、VRChat内で広がっていったことをうかがうことができます。
さらには、「バーチャルマーケットに出展するためにツールをおぼえた人たちがたくさんいた」とも言われています。Vketへの出展を目標として、BlenderやUnityといった開発ツールを覚えてモデルを作るユーザーが多数出たと推察できるのです。これはコミケと漫画の関係に似ているかもしれません。
そんなVketのビジネスモデルについて、HIKKYに「中の人」として関わっていた私から見た姿をご紹介していきます。
きっかけはアバターの個人間取引だった
この創設期のVketの様子については、Vketの立ち上げたメンバーの一人現HIKKY CVO(チーフ・バーチャル・オフィサー)の動く城のフィオさんが9月に出版された『メタバース革命 バーチャル経済圏のつくり方』(扶桑社)に書かれています。
2018年当時のVRChatはアバターの使い方がカオスだったようです。VRChatはシステム仕様上の制約から、他のユーザーが他の人のアバターデータをコピーする(リッピングする)ことは技術的にそれほど難しくはありません。同じVR空間に他のユーザーを表示するためには、他のユーザーのアバターデータをローカルなPC上に展開する必要があり、メモリ上に展開されたデータをコピーできてしまうためです。
ただ、特に日本のユーザーは運営会社の権利を尊重すべきだという考え方が強く、流通するコピーデータを相互監視して自粛しようという傾向がありました。
当時、だんだんと無料で使えるオリジナルアバターが提供されるようになり、3Dモデルも販売されるケースが出てくるようになっていた時期でした。
フィオさんは以下のように書いています。
「このような状況の中で、「この流れをもっと後押ししていけたらいいな」という個人のアイデアから始まったのがバーチャルマーケットです。最初に言い出したのは私ですが、当時のVRChatの日本人コミュニティは規模が小さく、ユーザーはほとんど顔見知りのような状態だったので、私がツイッターで「こんなことやりたい! ていうか、やる!」と提案したことに、皆が「いいね、やろうやろう!」と盛り上がって始まった感じでした」(Kindleの位置No.1168-1177) 「私がVketを発案したのは、「イベントがあったらもっと作品が増えるのでは」と思ったのがきっかけです。私は過去に同人活動をしていたので、同人誌即売会で作品が生まれるのを、何度も見てきていました。こうしたイベントは「作品を出したいから参加する」だけでなく、「参加したいから作品を作る」という面があります。
現時点ではアバターを作ったことのない人でも、皆で作ってわいわい展示をするイベントが開催されるとなれば、「じゃあ作ってみようか」となる人が増えるかもしれないと思ったのです」(同上)
フィオさんの言う作品とは、アバターのことでした。どのメタバースでも共通することですが、アバターこそが他の人との明確な差別化を可能にする重要なアイデンティティを形成する要素です。しかし、それらを作成する人たちが展示をする仕組みが限定的で、また、取引も簡単にできないという状況こそが、潜在的なニーズを生み出していたのです。
アバターを独自に作って提供する人たちが出てきていた状況だったことも、色々な人に広められる展示会のようなものを作ろうというきっかけとなったのですね。
そういうことでVRChat上で開催したのが第1回Vket。参加者は約80サークル、来場者は1日で1500人程度でしたが、物凄く評判が良かったんです。当時のVRChatの同時接続者数は8000ほどだったため(現在は3万前後)、当時の日本人のVRユーザーの規模感からすると相当な規模であったと言えるようです。出展者は、コミケと同じように規定サイズのブースが割り当てられ、そこを自由に飾り付けることができ、それをデータで入稿するという形です。
現在でも、VRChatの中にはアバターを有料で販売して流通させるような仕組みは存在していません。出展サイトから、外部のウェブサイトへと飛び、そこからアバターデータを購入できる形を取っています。代表的なのが、PixivのBoothで、HIKKYもVket Storeといった仕組みを持っています。
展示会ビジネスのチャンスが見出される
そんなVketにビジネスチャンスを見つけたのが現HIKKY代表の船越靖さん。企業向けブースを出せばスポンサー料をもらえて、展示会ビジネスとしてやっていけるんじゃないかということで、第2回からはHIKKY社がVketを運営するようになりました。
そうして「一般ブース」「企業ブース」という形でワールドを分けた結果、どちらも同じようにブーストして成長が続き、発展することとなりました。現在では、一般ブースでは1ブースあたり3300円の出展料を、企業ブースでは規定の出展料を取る形で運営されています。そして、運営するVRChatには、HIKKYから商業イベントを開催するためのライセンス料を支払う形で運営されています。
その後、企業ブース向けにVket2021以降に導入したのが、実際の都市をモデルにしたワールド「パラリアル」というコンセプトでした。これは「パラレルワールド(並行世界)」「リアル(現実世界)」を合わせた造語で、「パラリアルワールドプロジェクト」として全国100都市を作ろうという盛大な計画が立ち上がっています。
パラリアルは、現実都市を参考にすることによって、メタバースに関心がない人にもコンセプトをわかりやすく伝えようことで作られました。たとえば「パラリアル秋葉原」を作ると、企業側は「秋葉原のどこに出展できる」というイメージがしやすいというわけです。これまでに東京、大阪、秋葉原などを作り、Vket 2022 Winterでは名古屋、札幌、そしてパリが展開されました。
企業にとってはPRと小売りの入り口に
企業にとって、Vketへの着目点は何でしょうか。1つはやはりPRです。VRChatをやっているユーザーは20〜30代前半までが多い傾向があるため、そういう層で、かつITに対して感度の高い層に向けてPRできるというわけです。
今回であれば、たとえばJR東海さんがリニア新幹線をバーチャル展示されていました。リニア新幹線のL0系改良型試験車に乗ってみると「リニアは新幹線に比べて、車両はちょっと小さいんだな」とか、「席数も新幹線の1列5席に対して、4席なのか」といった実物感が伝わります。
面白いのは、たとえば5回連続出展されている百貨店の松坂屋さん。年末商戦の食べ物を販売していて、直接注文できるようになっているんです。これによって、Vket 2022 Summerのときから面白いことが起きるようになりました。あるユーザーさんが松坂屋さんブースの前で“集会”をして、みんなで注文した食べ物を「その場で食べよう会」というものを開いたんです。普通の百貨店ではありえない、小売店の場がコミュニティへと変化していく、メタバースならでは感があったと思います。
もうひとつ親和性が高いのはアバターではない現実の“服”ですね。やはり5回連続出店されているBEAMSさんは、比較的フォーマルなデザインのアバターと、実際の服を販売していますが、Vket期間中にはかなりの売上が出ているという話です。
このように、展示会とコミケが合体したような状況になっているのがVketです。
Vketは「上級者向け」「入門者向け」の2つに
いまHIKKYではさらに2つのアプローチからバーチャルマーケットを展開しようとしています。
1つはVRChatを中心に展開されているVRデバイス向けのVket。こちらは体験の良さは確実にあるのですが、VRハードを持っていないと十分に楽しめないという限界を抱えています。デスクトップからも参加できますが、体験の満足度は相対的に低いという傾向があります。また、普段ゲームを遊ぶユーザーならまだしも、そうではない人にとってVRChatに参加するハードルは非常に高いんです。なので、もっと簡単に色々な人がメタバースに参加できて、その上ビジネス展開もできるようにということで開発しているのがスマホ向けのライト版Vket「Vket Cloud」。
HIKKY独自のメタバースエンジンを使って、ウェブ上にメタバースのサービスを拡張しようとしているものです。現在はβ版を公開していますが、Twitterに貼られたリンクを叩くだけで、すぐにメタバースに入れるような環境です。ユーザーが好きなようにメタバースのワールドを作れるようにして、そのなかでコマースをしてもいいというレギュレーションになっています。
Vket Cloudを導入するのは、HIKKYだけでパラリアル都市を作るには年に数都市程度という限界があるためでもあります。各自治体とその地元企業がVket Cloudを利用して、独自のメタバース(ワールド)を作れる環境を整えていこうともしてます。
たとえば今年10月開催のイベント「バーチャル沖縄」。沖縄県が開催する大きなイベントに合わせて「バーチャル首里城」を作るなど、官公庁からの発信をして、かなりの成功をおさめました。しかし、ここにHIKKY社が関わっていたのは技術提供のみ。実際にVket Cloudで開発・運営をしたのは地場のIT企業だったんですね。
こうして「1人1メタバース」を持てるくらいの環境を作ることで、バーチャルマーケットを、ハイエンドユーザー向けのVket、ローエンドユーザー向けのVket Cloudという2つに分けようとしているというわけです。
さらにもう一歩踏み込んでやろうとしているのはリアルとリンクさせたイベントです。来年の「Vket 2023 Summer」に合わせて開催を予定しています。規模感はまだ調整中のようですが、「ニコニコ超会議」のようになるのかもしれません。
これまで、「Vket 2022 Summer」でも、実験的にリアルとリンクさせた展示をやったこともありました。JR西日本が「バーチャル大阪駅」のなかに吉本興業のライブ会場を作ったんですが、そこでお笑い芸人さんがライブをするときには、Questをかぶってバーチャルとリアルに同時に出てくるということをしたんです。
バーチャルがリアルを排除するのではなく、補完していくんだという関係性を見せた形ですね。
これほど有名企業が付いたメタバースイベントは世界初
ユーザーのアバターニーズに始まり、企業出展へと広がっていたVket。それなりに回数を重ねていますが、まだ若いイベントであることには変わりありません。
ただし、数時間をかけて一般ブースを歩き回ってみると、そこには今後広がりそうなイノベーションの種を感じ取ることができます。加えて、これだけのナショナルブランドともいうべき有名企業がスポンサーについているメタバースイベントは、世界全体を見渡してもありません。
そんなVketの注目点は、展示会ビジネスとして安定的に収益が出るようになっていることです。これまでメタバースの収益はB2Bがメインでしたが、適確に社会に受け入れられることでしっかり経済圏を作れるという可能性が見えたなと感じています。
筆者紹介:新清士(しんきよし)
1970年生まれ。「バーチャルマーケット(Vket)」で知られる株式会社HIKKY所属。デジタルハリウッド大学院教授。慶應義塾大学商学部及び環境情報学部卒。ゲームジャーナリストとして活躍後、VRゲーム開発会社のよむネコ(現Thirdverse)を設立。VRマルチプレイ剣戟アクションゲーム「ソード・オブ・ガルガンチュア」の開発を主導。著書に8月に出た『メタバースビジネス覇権戦争』(NHK出版新書)がある。
※お詫びと訂正:初出時「VRスタートアップVLEAPの新保正悟CEO(現在)が大学院生だった2019年」としていましたが、正しくは大学生でした。関係者の皆様にご迷惑をおかけしたことをお詫びするとともに訂正します(12月30日13時16分)
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