日本ではYouTubeが地上波1チャンネル分の価値を持つ
ASCII.jp / 2023年1月14日 15時0分
<後編はこちら>
サブスクの選別が始まった
2022年に開催された日本アニメーション学会 産業研究部会主催のイベント「Z世代の動画視聴――配信と倍速再生の実際」から、「ITジャーナリスト西田宗千佳×まつもとあつし対談」を前後編でお届けします。
三省堂が選んだ「今年の新語2022」にて『タイパ(タイムパフォーマンス)』が大賞を獲り、早送りで動画を見る若者の存在がクローズアップされる昨今、ユーザーの動画視聴行動にはどのような変化が起こっているのでしょうか?
◆
まつもと はじめに西田宗千佳さんから「『レイヤー構造』で考察し直す動画視聴行動」というお話をいただき、その後ディスカッションに入りたいと思います。
西田 よろしくお願いします。まず、私のほうから簡単な講演をさせていただきたいと思います。
本題に入る前にみなさんと目線合わせのようなことをしておきたいな、というのが1つの目的です。目線を合わせる、とはどういうことかと言うと、日本と世界で動画はどのように見られているのかを、あらためてビジネス視点的にまとめておきたいな、というのが私の意図です。
最初に、動画配信ビジネスの世界的な動向についてまとめておきたいと思います。現状、まだ日本では感染拡大が続いていたりしますけれども、世界規模で見ますと――特に正確に言うと先進国ですが――コロナ禍による特別な状況からの移行がかなり鮮明になってきました。すなわち、家の中に閉じこもるのではなく通常の行動に戻ろう、が基本になっています。
じゃあそれは良いことばかりなのかと言うと、そうでもなく。アメリカを中心に為替の影響もありますし、労働状況の変化もあって急速なインフレ傾向が進んでいます。2022年の後半から2023年にかけて景気減退、いわゆるリセッションの状態に入るのではないかという危惧がかなり深刻なものとして企業のなかで語られるようになっています。
このような話が明確に話されるようになったのは2022年の春くらいからだと理解しているんですけれども、結果として家庭内出費に対しての緊縮が世界中で起き始めていて、そのことがサブスクリプション、いわゆる定額サービス契約の見直しにつながっているのは間違いないと思います。
コロナ禍がどれだけ異常な状況であったかというのを示すのが次のグラフです。このグラフは、Netflixが2021年Q3のIR資料のなかで示している有料会員の伸びのグラフです。見ていただければわかるように、2020年、コロナ禍に入ってから一気に伸びているんですね。
一方で、この2020年の急増の影響を受けて2021年と2022年はユーザーの伸びが沈むのではないかと考えられていました。すなわち、ここ数年間の映像配信の伸びは世界的に見てかなり需要の先食いだったんじゃないかという話があるわけです。
ただ、ポイントなのは2021年の予測では同じように伸びるんじゃないかと思われていたのが、実際には伸びずフラットになってきているんじゃないかという懸念が出ていること。だからこそ、Netflixの世界全体での売上、有料会員数というものが減少に転じている、と。
まあ、フラットな状況になったと考えられている、というところです。すなわちこれは海外で競争が激化しているんじゃないかという話になるわけですけれども、それはその通りなんです。
ただ、これは後でもう少しデータを見ますが、実は劇的に伸びているのはDisney+くらいなんですよね。先日、ニュースでDisney+の会員数がNetflixを抜いたという話があるんですけれども、これはかなり誤解されて伝わっていまして、Disney+の会員数がNetflixを抜いたわけではないんですね。
正確に言いますと、アメリカのHuluと――ご存知の通り、日本のHuluとは経営母体が違うので別物として考えないといけないんですけれども――スポーツチャンネルのESPN、そしてDisney+の会員数を合算すると2億人を超えたので、Netflixを抜いた、という話になっているですね。
アメリカにおいてHuluとESPNは、老舗の映像配信としてユーザー数、視聴時間ともに非常に大きなサービスです。その2つが、急速に伸びているDisney+とくっついたからNetflixを超えたという話になるのであって、未だトップはNetflixで、Disney+が追いかけているという状況に変わりはありません。
先ほど言いましたように、リセッションの傾向からサブスクリプションの見直しが進んでいます。ですからDisney+などが伸びてNetflixを脅かしている状況というよりは、全体がブレーキを踏んでいる中でDisney+だけが伸びていて、結果としてDisney+ 対 Netflixという状況になっている、というような言い方をしたほうが良いのかなと思っています。
テレビは「動画配信サービスを使うための機械」に
そして、これはちょっと古いデータになるんですけれども、非常に重要な話なので基礎知識として理解していただきたいという内容が1つあります。
それは、ある国に映像配信が導入されて、ユーザーの利用が進めば進むほど、ユーザーの視聴デバイスがスマートフォンやPCから、テレビに移るということです。
この画面は、2018年にNetflixに取材に行ったときに彼らが示したものです。サインアップ時はPCやスマートフォンが使われています。やっぱり文字入力がラクなPCやスマートフォンの利用が多いわけですね。
ところが半年間、会員の継続が続くと、全体の視聴デバイスの7割がテレビになるんです。これはグローバルな数値なので、国によっては当然違うわけですけれども、映像配信というものがその人の生活の中で当たり前になってくると、どんどん楽で大きな画面で見るようになるということが明確だと言えるでしょう。
前述の通り、これはグローバルなデータなので、じゃあ日本は違うんじゃないの? という懸念を持つと思います。そこで、同じように開示されたデータをもう1つ見てもらいたいと思うんですが、これは国ごとの比率の違いです。ざっくり、青がテレビだと思ってください。サインアップしたときはどこの国もやっぱりテレビの比率が少ないのですが、比率の差はあれど、どの国もテレビの比率が上がっています。
これは2022年になっても変わっていないと聞いていますし、日本においても同じだろうと思います。テレビメーカーに聞くと「映像配信の利用率が高まっている」という話なので、映像配信の利用が定着し始めた状況において、いわゆるテレビでの視聴が日本でも高まっているし、特別なものではなくなっているんじゃないかということが、こういった資料からもわかるわけです。
この傾向が一番進んでいるのは当然アメリカです。アメリカにおいてはCATVがコンテンツの一番大きな供給源ですけれども、供給源としてのCATVをストリーミングが2022年に抜いたという話が出ました。
ここに示しているデータは、アメリカのニールセンが、テレビの前に2人以上いる状態での視聴状況の統計を取って出したグラフです。
左側は2021年の第3四半期(Q3)、すなわちだいたい半年くらい前のデータなんですけれども、このときにはまだCATVがトップで、ストリーミング全体は3割弱だったわけですが、気がついてみると、放送やCATVから少しずつユーザーが減って、第2四半期(Q2)にはストリーミングが33%になり、CATVを脅かすようになっている、と。
このニールセンのデータはもう少し面白いことがわかるので、引き続き見てみようと思います。円グラフが見えると思いますが、注目していただきたいのは、ストリーミングに割り振られているパーセンテージです。Netflixが一番大きいんですけれども、その次にYouTubeが来て、そのほかの大手が3%か2%です。
これ、トレンドで見るともう少し面白いんです。明らかにCATVが少しずつ減っていて、ストリーミングの比率がゆっくり増えています。その理由は、おそらく各社がヒットシリーズの続編を半期に一度出すようになった影響が大きいと思われます。
一方で、一番上のOtherは録画やゲームなんですけれど、これが微妙に減っています。すなわち、テレビがゲーム利用の端末から、映像の端末に戻ってきているのかなという傾向が見て取れます。
これは別の論なので詳細は省きますが、ゲームはPC向けの外付けディスプレーに映すようになりました。リビングにおける視聴は映像中心になり、ゲームは個室・個人に移行している、という状況があるんじゃないのかなと思っています。
また、各社のシェアは全体がグッと上がっているわけです。どこが上げているのかというと、やっぱりYouTubeの伸びが若干強い、それからNetflixもなんだかんだ言いながら1%くらい伸ばしているので、世の中でサービスとして定着しているものが視聴量としてもそのまま伸び続けている、というような言い方ができるのかなと思います。
日本のゴールデンタイムでも動画配信は無視できない
さて、海外の事情はよくわかったということで、ここからは日本の事情を少し考えてみたいと思います。これについては、NHKの文化研究所が出しているデータを見ながら話すのがベストかなと。2021年の「メディア利用の生活時間調査」をまとめたインタラクティブなグラフが非常によくできています。
日曜のゴールデンタイム、19時台に20代の男性・女性がどんなメディアに接触しているかというのをグラフにしたものです。
これ、実は時間を変えるとインタラクティブに変わるので、皆さんもご自身でいろいろ見ていただきたいなと思うんですけれども……ポイントは、日曜のゴールデンタイムという、テレビを一番見ている時間帯に、男性の場合はリアルタイムでの放送が10%、それに対して動画配信が4.2%あるということですね。
さらには、同時にスマートフォンが利用されていて、スマートフォンでの動画の利用が11%と、実はテレビの視聴量を上回っている。じゃあ女性はというと、スマートフォンを使っている時間自体は短いんですけれども、テレビを見ていて、同時にやっぱり動画も見ているということが言えます。
じゃあ高齢者はどうなんですかという話になると、さすがにテレビのリアルタイム視聴が増えるわけですよね。でも、動画視聴も1%いるんです。さらに、10代は当然のことながら、自分でいろんなデバイスを買って視聴できるわけではないのでテレビを利用している率が増えるんですけれども、今度は女性に動画が増えてくるんです。
全体を見ても、生活シーンの中でテレビはやっぱり見られているんだけれども、動画の比率が、もうそろそろ否定できない割合、数%の割合で増えているということがわかると思います。そして、この割合ってだいたい、録画の割合にだいぶ近づいてきているんです。
たとえば男性だったら録画を見ている割合が2.7%になっていますけれど、配信は1.8%で、もうそんなに差がないんですね。そのくらい、メディアとして当たり前のものになっているというのが、このデータからわかってきます。
YouTubeは地上波1チャンネル分に相当する
次はMMD研究所が2021年9月に発表した調査です。彼らはテレビ、YouTube、映像配信それぞれの視聴時間をアンケート調査で出しています。地上波はやっぱり10代が減っていて、それなりに大きなえぐれになっているんですけれど、まだ全体としての情報リソースというのは地上波で得られているということがこのグラフからイメージできると思います。
そして実は、YouTubeも非常に大きな比率で情報のファーストタッチソースとして使われているというのがこの調査からわかるんですね。
話を戻しますと、若い世代においては、テレビとYouTubeのあいだで逆転現象が起きている、と。これは非常に面白い結果だなと感じています。
さらに、YouTubeではなく有料の映像配信はどうかというと、地上波に比べると決して多いわけではない。ただ、それでも20代においては半分以上が利用しているので、決して無視できる状況にはない。先ほども言いました通り、テレビを使って映像配信を見る行為も定着しているので、トータルでかなりの価値になってきているのではないかなと。
そこで図表のタイトルに「日本はYouTubeが地上波1チャンネルの価値に」と書いています。これは、テレビメーカー各社にヒアリングをしてみますと、そこから面白いことがわかってきていまして。
テレビメーカーが集計している利用時間の比率によれば、おおよそ映像配信全体で1日に1.5~6時間くらい使われていまして、これはNHK1局くらいに相当するんです。さらには映像配信のほとんどがYouTubeであることが見えているそうなので、地上波1チャンネル分の視聴率をYouTubeが持っている、と考えても不思議ではないのではという結論に至るわけです。
そうすると、これはあくまでザックリとした私の肌感も含めた比率イメージですけれども、日本のテレビというデバイスにおいて、まだやっぱり地上波が75%くらいの影響力を持っているのは間違いないんですけれども、おそらくYouTubeはすでにテレビ番組の録画よりは多い比率のユーザー数を獲得していて、さらには地上波1チャンネル分と同じくらい、場合によっては見られている。
そして、その3分の1から半分くらいは映像配信の利用で、DVDレンタルをそろそろ越えつつある状況にあるのかなと考えることができます。
また、ゲームなども比率としてそこそこあるんですけれども、これは先ほど言ったように減少傾向なので、おそらくこのまま映像配信が録画であるとかゲームであるとかを食うかたちで広がって、もしかするとYouTubeというものの影響力が地上波を浸食するかたちでさらに広がっていくんじゃないのか、という考え方ができるわけです。
日本でも動画配信がテレビを超える日は来る?
これらのメディアというのは当然、それぞれ見ている人も違えば、放送されている内容も違うので、使い方が変わっています。単純にYouTubeと地上波を並べて考えたりであるとか、映像配信を並べて考えることは難しいんですけれども、それぞれのレイヤーにおいて使い方であるとか見方が変わっているんじゃないのかなというのが、先ほどのこのMMD総研の調査とあわせた私の肌感覚です。
じゃあ、こういったことが将来的にどうなるかというと、先ほど示したアメリカの例は1つの試金石になると思います。アメリカの場合にはCATVが主で、地上波の放送が従という違いがありますし、アメリカほどストリーミングに浸食はされていないわけですけれども、数年後を考えるとアメリカのようにストリーミングが伸びる可能性はあり得ます。
一方で、やっぱりマスは、放送を見る――それは無料であるということを含めて――というかたちで残るのではないか。すなわち、アメリカのストリーミングの比率とCATV+ブロードキャストの比率が、日本においても同じように再現される日というのがいつか来るのではないかなと思っています。
ただ、現状においてはその手前にあって、YouTubeを中心にテレビで映像を見る、テレビでネットの映像を見るというのが広がっている、というのが現在の1つのかたちではないかなと。
倍速視聴や各メディアの特質については、これらをベースにして話すことになるのでは、というのが現状での私の観測です。私の話は以上になります。どうもありがとうございます。
動画配信サービスはアラカルト、YouTubeはダイレクト
まつもと 西田さんありがとうございました。日本と世界の違いと、共通点みたいなものも見えてきたかなと思います。私は新潟の大学で教員をやっていまして、地方と都市でのギャップを日々、目の当たりにしています。
たとえば、西田さんがおっしゃった通り、地上波の存在感ですね。新聞も世帯単位では読まれているイメージがあり、こういった部分を忘れてはいけないのかなとあらためて思いました。
ここからは図表で示したポイントについて見ていきたいと思います。まずは、日本において存在感があるYouTubeですね。西田さんのスライドでは、地上波1チャンネル分の「価値」という言い方が妥当かどうかというところも議論があると思うんですが、1チャンネル分の存在感を持つファーストタッチチャンネルである、というふうに捉えておくべきかなと思います。
ほかの記事では選挙でガーシー候補が当選したことを取り上げられていましたけれども、是非はともかく、YouTubeには当選させるだけの影響力を持っていることは間違いないのかなと思いました。つきましては日本においてYouTubeは今後どうなっていくのか、現状と今後をもう一度お話いただいてもいいですか?
西田 はい。YouTubeの一番特徴的なところは、特定の人や企業のダイレクトチャンネルの集合体であることだと思うんですね。
一方、映像配信はあくまでお皿の上にいろんなコンテンツが乗っている場所であって、「それはリアルかリアルじゃないか」という話を除くと、要はレンタルビデオ屋さんの店頭、もしくは雑誌と変わらない。いわゆるアラカルトの場所であるというところがポイントなんだと思います。
ところがYouTubeは、アラカルトの場所のように見えて実はダイレクトチャンネルの集合体です。というのは、たとえばいわゆるユーチューバーの方々というのが非常に大きな影響力を持つようになっているわけですけれども、その場合には彼らをフォローして、彼らが新しく作ったコンテンツを追いかけて見る、というかたちが取られているわけですね。
レコメンドに出てくるものも、自分がフォローしているチャンネルや、自分が検索した情報に紐づいているので、企業・個人が思っていること、考えていることをアピールする場になっている。
それは決して悪いことではなく、広告宣伝も含めて、非常に重要なところではあると思うんですけれども……地上波1チャンネル分の価値を持ち影響力があるとされる一方、一人ひとり見ているものはバラバラなので、「影響力とは何か?」と言ったときに、対象が結構違うなと。
それは、同じYouTubeを長く見ているとしても、Aが見ているYouTubeの内容と、Bが見ているYouTubeの内容は違う。ただ、誰にとってもYouTubeは開かれた場所であることは確かです。
YouTubeにコンテンツが上がっているということに対してアプローチするのは楽だし、YouTubeにコンテンツを上げるのも簡単なので、何かの情報に対して最初に触れる場所、いわゆるファーストタッチプレイスとしては、おそらく今はYouTubeしかあり得ないのかなと。
ほかにInstagramやTikTokもあり得るとは思うんですけれども、日本において継続的なかたちで、となるとまずはYouTubeなのかなと考えています。
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