ゲームそのもののあり方を変えてしまった「Steam Deck」
ASCII.jp / 2023年1月16日 9時0分
Valveの「Steam Deck」本当に出来がいいですね。ハンドヘルド型の完成形と言うべきハードだなと感じています。日本では8月に予約が始まっていたものの、12月から出荷が始まり、やっと入手できました。
ここ数年で買ったハードの中では一番の出来
発売前には「重いのではないか」と言われていましたが、そんなことはまったくありません。確かにNintendo Switchに比べて一回り以上も大きく、重さも669gはあります。Nintendo Switchが319gであることを考えると倍以上です。ところが、重心の設計がうまく作られており、左右にしっかりと握れるグリップがあるため、重さを感じない設計になっていて、非常に使いやすいんですね。コントローラーやボタン周りの設計もよくできています。タッチパッドも使いやすく、画面にもタッチパネルが仕込まれており、背面に追加できるショートカットボタンも便利です。
「エルデンリング」のような豪華なフル3Dタイトルでもカクツキはなく、違和感なくスイスイ動きます。搭載されているモニターサイズが1280×800ドットのハイビジョンサイズで、現在ではモニターでは一般的なフルハイビジョンサイズの1920×1080ドットではなく比較的小さめであることも処理を軽くできている1つの要因ではあるのですが、ゲームをプレイするには十分すぎます。性能的には「PlayStation 4」と同等レベルのようです。
年末に帰省した際、新幹線の往復時にひたすら昨年大ヒットしたインディゲームの「ヴァンパイアサバイバーズ」をプレイしていましたが、何の問題もなくプレイでき、移動中の数時間が一瞬で溶けました。最上位の512GBモデルを選んだこともあって、読み込みが遅いと感じたことはありません。連続使用していると、それなりに発熱はありますが困るほどではありません。2時間程度と言われるバッテリーも、ゲームの処理の重さによるようで、3時間は遊べていました。
ユーザーインターフェースも洗練されています。キビキビ動き、操作に迷うこともありません。「エルデンリング」をプレイしていて困ったのは、画面が小さい分、文字も小さくなるので老眼にはつらいことですが(笑)、積みゲーになっていたインディゲームを次々に遊べました。PC上で起動するには面倒で、マウスではプレイしにくいゲームのプレイ体験が劇的に変わりました。
ガジェットとしては、ものすごく満足感が高いです。一日中触っていたい魅力があり、「Meta Quest 2」以来の、ここ数年で買ったハードの中では一番じゃないでしょうか。
Steam Deckはメモリ換装可能、Linux用アプリも動かせる
Steam Deckはゲーム機としての基本機能だけでなく、PCゲームのカルチャーの要素が強いところもこれまでのゲーム機とは異質な印象を受けます。
搭載されているOSは、Valveが開発したLinuxベースのOS「Steam OS」。そのOSの上にWindows用のソフトを動かすための専用レイヤーが載っていて、 SteamのゲームがWindowsなしでも動作するという基本構成になっています。「それって使いやすいのかな?」と思っていたんですが、実際にはほぼノンストレスで 使えています。
Steam OS用に最適化されているゲームかどうか、もしくは最適化されていなくとも動作するかどうかが各ソフトには表記されているのですが、2012年にリリースされて、現在でもValveの看板タイトルとして現在も多くのユーザーに遊ばれ続けている「カウンターストライク:グローバルオフェンシブ」もまったく問題ありませんでした。
Steam Workshopというユーザーが作成したModをインストールする仕組みも搭載されており、対応ソフトのカスタマイズも簡単です。ユーザーは何も気にすることなく、PCで使用している環境をそのままSteam Deckに持ち込むことができます。
Steam OSのデスクトップモードも搭載されており、そこでは数々のLinux用のアプリをダウンロードさせて動かすことができます。例えば、3DモデリングソフトのBlenderや、画像エディターソフトのGIMPSなども問題なく動作します。
Steam DeckにWindows 11をインストールして、仕事用PCとして使う
面白いのはPCカルチャーなので「どうぞ好きに改造してください」という状態になっていること。Windowsのデュアルブートも「やりたい人はどうぞ」という感じです。
分解しやすいハードのため、メモリ換装も簡単です。最も値段の安い64GBモデルを購入し、もっと容量の大きなSSDを換装するといったことも普通に行なわれています。また、USB-Cに拡張ドックを繋げれば外部に映像を出力できます。拡張ドックは一般にUSB-Cで接続できるものであれば大抵うまくいくようです。筆者は4000円ほどで販売されているものを使っています。
さらにBluetoothに対応しているので、キーボード、マウス、コントローラーなど対応しているものは何でも繋げられます。
実際に、512GBのmicroSDを購入してWindows 11をインストールし、そちらから起動できるようにもしてみました。導入方法を解説している動画を見ながら設定したところ、インストールのために必要な作業時間は1時間程度であっさりと起動できました。トータルな費用は3万円程度追加では必要にはなりますが。
ただ、こうなると完全にミニPCです。当然ですが、Windowsのアプリは何でも普通にインストールできますし、Steam OSでは動作しないXbox Game Passのゲームも動作します。最近は実験気味にSteam Deckを持ち歩いてノートPC代わりに使えるかを試しているのですが、スマートフォンのテザリングと組み合わせて、Google Slideなどを使ってのプレゼンなどで普通に使えています。
Steam OSは2015年のSteam用専用ゲーミングPC「Steam Machine」のために開発されました。PCゲーム市場がWindowsの独占状態にあり、それらのくびきから離れたところにSteamを存在させたいということをValveは狙ったのです。しかし使い勝手も悪く、値段も高かったこともあって、Steam Machineは普及せず失敗に終わりました。しかしその後も、Steam OSの開発は続けられ、Steam Deckという形でついに成果を上げてきたと言えます。
Steam Deckの売上は少なく見積もっても200万台
Steam Deckは2022年2月にアメリカで発売されてから、10月までに少なくとも100万台程度は売っていると推測されています。
Valveは、VRデバイス「Valve Index」といった自社ハードの開発・販売にも力を入れつつありますが、多数の在庫リスクを負うことを嫌う傾向があるため、リリース時にはスロースタートで始める傾向があります。Steam Deckは、2021年中に発売が開始される予定でしたが、コロナの影響による物流の遅れ、半導体不足により影響を受け、半年以上もリリースが遅れました。
ただ、リリース後は欧米圏ではヒットしている状態が続いています。10月末の感謝祭時期からクリスマス休暇までの約2ヵ月間は、アメリカで最も消費が旺盛になる時期です。ビデオゲーム分野でも、この2ヵ月の売上が1~10月の合計に匹敵するほどです。
Valveは、Steamでの販売ランキングを公開しているのですが、この2ヵ月間ずっと首位をSteam Deckが取り続けていました。
このデータが販売金額を示すのか、販売台数(本数)を示すものであるのかは明らかにされていないため、正確な推測が難しい部分があるのですが、この期間中は在庫切れなどが起こらず売れ続けたものと推測できます。そうすると、どう少なく見積もっても100万台は売っていると考えられ、もっと上ブレしていることも十分に考えられます(供給できていたハード量に依存しますが)。
なお、日本を始めアジア地域は期間中ランキング外でした。販売代理店が予約注文をする形になっていて、Steamと違う決済サイトが使われているためだと思われます。
もちろん、数百万台という数字は、トータルで数千万から1億台近い販売を狙えるPlayStation 5やXbox、Nintendo Switchなどに比べるとまだまだですが、Valveが販売したハードとして最も成功したことは間違いないでしょう。今後どこまでValveが販売台数を狙いにいくのかは、注目点ではあります。
VRやメタバースもSteam Deckで楽しめる
Steam Deckが絶好調だった一方、伸びが見えなかったのが、SteamのVR関連です。Steam上でPCでVRゲームを遊ぶために必要なSteam VRを利用しているユーザー数の情報が公開されており、それらをまとめているサイトが存在します。2016年頃からクリスマス休暇時には、必ず前年比で伸びるという傾向を示していたのですが、2022年末は、初めて前年度割れしました。最大のピークだった2021年のみならず、2020年をも約10%下回るという結果が出ています。
要因としては2021年末に大きなヒットになったVRデバイスの「Meta Quest 2」が期待ほどには売れていないのではないかと推測しています。Quest 2はPCVRをストリーミングで利用できる「Quest Link」という機能があり、ハードが売れるとSteam VRでの利用者も増える傾向があります。昨年のヒット時には、Steam VRでのQuest 2利用者のシェア率も伸びていたのですが、今年は横ばいにとどまっています。
メタとしてはソフトのバンドルを通じたQuest 2の実質的な値下げはしていましたが、販売を牽引する大型タイトルの不足もあったこともあり、効果は限定的だったのかなと感じます。次世代機種「Meta Quest 3」の発売が今年の秋にアナウンスされているので購入がしにくい事情もあります。メタのVR戦略がどうなるか不透明なこともあり、ユーザーとしては購入しにくい部分があったのではないかと思います。
ちなみにSteam Deckの価格は最安値の64GBモデルが399米ドルで、実はメタの「Quest 2」と同じ価格です。Quest 2は昨年8月に100ドル値上げしたので並んでしまったんですよね。Steam Deckと比べると「高いな」という印象を持ってしまいます。Steamのユーザー数の調査でも、8月以降はシェアを落としており、値上げがあまり良い結果を生んでいないことが推察されます。
それと変な話ですが、Steam Deckは箱を開封して中に入っていたのが電源ケーブルと本体だけなんですね。使うときも起動して Steam のアカウントを認証するだけだったので初期設定がほぼ何もありません。最近では、「Meta Quest Pro」のときに手こずった経験があるように、VRデバイスばかり触っていると初期設定やキャリブレーションが面倒なことがもはや普通だったので、Steam Deckの製品としての完成度の高さを逆に再認識させられることになりました。
ちなみにSteam Deckでも、いくつかのアプリをインストールすることで、Steam VRモードを起動できるため、完全ではないもののVR系ソフトは結構動くと報告されています。デスクトップモードであればVR SNSの「VRChat」は問題なく動きます。
今後メタバースがどういう風に動いていくかということもあると思いますが、VRデバイスの普及に関係なく伸びていける2Dのメタバースもある程度市場シェアを取ってきていくと考えられますが、Steam Deckでメタバースが遊ばれるということも一般化していくのかもしれません。
Steam Deckは業界のゲームチェンジャー
Steam Deckの存在は、今後の家庭用ゲーム機のビジネスモデルを大きく変換する可能性があると考えています。何よりも特定のキラーソフトがなくとも、Steam上にある数々の過去の資産がすべて利用できるので、それ自体が強力なキラーソフトと言えます。
そして、それは「世代互換性」や「物理メディア」という概念がなくなる可能性が出てきたとも言えます。これまでの家庭用ゲーム機のビジネスでは、新しいハードが登場するたびに、旧ハードで販売されていたゲームが動かなくなるというのが当たり前だったのですが、古いタイトルの下位互換性の担保が当たり前に変わるということです。
これは任天堂、ソニー、マイクロソフトといったゲーム機の各社に戦略変更を迫る可能性のある大きな変化の要因です。
ソニーは2011年発売の「PS Vita」で失敗してハンドヘルドを捨ててしまいました。当時は特に欧米圏での人気タイトルが出なかったからですが、その後Nintendo Switchは大ヒットし、Steam Deckのように完成度が高いものが出てきてしまいました。かつての携帯ゲーム機が抱えていた性能的な限界が、コンピューターの発展によって乗り越えられつつあるということだと思います。
今後ソニーもハンドヘルドの戦略をどうするのかということを考えざるを得ないのではないかと思います。これは任天堂も同様で「Switch」の次世代機の方向にも影響を与えるでしょう。
似たようなハンドヘルドPCは他の中国系メーカーも出してきていますが、ソフトの充実度で圧倒的な優位性のあるSteam Deckには当分かなわないでしょう。今後Steam Deckがゲームチェンジャーとなり、ゲーム産業のあり方も変わるのではないでしょうか。
筆者紹介:新清士(しんきよし)
1970年生まれ。「バーチャルマーケット(Vket)」で知られる株式会社HIKKY所属。デジタルハリウッド大学院教授。慶應義塾大学商学部及び環境情報学部卒。ゲームジャーナリストとして活躍後、VRゲーム開発会社のよむネコ(現Thirdverse)を設立。VRマルチプレイ剣戟アクションゲーム「ソード・オブ・ガルガンチュア」の開発を主導。著書に8月に出た『メタバースビジネス覇権戦争』(NHK出版新書)がある。
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