赤松健氏「画像生成AI、珍しく日本が勝つチャンス」
ASCII.jp / 2023年2月6日 9時0分
漫画家でもある自民党の赤松健議員を訪ねました。画像生成AIが問題として注目を集める中、赤松氏は1月8日に「驚異の進化を遂げる画像生成AI ~赤松健の現時点での提言~」という動画をYouTubeに公開しています。その内容を踏まえつつ、国政にかかわる立場から、どのように今の状況を見ているのかを聞きました。
赤松氏は『ラブひな』『魔法先生ネギま!』などの大ヒット漫画家である一方、日本漫画家協会常務理事、表現の自由を守る会最高顧問を勤め、漫画家として、漫画、アニメ、ゲームなど創作物の表現の自由を守る活動を推進。そして昨年7月、参議院議員通常選挙に当選し、史上初の漫画家の国会議員となったという経歴の持ち主です。
「絵描きの気持ち」がわかる議員として動画を作った
── 先日のYouTubeの動画は反響が大きかったのではないでしょうか。
他の議員に出される前に私が出すべきだと思って、急いで出したんですよ。それは私自身がクリエイターで、絵描きの気持ちというものが言えるからです。
── 画像生成AIの技術自体はどのように見ていますか?
テキストなどを生成するAIもありますけど、それについてはポジティブに受け止めています。ただ、画像生成に関しては、やっぱり絵を描いている人たちからは色々ありますよね。
── 議論は、学習するデータと生成するデータの2つがありますね。
画像の元データを学習させる行為に関しては、日本では著作権法第三十条の四があるので基本的には合法です※。一方で、出てきたものに関しては色々考えていかなければいけないんだけれど、レベル1段階では技術がものすごく発展するのでそこは分ける必要があると思っているんですよね。
※著作権法第三十条の四:AIのための学習など情報解析のためであれば、必要な範囲で、著作権者の承諾なく著作物の記録や翻案ができるとする条文(ただし一部例外あり)。STORIA法律事務所「進化する機械学習パラダイス ~改正著作権法が日本のAI開発をさらに加速する~」に詳しい
── YouTubeで話していた、レベル1(あまり良くない状態)、レベル2(良くなる途上の段階)、レベル3(成熟した状態)の3段階ですね。
IT業界最大手のグーグルがImagen(イマージェン、画像生成AIモデル)を作りましたが、いまだに非公開状態です。これはまさに私の言うレベル2段階。まだまだ問題があるので使用を制限するなどコントロールできている段階ですよね。なんだけど、レベル1で実験している開発者が多くいるのを不安に思う人たちがいるということですね。現場感で言うと、ほとんどの絵描きは無言です。私が知っている著名イラストレーターでも、危機的だと言っている人はあまりいませんね。皆さん様子見というか。
── どうなるかわからない状態で反対するのは難しい部分もあるんでしょうか。
これで有名な漫画家、『ワンピース』の尾田(栄一郎)先生とかが反対だと言い始めたら違うと思いますけど。実際、(画像生成AIの)Novel AI でも「ルフィ」とプロンプト(画像生成指示に使う文字列)を入れたら本物に近いルフィが出てきちゃうわけですから、(反対だと)言われてもおかしくないわけですよ。ただ、有名漫画家で明確に反対だと言っている人もあまり見かけないですね。3大少年漫画雑誌も、少女漫画雑誌も。
技術規制に傾くと競争に負けてしまいかねない
── 赤松先生の絵も学習されていると思いますが、どう感じますか。
私自身は、もう数年前にディープラーニングの研究用に漫画データを提供しているんですよ。東京大学相澤研究室の「Manga109」というプロジェクトです。「マンガ図書館Z」※のメインの作家に「学習に使っていいですか?」と許可を取った上で、使用料を支払って、AIの研究に使っていいよと研究室に漫画の画像データを提供しました。今の全世界の漫画研究のAI分野は大体これがスタート地点になっているはずです。
※マンガ図書館Z:無料マンガ読み放題サイト。出版社が絶版にしたマンガを広告付きで配信し、収益を著作者に還元する仕組み。赤松健氏が2010年に「Jコミ」として開始し、2014年に「絶版マンガ図書館」に変更。2015年にGYAOと合同会社Jコミックテラスを設立して「マンガ図書館Z」に変更した
── 技術革新というのは出てくるものだと。
Winny騒動のとき、危険性があると言うことで開発者が逮捕されてしまったことがありましたよね※。その後、P2P分野では(日本が業界としてて萎縮し)負けていった歴史がある。YouTubeもそうです。実はヤフーが似たような動画投稿サイトを作ったことがあったんですが(「Yahoo!ビデオキャスト」)、 YouTubeは何億ドルもの訴訟費用を用意してフェアユースと共に突き進み世界を席巻していった。一方、ヤフーは「危ないから」と(違法転載の動画を)すべて消し、結果負けてしまった。権利者団体の中の人としては「よくやった」と言うべきでしょうけど、このように真面目で潔癖症な日本人は新規ビジネス分野では負けやすいんです。Winnyも技術自体は悪くなかった。それに対して作家が反対を唱えるのはまだしも、公権力が技術の発展に対してブレーキをかけるというのは、やるべきことではないと思います。
※Winny事件:ファイル共有ソフト「Winny」を開発した金子勇氏が、2004年に著作権法違反幇助の罪に問われた事件。最高裁まで争い、2011年に金子氏の無罪が確定した(関連記事:「逮捕から8年、やっと“一歩前進”――「Winny」無罪確定で」)
── ここで技術規制に傾くと、また競争に負けてしまいかねない。
マイクロソフトがOpenAIに相当投資するというニュースも出たし、ここで乗り遅れるとまずいと思います(関連記事:「マイクロソフトが『OpenAI』に巨額を投じる理由」)。むしろ、フェアユース前提のアメリカに訴訟リスクがある一方、日本は学習に関してはそのリスクが低いので、珍しく勝つチャンスです。ここで漫画家やイラストレーターの権利に詳しい人がそのあたりを整理して良い未来を作っていくことが、絵描きにとっても技術面にとっても良いだろうと思い、急いであの動画を作ったわけです。
── 難しい問題ですが、「雇用に影響するからやめるべきだ」という意見もあります。
そういう声もありますが、私の予想では、適切なインセンティブ環境が整備された後には便利なツールとして使われると思いますね。色塗りや下塗りに使うとか、背景が得意じゃない人は背景に使うという手もあるし。あとは半身麻痺で利き手が動かなくなってしまった人。漫画家は脳梗塞になってしまう人が結構多いんですよ。クリスタ(CLIP STUDIO PAINT)で、線のふるえを補正する機能があるんですが、あれなんかもいいですよね。そういう風にある程度デッサンの補正をしてくれたら生きる喜びが出ますよね。
── Photoshopのようなものとしてクリエイティブ活動が強化される可能性が高いと。
また、過去に絵を描いてきた人たちがこぞって過去絵を提供し、それが再び収益を生むようになったら、ユーザーも安心して使えるし、まさにWin-Winです。そういう世界を目指していくべきで、規制してそちらを目指さないのは悪手だなと思っています。
── むしろ雇用や経済にはプラスに働くかもしれない。
こんなことを言っていると私がAI推進派みたいに見えるかもしれないんですけど、こうした議論をしていく中で、絵描きの気持ちを考慮に入れる人(政治家)はほぼいないですよ。私は必ず考慮に入れています。不安とか悔しさとか。去年まで連載もしてたわけですから。日本漫画家協会の常務理事だし、今国会の著作権法改正についても関係省庁に対して、「権利者団体や出版社に説明してね」とか「作家の気持ちに配慮してね」と政務調査会でも言い続けてるんですよ。そんな議員は私だけですよ。海賊版に関しても私以上に戦ってきた漫画家はいませんね。知財高裁まで行ってますからね。何かと言えば「絵描きの権利」です。そこについてはうるさいですよ、私は。
── 一方、ゲーム業界には既に影響が出てきています。企画段階で外注するようなコンセプトアートには使われるなど、関係する作家に影響が出ているという話も聞きます。
内部の資料程度であればいいですが、まだ商業用のポスターなどでは訴訟リスクがあるから使われませんよね。プロンプトだって専門の人(イラストレーター)の方がうまく作れるわけだし、それで絵描きの新しい仕事が生まれる可能性もあります。
── 今が最初のゴタゴタの時期だとすれば落ち着いてくるだろうという見立てですね。
YouTubeも最初はひどかったじゃないですか。でも、海賊版サイトと違って「これは私の作品だから削除として」と言ったら削除しますし、今では向こうから「広告収益がたまってますよ、もらいますか?」と言ってきて「はい」と言えばもらえるわけですからね。すごいことですよ、これは。
日本のイラストで世界を席巻すべき
── アダルト領域ではすでにAIの生成画像をビジネスにする動きも出てきていますが、問題点も指摘されています。
img2imgの画像ロンダリングでしょう。これまでも無断トレスとか全く同じ問題があって、ツールが変わっただけなんですよ。なので普通に訴訟になるだけです。AIの危険性というよりは、同じことが繰り返されているだけ。そこで第2弾の動画ではAI賛成派とAI反対派に分かれて、そうしたことを延々と議論していこうかと思っています。満足のいくまで議論をする動画を作りたい。朝生(朝まで生テレビ!)みたいな感じで。
── いま問題になっているところは、技術自体ではなく、使われ方が悪いところがあるという。
(漫画や映像配信サイトの)米クランチロールは、登場した2006年からしばらくは「ナルト」などを違法転載している海賊版サイトでしたよね。それが今ではクリエイターに還元するホワイトサイトになりました。img2imgでも、商用利用をされたときにちゃんと還元されるというサイトが出てくれば、「俺の絵を使ってよ!」と言う人が続出してくるだろうし。今は(使われ方が)ブラックであったとしても、手続きを踏んでいずれホワイトになるんだとしたらそれは歓迎ですよね。
── 技術は成立してしまったわけで、事態がなかったことにはならないですしね。
1998年、週刊少年マガジンでは初だと思うんですが、カラーCGで「ラブひな」の表紙を描きました。当時は(画像編集ツールでは当たり前の)「ctrl+z」で一歩戻れるということに対して、「それでは魂が入らない」という意見もあったんですよ。確かに少女漫画のカラーインクは一期一会の美しい表現ができます。命がけですよ。ポタッとインクが落ちたらおしまいですから。でも今はみんなCGです。カラーインクで原稿を描いてる人はあまり見かけません。それは時代によって変わるものなので、10年後にはAIを使ってさらに素晴らしい原稿を作るクリエイターが続出して、市場規模は伸びてくると考えます。その中で新しい雇用とか新しい表現方法も出てくると思いますよ。カメラが出たとき絵描きが危機感を抱いたと思うんですけど、新たな雇用、新たな表現方法が出てきた。そうして創作業界が一段上の段階へと進化することを期待して、そうなるように誘導するのが自分の役目であると思っています。
★新連載『ラブひな』カラー部分 (1998/10/21) もう23年前とはw。順にマガジン表紙・車内吊り広告・カラーp1~3。PCのギャルゲー的要素を一般少年誌に持ち込んだ作品で、当時最先端の萌え要素(メイドや妹など)をふんだんに採用。恐らくマガジン初のCGによるカラー表紙でPhotoShopは4.0。 pic.twitter.com/BgxcCLducI
— 赤松 健 ⋈(参議院議員・全国比例) (@KenAkamatsu) January 21, 2021
── 不安という意味では、アメリカの大手企業などが独占的な状況を作ってしまうのではないかということもあると思います。
そうですね。ただ日本のアニメ的なイラストや萌え絵は世界的に人気があります。だったらそういう人気コンテンツを持っている日本がイニシアチブを持って開発を進めて、寡占状態に持っていき、利益もどんどん還元して……ということができればいいんじゃないですか。
── 我々はむしろ競争力を発揮すべきだと。
既に人気コンテンツを持っているわけだから、使う方向を考えていけば相当有利な分野です。逆に最悪のパターンは、日本で率先して規制してしまい、中国なりアメリカが日本っぽい絵柄を自由自在に作れるようになって、それがあまりにも萌える、素晴らしいという状況になったとき。その時は日本っぽい良さを海外がすべて持っていってしまいます。日本っぽい漫画も絵柄もアニメもイラストも。実は今、韓国やアメリカではもうなかなか2Dのアニメが作れないんですよ。いわゆるアニメ塗りの2Dアニメはほぼ日本が最強。AIは動画も作れるようになりますから、そういった2D動画さえも海外に持っていかれてしまったら最悪ですね。
── 一方で、中国が研究を進めているという話もあります。
中国はいきなり「こういう創作物はダメだ」とか規制してしまうことがあるので、がっちり組んで商売をするのはリスキーかもしれません。その点、日本は表現の自由が守られていることもあって世界のあこがれとなっています。NFTアートなどでも人気なのはイラスト。そういうもので世界を席巻すべきです。もう科学技術や家電製品では相当苦戦してしまう状況ですし。
── 今から画像生成AIには様々な方向性が出てくると思いますが、議員としてはどんどん発言をしていくことによって、おかしな方向にならないようにコントロールしていくということでしょうか。
絵師の気持ちを必ず汲んでイニシアチブをとっていくということですね。AIがすべてダメというのはおかしい気がしますが、それでもその気持ちはわかりますから、なるべく絵描きが喜ぶような方向になってほしいです。
取材を終えて
赤松氏の意見は、単純な規制の方向に縛っていくものではありません。新しく登場した画像生成AIという技術を的確に利用し、管理していくことで、現状の権利者も将来のクリエイターもうまく収益を生み出せる環境を整える必要性を考えていました。
「今の状況が日本にとっては有利」ということは、アニメ・イラスト風の画像を出力する画像生成AIが、日本の作品を学習モデルにしたり、出力の目標としていることからも感じられます。これをチャンスととらえ、適切な手を打ち、どのように日本のクリエイターが有利な立場を作れるかが今後重要になるだろうと考えさせられました。
筆者紹介:新清士(しんきよし)
1970年生まれ。デジタルハリウッド大学院教授。慶應義塾大学商学部及び環境情報学部卒。ゲームジャーナリストとして活躍後、VRゲーム開発会社のよむネコ(現Thirdverse)を設立。VRマルチプレイ剣戟アクションゲーム「ソード・オブ・ガルガンチュア」の開発を主導。著書に8月に出た『メタバースビジネス覇権戦争』(NHK出版新書)がある。
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