世界のびっくり建築7選、二重らせん構造の橋から樹木ポッドのビルまで【アラップに聞く】
ASCII.jp / 2023年2月3日 19時20分
世界中の一番を集めた、子どもたちに大人気の年鑑本『ギネス世界記録』。その最新版である『ギネス世界記録2023』(発行:株式会社角川アスキー総合研究所、発売:KADOKAWA)が2022年11月に発売されました。 『ギネス世界記録』は、1950年代はじめのアイルランドでギネス醸造所の最⾼責任者が抱いた「最も速い狩猟⿃は?」という疑問から始まりました。『ギネス世界記録』は文字ばかりの本だと思っている方がいるかもしれません。現在の『ギネス世界記録』は世界中から集められた写真が数多く掲載され、図鑑として楽しめる書籍になっています。 掲載されている記録もスポーツや生物、仮想通貨の世界一など多岐にわたっています。なかでも建築に関する世界記録は定番になっており、『ギネス世界記録2023』でも、「最も高さのある観覧車」や「最初の海底環境状交差点」、「最初の二重らせん構造の橋」などが掲載されています。
この「最初の二重らせん構造の橋」に携わっているのが、国際的なエンジニアリング会社アラップです。今回は同社の東京事務所アソシエイトダイレクター・松延晋さんと、アソシエイト/シニア・プロジェクト・マネージャー・菊地雪代さんに、世界記録級の“びっくり”建築を紹介いただきました。ここでいう“びっくり”の定義は、世界初でなくても、他に例をあまり見ない珍しいプロジェクトや、最新手法を採用した建築などです。
トーマス・ヘザウィックのツリーポッド型建築
名称:天安千樹(Tian An 1000 Trees) 所在地:中華人民共和国上海市 デザインアーキテクト:トーマス・ヘザウィック・スタジオ 竣工(第1期)時期:2021年12月
菊地 「天安千樹」は上海に2021年12月に開業した、高さ約60メートル、地下3階、地上9階建ての大型複合商業施設です。「天安千樹」と、次に紹介する「リトルアイランド」は、イギリス・ロンドン出身のトーマス・ヘザウィックが設計しています。コンランショップで知られる、デザイナーのテレンス・コンランが彼のことを“現代のレオナルド・ダ・ヴィンチ”と評しています。それぐらい、才能に溢れている建築家、デザイナーです。
「天安千樹」と「リトルアイランド」には、高低差のある樹木用のツリーポッド(鉢)が使われています。おそらく当時のヘザウィックの流行りだったと思いますが、「天安千樹」では、ツリーポッドを今後も継続してつくって約1000本、建物の上に設置していきます。
松延 これからの都市空間は、GHG(温室効果ガス)の抑制などの目的で外装を緑化することが求められています。一方、都市部における一つの課題として、都市騒音(アコースティック)があります。
建物の外装は一般的に硬い材質でできています。硬い材質は耐久性などで大きなメリットがありますが、硬いが故に音が反響し合って、都市騒音を倍増させています。
ヒートアイランド現象は太陽光が建物や道路を温めて外気温が上昇する現象ですが、実は音のエネルギーも熱に変換されて、ヒートアイランドの一因になっています。
菊地 ヘザウィックは都会のオアシスというテーマで様々な建物をつくっています。敷地や建物を保有している側としては、緑化すると売り場面積や、オフィスとして貸せる面積が減少します。そのため、熱や音の問題の解決によく使われるのは、建物全体を緑で覆う手法です。
ただ緑化のために建物を緑で覆っただけでは、すでに見慣れた感があり、ヘザウィックは植木鉢形状を採用して差別化を図っています。
名称:リトルアイランド(Little Island) 所在地:米国ニューヨーク市 デザインアーキテクト:トーマス・ヘザウィック・スタジオ(リードデザイナー)、MNLA(ランドスケープデザイン・植栽計画など) 竣工時期:2021年5月
菊地 「リトルアイランド」は米国ニューヨークのマンハッタン、ハドソン川の川面につくられた水上公園です。サッカーコート1.5面の大きさで、2021年5月から利用が開始されています。
先ほどの「天安千樹」も「リトルアイランド」も、ツリーポッドの素材をいろいろ検討した結果、コンクリートでできています。「リトルアイランド」ではプレキャストコンクリート、つまり型にコンクリートを流し込んで、工場である程度の形をつくって、船で引っ張ってきて組み立てています。
当初の計画では、ヘザウィックは「天安千樹」も「リトルアイランド」もすべて6メートルのツリーポッドで統一したかったようです。ですが、「天安千樹」は建物の高さが約60メートルもあるため、重さを考えて小さいツリーポッドが約3.6メートル、大きいツリーポッドが6メートル。「リトルアイランド」はすべて6メートルのツリーポッドで構成されています。これらの構造設計コンサルティングをアラップが担当しています。
先ほどの緑化の話に戻りますが、最近では、緑地に雨水を吸わせて、いきなり水が流れていかないように保水する機能が注目されています。中国などでは、これを都市レベルまで面的に広げて、“スポンジシティ”と呼んでいます。「リトルアイランド」でも、ポッド内部に水を濾過する機構を組み込んでいて、雨水をポッド下層部で濾過しています。水を浄化するとともに、豪雨の際、ハドソン川に流入する水量をコントロールできるようになっています。
松延 森ビルが現在、麻布台で巨大な開発を進めています。東京タワーのすぐ横に、東京タワーとほぼ同じ高さの超高層の建物ができ上がっていますが、これが日本では最初のヘザウィック作品となります。
ガーデンシティを象徴するチャンギ空港の「レイン・ボルテックス」
名称:ジュエル・チャンギ・エアポート(Jewel Changi Airport) 所在地:シンガポール デザインアーキテクト: モシェ・サフディ 竣工時期:2019年4月
松延 2019年にチャンギ空港に新しく加わったドーム型の複合施設です。空港のターミナル1、ターミナル2およびターミナル3で囲まれた“コの字”状の中央につくられており、ターミナル間を結ぶ高架車両がそこの中心をぐるりと回って出ていく構造になっています。そのため利便性がとても高いのが特徴です。また、シンガポールが進めている、国全体を緑化する“ガーデンシティ”という考え方にのっとり、空港内に温室のような空調されたスペースがつくられています。
この建築で面白いのは、屋根の構造です。ドーム型の屋根はガラスとスチールでできているのですが、立体トラスのような構造ではなく、ひとつのレイヤーで構成したシェル構造になっています。つまり、ガラス張りの屋根が巨大な大きさのお椀のような構造でつくられているのです。さらにその真ん中に穴が開いています。そこから水をどんどん出して、滝になっています。
この滝は「レイン・ボルテックス」と呼ばれ、屋内の滝としては世界最大の高さ40メートルを誇っています。滝が一日中大きな音を立てています。その音を吸収するために、屋内を緑化しているのですが、これに関しては、アラップが音に関するコンサルティングで協働しています。
菊地 設計者はカナダ出身のモシェ・サフディです。「マリーナベイ・サンズ」と同じ設計者です。昔は少し変わった集合住宅で知られていましたが、「マリーナベイ・サンズ」くらいから、急に突き抜けた感じがしますね。
シンガポールは、デザインの力で国を盛り上げていこうという側面があります。デザインはお金になるということで、政府のデザイン専門の部署が日本でいう文部科学省のようなところから経済産業省のようなところの下に移動しました。建築を含めて、まちづくりも全部デザインして、海外から人を呼び込んでより強固な観光立国にしていく方針が明確に打ち出されています。そんな方針のなかで、モシェ・サフディは重用されているようです。
松延 台風が来る日本で、ビルの上部に大きな木を立てたりして緑化を進めるのは、いろいろとハードルが高いのですが、シンガポールは台風も来ないし、地震もない。そういう意味で、シンガポールは緑化に向いているところがあります。
都市環境を再生する建築の先駆け的なプロジェクト「ボスコ・ヴェルティカーレ」
名称:ボスコ・ヴェルティカーレ(Bosco Verticale) 所在地:イタリアミラノ市 デザインアーキテクト: ボエリ・スタジオ(当時) 竣工時期:2014年10月
菊地 「ボスコ・ヴェルティカーレ」は“垂直の森”という意味で、ミラノ市内に建築された、27階建ての高さ110メートルの棟と、19階建ての高さ76メートルの棟から成るツインタワーです。2棟のバルコニーには合計して、高さ3~6メートルの中高木が900本、低木が5000本、花が1万1000株も植えられています。
イタリアの建築家、ステファノ・ボエリが手掛け、アラップはこのプロジェクトの構造設計を担当しました。都市環境を再生する建築の先駆け的なプロジェクトです。ベランダに植木鉢をつくっておいて、木を植えているのですが、当時は「木がかわいそうだ」とか「こんなところで植物が育つわけがない」などと批判されていました。ですが、4年ぐらい前に実際に見に行ったところ、木がよく育っていました。評価がどんどん上がっています。
松延 2014年の建築ですよね。このタイプの建物はこれから増えると思います。数年前に藤本壮介さんがフランスのモンペリエに同じような集合住宅をつくっていました。
写真を見てもらえばわかるとおり、バルコニーから薄い床(スラブ)がはみ出していてチャレンジングな構造です。こういう構造のマンションを建てるのは特に日本では強度上、なかなか難しいところがあります。
菊地 バルコニーのキャンチレバーの長さは3.35メートルです。スラブ断面が薄く、奥行きのあるバルコニーを実現するために、スラブには高強度コンクリートを採用しています。アンボンドのポストテンションケーブルを挿入して、コンクリートのクリープ変形やひび割れを抑えています。
松延 このタイプの建築は管理をどうするかが問題となります。日本はマンションが分譲されてしまうことが多い。そうなると、緑化を一元的に管理する人がいません。住人がそれぞれ木を育てて、景観を維持するのは難しいですからね。
ヘルツォーク&ド・ムーロンの「ヘリテージ&アートセンター<大館>」
名称:ヘリテージ&アートセンター<大館>(Tai Kwun – Centre for Heritage and Arts) 所在地:香港 デザインアーキテクト:ヘルツォーク&ド・ムーロン(H&deM) 竣工時期:2018年5月
菊地 次に紹介するのは、香港にある「ヘリテージ&アートセンター」です。英国領時代の1841年につくられた旧中央警察署、旧中央行政長官事務所、旧ビクトリア刑務所など16棟と新築の2棟の建築群から成る1万3600平方メートルの複合施設です。現地では、「大館(Tai Kwun)」と呼ばれています。設計はヘルツォーク&ド・ムーロン。ヘルツォークと、ド・ムーロンの男性2人組ですね。スイスの建築家で、イギリスのテート美術館(テート・ブリテン)、日本では南青山のプラダのビルで知られています。
彼らは既存のビルの改修を得意としています。旧中央警察署建築を中心とした歴史的建造物を保全しながら、全く新しいアルミファサードの新築2棟を建造しています。
松延 古い歴史的建造物を残すことは、エンボディドカーボン、つまり材料をつくるときや運搬の過程などに発生する炭素ガスを最小限に減らすことにつながり、注目されています。ヘリテージ&アートセンターで使われているアルミキャストは特注の鋳造アルミニウムレンガで、100%リサイクルされたものです。
可能な限りカーボンニュートラルに貢献できるような材料を選び、それを使って環境に配慮した構造になっています。環境面が強く打ち出された建物ですね。
ファサードが特徴的な「東急歌舞伎町タワー」
名称:東急歌舞伎町タワー(TOKYU KABUKICHO TOWER) 所在地:東京都新宿区 設計:久米設計 外装デザイン: 永山祐子建築設計 開業時期:2023年4月
松延 浄水場の跡地で、土地が空いていた新宿西口の超高層ビル群の景観と異なり、新宿東口の歌舞伎町周辺は雑然としたままで再開発が進んでいませんでした。そこに、東急が保有していたミラノ座という映画館の敷地を、エンターテインメントに特化した超高層ビルとして開発されたのが、「東急歌舞伎町タワー」です。2023年4月開業で、建物はほぼ完成しています(注:2022年12月取材時)。
一般的に、超高層ビルはオフィスが入居することが多いのですが、この東急歌舞伎町タワーは200メートルの超高層ビルにもかかわらずオフィスが入ってない。低層階は映画館、シアター、クラブなどのエンターテインメントフロアとなっています。高層階にはホテルが二つ入っています。
エンターテインメントの利用だと窓が必要ないため、低層階はガラスにセラミック印刷したものを使い、少し派手なデザインを施しています。逆にホテルには客室に窓があるため、窓一つ一つに、アーチ状の柄がデザインされたセラミック印刷を使っています。
全体の設計は、久米設計が担当し、外装のデザインを永山祐子さんが担当しています。永山さんは2021年に開催されたドバイ国際博覧会の日本館を設計された、若手の建築家です。
アラップはファサード・エンジニアリングを担当しました。永山さんがイメージとして描かれたものに対して、超高層ビルに使えるような機能性、あるいは生産性をコンサルティングしました。先ほどセラミック印刷が使われているといいましたが、東急歌舞伎町タワーでは、建物の上から下に向かって、印刷の色を薄くしたり濃くしたり、建物全体にグラデーションをつけています。1つ1つのセラミック印刷を個別のものにすると、膨大な費用がかかります。
そのため、セラミック印刷をどのくらいのパターンに集約して、どのぐらいの距離から見ればグラデーションになるかなどをコンピューターで解析しています。ランダムに見える印刷のパターンをある程度絞ることでコストがかなり下がります。そういったプログラムもアラップが担当しました。
トレンドはサーキュラーエコノミー型建築。日本は極端に遅れている
―― ここからはエンジニアリング会社の役割や、最近の建築のトレンド、課題についてお聞きしたいと思います。
松延 建築に詳しくない方でも、隈研吾さんや安藤忠雄さんなどの建築家、あるいはゼネコンと呼ばれる総合施工会社が建物をつくっているイメージをお持ちだと思います。
建築家の方はどちらかというと、計画や意匠を中心に発案されて、それを調整して形にされています。ですが、事務所の中に、構造設計者や設備設計者、いわゆるエンジニアと呼ばれる人たちがいるわけではないのです。
では、ゼネコンがそれを全部やってくれるかというと、設計段階ではそういうわけにはいきません。エンジニアリングも含めた設計ができ上がって、初めてゼネコンに仕事が渡せます。この意匠、設計をされている方々を技術面でサポートしているのが、エンジニアリング会社なのです。エンジニアリングを専門に担当している会社は海外にはいくつかありますが、日本にはほとんどありません。エンジニアリング専門の会社としてはアラップが世界最大となります。
最近のトレンドとしては、今回紹介した建築のように、日本でも環境問題に注力している建築が多くなっています。
例えば、ファサードと呼ばれる建物の外装に使う材料そのものをカーボンニュートラルにしたり、あるいは建物の外から入ってくるエネルギーを最小化したり、それから建物の中のエネルギーのロスをできるだけミニマムにしたりするような設計が求められています。
菊地 今は、脱炭素とサーキュラーエコノミー(循環型経済)がキーワードになると思います。建築でも建材を循環させていく流れになっています。単にリサイクル建材を使えば良いという話ではなくて、究極的には、建材を借りる、すべてサブスクリプションで建築するぐらいのところまで考えています。
最近では、建材一個一個にチップが埋められていたりして、どこで原材料が採取されて、どこで加工されて、どんな現場で使われていたか、そして、この建材はあと何年使えるのかがマテリアルパスポートという形で記録・管理する仕組みが始まっています。
松延 2050年のカーボンニュートラルの実現に向けて、アラップは本気で取り組んでいます。日本では、なかなか本気で取り組まれていませんが、パリ協定のレベルを現実化するには2030年までに、オペレーショナルカーボンをゼロにすることをまずは進めなくてはいけません。
オペレーショナルカーボンは、ビルが使うエネルギー、つまり電気やガスを減らしたり、再生可能エネルギーに変更したりして、炭素の排出をゼロにすることを意味します。2030年は先の話に聞こえますが、超高層のビルを建てるのには4、5年かかりますから、建築の世界では実はもう目の前なのです。
また、先ほど菊地が言ったように、できるだけ炭素を出さない工法でつくられている建材を使用する、炭素を出さないように建材を運搬する、炭素を出さないようにして建材を取りつけるといったことを進めなければいけません。これをエンボディドカーボンと呼びますが、今後はエンボディドカーボンとオペレーショナルカーボンの両方をゼロにしていく必要があります。
―― 何かものをつくるときにどれくらい炭素を出したのかを計算しないと、日本から世界に製品を輸出できなくなるという話を聞くことがあります。
松延 建築業界でも、炭素量を計算する準備が進んでいます。計算手法やプログラムも確立されています。例えば、使う材料をコンピューターにインプットしていくと、建物全体の炭素の排出量だけでなく、それを50年使った場合の炭素の排出量がわかります。50年使うより、100年使ったら炭素の排出量が大幅に軽減されるから、建物をできるだけ長く使いましょうといった数値も出てきます。この分野で、世界の取り組みは進んでいます。
日本にもそのプログラムを持ってきてはいるのですが、計算するためのデータベースがそろっていません。建築材料ごとの炭素排出量が、明確にされていないのです。そもそも、その計算をするための国としての基準が定まっていない。この状況が早く改善されるように、私たちも努力しているところです。
書籍概要
なお『ギネス世界記録2023』に掲載されている、オランダのテクノロジースタートアップ企業MX3Dとデザイナーのヨーリス・ラーマンが制作した「3Dプリンターでつくられた最長の鉄橋」も、アラップが構造設計を担当しています。その他、『ギネス世界記録2023』には、時計台や木造など、最も高さのある建物の写真を並べたページもあります。ぜひ書籍を手に取ってみてください。
タイトル:ギネス世界記録2023 発売日:2022年11月10日 編:クレイグ・グレンディ 発行:株式会社角川アスキー総合研究所 発売:株式会社KADOKAWA ISBN:978-4-04-911140-8 定価: 3,740円(本体3,400円+税) サイズ:A4変形判 ページ数:264ページ オールカラー
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