マニアックな選曲で話題を集めた2023年のニューイヤー・コンサートほか~麻倉怜士推薦音源
ASCII.jp / 2023年3月12日 15時0分
評論家・麻倉怜士先生による、今月もぜひ聴いておきたい“ハイレゾ音源”集。おすすめ度に応じて「特薦」「推薦」のマークもつけています。優秀録音をまとめていますので、e-onkyo musicなどハイレゾ配信サイトをチェックして、ぜひ体験してみてください!!
この連載で紹介した曲がラジオで聴けます!
高音質衛星デジタル音楽放送、ミュージックバード(124チャンネル「The Audio」)にて、「麻倉怜士のハイレゾ真剣勝負」が放送中。毎週、日曜日の午前11時からの2時間番組だ。第一日曜日が初回で、残りの日曜日に再放送を行うというシークエンスで、毎月放送する。
『Diana Panton: Blue』 Diana Panton
ダイアナ・パントンはカナダの女性ヴォーカリスト。カナダはダイアナ・クラール、エミリー・クレア・バーロウ、ホリー・コール、ソフィー・ミルマン……と女性ジャズシンガー王国だが、中でも、ラブリーでコケティッシュな質感、爽やかで豊かな感情表現では、ダイアナ・パントンの右に出る者はいない。テクニックやブルージィな雰囲気でない、独特のチャームを持ち、気品を感じる清楚で可愛い声、爽やかで豊かな感情表現の素晴らしさ!軽快で、ラブリーで、コケティッシュで、クリヤーで……といくつもの形容が与えられるダイアナ・パントンの歌声は聴く人を幸せにする。
10枚目の本アルバム「BLUE」は「PINK」(2009年)、「RED」(2015年)と続く、色三部作のラスト。明朗で、ラブリーな歌声の持ち主から、年齢を重ね、豊かな感情と表現力が加わり、大人の歌手に脱皮したことが分かる。「1.Medley: Where do You Start? Once Upon a Time」は冒頭の息が生々しい。「2.Yesterday」も揺れ動く感情の起伏がリアルだ。「3.Without Your Love」はジャジイな感情が豊か。アルトな声が豊潤だ。
録音も素晴らしい。ダイアナ・パントンのアルバムは、いつも音質が良い。それも毎回、クオリティが向上している。生々しく、透明感が高く、抜けがクリヤーだ。DSDらしいヒューマンな感情感も心地好い。5.6MHzらしく、粒子がひじょうに細かい。
DSF:5.6MHz/1bit 2xHD、e-onkyo music
『Neujahrskonzert 2023 / New Year's Concert 2023 / Concert du Nouvel An 2023』 Franz Welser-Most, Wiener Philharmoniker
毎年、ウィーンの楽友協会大ホールから生中継されるウィーンフィルのニューイヤー・コンサートは、クラシックシーンの幕開けにふさわしい、豪華絢爛なイベントだ。近年、その演奏は、猛スピードでCDが制作され、ヨーロッパでは1週間後にはもう店頭に並ぶ。このハイレゾも1月6日に配信済みだ。今年は生粋のオーストリア人、フランツ・ウェルザー=メストの指揮。2013年に次ぐ3回目だ。
話題が演奏曲目。何とアンコールの「美しき青きドナウ」「ラデツキー行進曲」以外の15曲のうち14曲が、ニューイヤー・コンサート初登場なのだ。15曲目のヨーゼフ・シュトラウスのワルツ「水彩画」は、2002年に小澤征爾指揮で演奏されだが、それ以外は初めて。こんな意欲的なニューイヤー・コンサートも初めてだ。
シュトラウス3兄弟のヨーゼフ、エドゥアルトの作品が特に多い。ヨーゼフは「ワルツ 英雄の詩」、「演奏会用ワルツ 愛の真珠」、「ポルカ・フランセーズ アンゲリカ・ポルカ」、「ポルカ・フランセーズ 上機嫌」、「ポルカ・シュネル いつまでも永遠に」「ワルツ まひわ」「オーケストラ・ファンタジー アレグロ・ファンタスティーク」。一方、エドゥアルトは「ポルカ・シュネル 誰が一緒に踊るの?」 、「同 さあ、逃げろ!」----だ。もうひとつのブランニューが、2004年に結成されたウィーン少女合唱団の初登場。ウィーン少年合唱団と共に、ヨーゼフ・シュトラウスのポルカ・フランセーズ「上機嫌」を初めて歌い、可愛い声で素敵な合唱を聴かせてくれた。
私が、毎年のニューイヤー・コンサートで注目するのは、アンコール曲「美しき青きドナウ」のテーマ部分の3拍子。ウィーンの3拍子は、一拍~二拍が速く、二拍~三拍が伸びる。それは"ウィーン小節"の特徴だが、そのアーティキュレーションを、どのくらいの長さで実行するかが、まさにウィーン・フィルの「美しき青きドナウ」ならではの聴きどころ。
1987年のカラヤン以後の名指揮者の「美しき青きドナウ」のテーマを聴いてみた。くと、ズービン・メータが90年に初めてニューイヤー・コンサートに登場した時の三拍子が最高のウィーン節だった。今回のフランツ・ウェルザー=メストの三拍子も、しゃれている。溜めが凄く効き、あまりに溜めているので、アンサンブルが少し乱れるほど。サウンドはムジークフェライン・ザールの暖かく、深いソノリティの上に、ウィーン・フィルのグロッシーな音色が見事に捉えられていた。
FLAC:96kHz/24bit Sony Classical、e-onkyo music
『Gabi Hartmann』 Gabi Hartmann
パリ出身のシンガー/ソングライター/ギタリストのガビ・ハルトマン。パリで哲学と政治を学んだ後、リオデジャネイロに移り、ブラジル音楽に傾倒。その後、今度は民族音楽学を学ぶためにロンドンに移り、南アフリカ、ギニア、ポルトガル、ニューヨークを旅した。本セカンドアルバムは、そんな経験を反映し、ジャズとフランスへの愛情が見事に表現されている。
フレンチポップとスウィングジャズをミックスしたような、おしゃれ。テンションを張りながらも同時に暖かく、コケティッシュだ。「1.Buzzing Bee」はノリが軽妙で、愉しい。フレンチポップ的な軽妙さも。クラリネットとピアノのからみも素敵。「2.People Tell Me / Les gens me disent」は親しみやすい哀愁のシャンソンワルツ。初めは英語、次ぎにフランス語で歌う。「3.Lullaby」はカリプソ的な陽気な軽妙な佳曲。「5.Mille rivages」はヴォーカル音像が中央に大きく屹立。バックのピアノ、ベース、エレピとのバランスもよい。
オーディオ的にはヴォーカルのセンター定位、音像の豊かさ、背後のコーラスの拡がり、ベースのスケール感や音階感、ピアノの音色感……などが聴きどころだ。音調的には超ハイファイではなく、アナログ的に輪郭が気持ち良く丸まっている、優しい雰囲気。
FLAC:44.1kHz/24bit Masterworks、e-onkyo music
『Schubert: Schwanengesang』 Mark Padmore, Mitsuko Uchida
2022年秋に来日を果たしたマーク・パドモア(テノール)/内田光子(ピアノ)のデュオアルバム。リサイタルでたいへん好評を博した、ベートーヴェン:「遥かなる恋人に」とシューベルトの「白鳥の歌」を収録している。ホール録音という雰囲気が濃く、豊かなホールトーンの中に、やや遠い位置に、歌手とピアニストが奏している。人のいないホールの中央で、聴いているような臨場感だ(響きが多い)。内田の緻密なピアノに乗って、繊細でグラテーション豊かな、味わいの深いテノールが聴ける。2022年5月15日、17日、18日にロンドンのウィグモア・ホールで録音。
FLAC:192kHz/24bit Decca Music Group Ltd.、e-onkyo music
『オン&オン~トリビュート・トゥ・エリカ・バドゥ』 ホセ・ジェイムズ
クラブで人気が高い、1997年に『バドゥイズム』でデビューし90年代のネオソウル(ソウルとR&Bのミックス)の代表的アーチスト、ホセ・ジェイムズの最新アルバム。 R&Bシンガー、エリカ・バドゥへのトリビュートがコンセプトだ。ここでは女性サックス奏者、エバン・ドーシー(as) ダイアナ・ジャバール(fl, ts)をフィーチャ-しているのに注目。タイトルチューン「1.オン&オン」はその2人に導かれ登場する切れの良い楽曲。ビロードタッチのヴォーカルが心地好い。最小限のリバーブ加算にて、ヴォーカル音像がひじょうに明瞭で、クリヤーに屹立する。
FLAC:48kHz/24bit Universal Music LLC、e-onkyo music
『Strauss: Sinfonia Domestica』 Münchner Philharmoniker & Zubin Mehta, Münchner Philharmoniker, Richard Strauss, Zubin Mehta
2021年10月に開館したミュンヘンの新しいホール、イザールフィルハーモニーでの、ズービン・メータ/ミュンヘン・フィルのライブだ。複雑な大編成スコアにて、楽器の鳴りが豪勢なR.シュトラウスの「家庭交響曲」だ。まるでイザールフィルハーモニーの鳴りっぷりを味方に付けているような、まさにメータ・マジック。ミュンヘンを代表するコンサートホールのガスタイクが5年を掛けて改築するため、代替としてイザール川の中州の建物を利用し、一時的につくられたホールがイザールフィルハーモニー。暫定施設だが1900席を備える。設計は世界的に有名な豊田泰久氏。クリヤーで明瞭で、どの席もバランスが良いとの評判を得ている。
本アルバムでは、同ホールの美麗なソノリティが堪能できる。ソロやパートの鳴りに、豊かな響きがフレーバーのようにまぶされ、が合算され、総和としてのたいへん濃密な響きとして鳴る。それはまさにヨーロッパの響きだ。でも、楽器の音はたいへん明瞭なのである。美しい響きを纏った音の魅力は絶大だ。ミュンヘンフィルの色気も素敵。特にR.シュトラウスの特徴でもある弦の高音のグロッシーさ!
複雑なスコアにも関わらず、フューチャーすべき楽器の鳴りが明瞭なのは録音とマスタリングの腕であろう。録音はDolby Atmosなどサラウンド録音が得意な若手エンジニアのエフライム・ハーン氏。マスタリングは、ECMでの仕事の手際が評判のエンジニア、クリストフ・スティッケル氏が担当している。
MQA Studio:96kHz/24bit 2022 Münchner Philharmoniker、e-onkyo music
『I Love A Love Song!』 Rachael & Vilray
ノンジャンルのヴォーカリスト、レイチェル・プライスとギタリスト/シンガー/作曲家のヴィルレイとのデュオ第2弾は、1930年代から1940年代のような懐かしいジャズ・ヴォーカル集。古き良き時代の記憶のようなスウィングの雰囲気。ビックバンドをバックに4ビートの懐かしいメロディラインが郷愁を呼び起こす。ノンサッチレーベルは、いつもは先端的でクリヤーな音調なのだか、今作はあえて音作りを狭帯域にして、昔日の面影を強調している。ジャズクラブというより、ボールルームでのライブという感じが愉しい。「4.Just Two」のきれいなハーモニーのデュエットも古風で素敵だ。
FLAC:88.2kHz/24bit Nonesuch、e-onkyo music
『シューベルト: ピアノ・ソナタ第18番 ト長調 Op. 78 D. 894』 矢島愛子
たいへん美しいシューベルトの音楽であり、演奏、音だ。響きが豊かで、同時に直接的な音の豊穣さがあるのも、Mクラシックレーベルの特徴だ。澄んだ空気の音場にて、ピアノ音が会場に飛翔する。この素晴らしい音は、どのように録られたのか、妙音舎の小野啓二氏に訊いた。
「22年5月に稲城市立Iプラザホールで収録しました。メインマイクロフォンにNeumann M150(ペア)、近接マイクにDPA4041(ペア)を使用しております。収録フォーマットは弊社の基本のDXD352.8kHz32bitです。ピアノの響き(ホールの響き)を確保しながら、矢島さんの色彩豊かなタッチなど細かいニュアンスを伝えられるよう工夫しました。曲目がシューベルト、フランク、バッハ(ブゾーニ)と3曲ともキャラクターが違うのでそれらのバランスを取るのが大変でありました。なにより矢島さんのタッチが繊細で美しいので、それが収録した音からも感じられるよう出来たのが良かったのではと思います」。日本制作のピアノ録音の傑作だ。
FLAC:352.8kHz/24bit MClassics、e-onkyo music
『燦燦』 神保彰
毎年元旦に2枚のオリジナルアルバムをリリースする名ドラマーの神保彰だが、今年はひと作品。しかも配信日は一月一日ではなく、1月11日だったが、中味はいつもと同じ好調だ。複雑なドラムス・ワークを圧倒的なテクニックで難なくこなす。リズムの正確さはもちろんのこと、ドラムスの世界的なトレンドである、ドランクビート(よたったリズム)も、しっかりと自分のサウンドに取り入れている。演奏も録音もキレ味抜群。ハイコントラストにして、ハイスピードだ。
FLAC:96kHz/24bit キングレコード、e-onkyo music
『J.S. Bach: Clavichord』 Esperanza Spalding
アンドラーシュ・シフの全編クラヴィコードによるJ.S.バッハ作品集。クラヴィコードは14世紀頃に発明され、16世紀から18世紀にかけて、ドイツ語圏の国々、特に北ドイツで使われポピュラーになった、ポータブルな鍵盤楽器。オルガン奏者の練習用、家庭用楽器として活用された。バッハの子のカール・フィリップ・エマヌエル・バッハは、熱烈なサポーターだった。構造はシンプルで、チェンバロが持つレジスター、ストップはない。ピアノが持つハンマー・アクションもない。鍵盤を押すと、木片が持ち上がり、その端にある真鍮のタンジェントが下から弦を打って発音。チェンバロと異なり、鍵盤のタッチの強弱で、音に強弱がつけられ、鍵盤を揺らすと、ヴィブラートも可能だ。鍵盤と弦の間が直接的に結ばれているから、こうした芸当ができる。 このバッハは、これまでのピアノ、チェンバロとはまったく異なる、典雅で優しいもの。チェンバロより、暖かく、ギター的な鳴りも素敵。2018年7月、ボンのベートーヴェン・ハウスで録音。
FLAC:96kHz/24bit ECM New Series、e-onkyo music
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