JASRACとのパートナー強化、YouTubeのコンテンツにもたらすもの
ASCII.jp / 2023年3月25日 12時0分
グーグルの日本法人が、YouTubeにアップロードされるコンテンツの著作権に関わる取り組みの現状を紹介するプレスセミナーを開催した。
2023年2月、YouTubeは日本音楽著作権協会(以下:JASRAC)とのパートナーシップ強化を発表している。また同じ2月にはYouTubeショート動画のクリエイターが広告から収益を得られる新しい施策も開始された。それぞれがコンテンツの著作権者、YouTubeクリエイター、そしてコンテンツを視聴するユーザーにもたらす効果と影響を読み解いてみたい。
JASRACがYouTubeの著作権管理スイートを活用する
グーグルとJASRACは、2008年に始まった許諾契約のパートナーシップをさらに前進させるため新たな許諾契約を結び、現在JASRACが管理する7500万以上の音楽コンテンツをYouTubeで使いやすくすることに合意した。
両者は今後、YouTubeで使われている音楽コンテンツの著作権の所在を正確に特定するため、YouTubeの自動コンテンツ識別システムである「Content ID(コンテンツID)」を活用する。コンテンツの権利者とクリエイターに対して収益を精緻に分配する仕組みが整うことになる。
YouTubeにアップロードされるコンテンツは日々増え続けているが、動画や音楽の著作権についてトラブルが発生した場合、それは著作権者とクリエイターどうしの問題であり、グーグルは仲裁に入らないというスタンスを貫いている。
代わりに、グーグルは著作権者がコンテンツを管理できる一連のツールをつくった。動画を投稿するクリエイターも著作権者からの申し立てを受けた場合、そのツールを活用してコミュニケーションを取ることができる。これがContent IDを含むYouTubeの「著作権管理スイート」と呼ばれるシステムだ。
著作権管理スイートを構成する3つのツール
YouTubeの著作権管理スイートには「ウェブフォーム」「コピーライトマッチ」「Content ID」という3つの異なるツールがある。詳細については本誌の既出記事「YouTubeの担当責任者が語る『著作権管理がうまく回っている』理由」」の中に解説があるので参照してほしい。ここでは各ツールの概要を簡単におさらいしておきたい。
ウェブフォームはすべてのYouTubeユーザーに開放されている。著作権者、あるいはYouTubeの視聴者がブラウザツールから削除依頼を逐次リクエストできる仕組みだ。
コピーライトマッチは2022年6月の時点で200万人以上のYouTubeのチャンネルクリエイターが利用している。ほかのチャンネルにアップロードされた自身のコンテンツのコピーを自動検出できる無料の解析ツール。不正利用の疑いがあるコンテンツは、掲載するチャンネルに問い合わせをしたり、削除の依頼を送れる。ウェブフォームよりもコンテンツを頻繁に公開するクリエイター向けのツールだ。
さらに複雑な著作権管理を必要とする、映画制作会社やレコードレーベル、著作権管理団体などYouTubeのパートナーのために設けられたツールがContent IDだ。
YouTubeのContent IDは著作権管理スイートのひとつに含まれるテクノロジーだ
クリエイターやアーティストが権利を有するコンテンツにContent IDを付けてYouTubeに提出すると、これが固有の識別情報になる。クリエイターが動画をYouTubeにアップロードする際にContent IDとの付き合わせ処理がされ、著作権を侵害する可能性のあるコンテンツについては著作権者に通知が届く。
著作権者は該当するコンテンツを「ブロック」して非表示にするか、もしくは動画に広告を掲載して得られた収益を「分配」したり、あるいは動画の再生に関する統計情報を「追跡する」か、3通りのポリシーが選択できる。または、例えば30秒未満使われている場合は収益化、30秒以上使われている場合はブロックするといった細かな設定もできる。
動画や音楽のフィンガープリントを読み取り 一致精度の「ゆらぎ」を吸収する
例えばコンテンツに音楽が含まれる場合、Content IDに楽曲名やアーティスト名などの「原盤メタデータ」のほか、作曲作詞家などの「著作権メタデータ」を登録すると高い精度で幅広い著作権の利用特定が可能になる。その上で著作権者は先述のポリシーを設定する。
JASRACはYouTubeとのパートナーシップを結んだ当時から、アップロードされるコンテンツの著作権管理を共に押し進めてきたが、今年の2月からContent IDの活用を強化する。
Content IDのツールには、著作権者がアップロードした動画・音楽ファイルに「フィンガープリント」という情報を自動生成して追加する機能がある。一般のユーザーがYouTubeに動画コンテンツをアップロードした場合も、やはり同様にフィンガープリントが生成される。
フィンガープリントとは、動画や音声の特徴点を符号化した情報のこと。コンテンツのマッチング処理を行う際、フィンガープリントを読み取ることで、著作権者の動画・音楽と「まったく同じ」ではないコンテンツの「ゆらぎ」を吸収し、「迂回アップロード」のフィルタリングが可能になるとグーグルはその効果を説明している。
例えば動画の場合はアスペクト比、左右反転、色の変更、画面比率の変更など、オリジナルの動画の変更の手を加えた場合も特徴点の情報が一緒であれば同一のコンテンツと見なせる。
音楽の場合もやはり、音程やピッチを変えたり、意図的にノイズを乗せたコンテンツは特徴点情報の一致精度を解析して権利の所在がさかのぼることができる。音楽の場合は「メロディラインの特徴点」を抽出することから、例えば「歌ってみた」系のカバー演奏の動画も元ネタが正確に判定できる。
YouTubeショートの収益化プログラムも開始した
2023年の2月1日からYouTubeパートナー プログラムの規定が変更され、2021年7月から利用できるようになった最長60秒の「YouTubeショート」の動画クリエイターも長尺動画と同様に広告収入の分配が受けられるようになった。
クリエイターが収益化の資格を得るためには、ショート動画収益化モジュールへの同意が必要だ。さらに「チャンネル登録者数が1000人以上」であることに加えて、「直近12ヵ月間の有効な公開動画の総再生が4000時間以上」か、または「直近90日間の有効な公開ショート動画の視聴回数が1000万回に到達していること」などが条件になる。
YouTubeショートの広告収益分配の仕組みは長尺動画のそれと異なる。ポイントはショート動画の場合は1件の動画あたりに広告が付くわけではないため、広告収益はいったんプールされた後に、コンテンツの視聴回数と音楽の使用状況の解析結果に基づいて適正に割り振られる。
YouTubeショートには音楽権利処理を明快に、かつ簡潔にするための施策としてショート作成ツールに「サウンドを追加する」という機能を設けている。こちらのオーディオライブラリに含まれている楽曲は権利関係がクリアランスされており、非営利目的のコンテンツは別途ライセンスが不要になるというものだ。この機能は長尺動画の作成ツールには含まれていない。グーグルは、より多くのクリエイターに音楽を使ったショート動画をアップしてもらうための機能と説明している。
コンテンツの著作権に関する透明性が高まる期待
2022年の上半期に、グーグルはYouTubeの月間ログインユーザー数が世界で数十億人を超え、毎分500時間以上の動画が投稿されていると報じた。2022年6月より前の3年間には、YouTubeが広告料などから獲得した収益からクリエイターやアーティスト、メディア企業に還元した金額は500億ドル(約6兆6000億円)にまで上った。
一方でJASRACからYouTubeが受けている許諾は、レコード会社などが制作するミュージックビデオなどの公式コンテンツ、ユーザーが生成するオリジナル動画(UGC)、およびYouTubeショート動画のオーディオライブラリからの楽曲利用にまで幅広く及んでいる。今後はContent IDの活用が進めば、YouTubeにアップロードされるコンテンツの著作権に関する透明性がさらに高くなることが期待される。
JASRACは今回のYouTubeとのパートナーシップ拡大の施策が、引いてはYouTubeの視聴者に新たな音楽との出会いを促すものになると説明している。
YouTubeに関連するサービスにもメリットが広がる
グーグルは独自の音楽ストリーミングサービスであるYouTube MusicをAndroid/iOSのモバイル端末や、PCでもブラウザを使って楽しめるサービスとして提供している。8000万曲を超える音楽作品のほか、YouTubeに公開されている音楽関連の動画コンテンツを切り出せるビュワーとしても楽しめるところがYouTube Musicの大きな特徴だ。
今後、著作権者とクリエイター(アップローダー)との間でContent IDの仕組みによる権利関係のクリアランスが進めば、YouTube Musicもまたほかのプラットフォームにない特徴を持つ音楽配信サービスになるだろう。例えばある楽曲のカバー作品は、“歌ってみた系”のコンテンツもカウントすれば、ほかの音楽配信に比べてYouTube Musicに最も多くのバリエーションが揃うことになる。音楽ライブのお宝演奏や“アニソン”のアーカイブも同様だ。
グーグルは現在、Android OSやPixelデバイスで空間オーディオによる立体音響体験が楽しめる環境を整備している。筆者も1月に本誌の記事「Google Pixelの「空間オーディオ」開始もまだ第一段階、現時点で何ができるのか?」でグーグルによる取り組みを紹介した。3月にはワイヤレスイヤホンのPixel Buds Proがヘッドトラッキング機能にも対応したようだ。今後も楽しめるデバイスやサービスは広がるだろう。
「豊富な配信楽曲の数とバリエーション」に加えて「空間オーディオ」も楽しめるようになれば、YouTube Musicが大きく躍進するのではないかと筆者は期待している。
筆者紹介――山本 敦 オーディオ・ビジュアル専門誌のWeb編集・記者職を経てフリーに。取材対象はITからオーディオ・ビジュアルまで、スマート・エレクトロニクスに精通する。ヘッドホン、イヤホンは毎年300機を超える新製品を体験する。国内外のスタートアップによる製品、サービスの取材、インタビューなども数多く手がける。
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