MacやiPadを使いこなす高校生たちが最先端のICT教育から得たものとは?
ASCII.jp / 2023年3月30日 9時0分
東京成徳大学中学・高等学校にはすべての生徒たちが「ひとり1台のiPad」を手にしながら、創造的な学びを実践できる充実したICT(情報通信技術)教育環境があります。この春に同校を卒業したばかりの4名の学生に、中高一貫の6年間にMacやiPadを活用して学んだ成果を振り返ってもらいました。
東京成徳はアップルのデバイスをICT教育に活かしている学校
東京都北区にある東京成徳は、前身である東京成徳学園の様々な歴史を受け継いで1998年に中高一貫校として創立されました。2000年代後半には本格的な海外留学制度を導入。生徒たちの英語によるコミュニケーション能力の向上にも力を入れながら、グローバル社会に対応できる人材を育成しています。
2017年度からはすべての生徒が入学時にひとり1台のiPadを持ちながら、教科書やノートのように日々の学習に役立てられる環境を作ってきました。かつてのコンピュータールームを「ラーニングコモンズ」として改修した教室には、MacBook Proなどを完備。生徒たちの中には、高等部に進学してから2台目の学習用デジタルツールとしてMacを買って、教室に持ち込む生徒も多くいるそうです。
英会話などオンライン授業にアクセスしたり、生徒たちが動画のライブ配信もできるように、学校の敷地内にはWi-Fiネットワーク環境が整備されています。ICT教育環境を段階的に充実させてきた東京成徳は現在、アップルが同社のデバイスやテクノロジーを学びのため効果的に採り入れた教育機関を認定するApple Distinguished Schoolに選ばれています。
生徒たちが自ら学ぶことを追求できる環境がある
東京成徳では「成徳(徳を成す)の精神を持つグローバル人材の育成」を教育方針に掲げています。英語によるコミュニケーション能力を育む学習環境が充実しているだけでなく、生徒たちが学ぶことに対して主体的に挑み、柔軟な対応力が身に着けられるように探究型の学習機会を整えています。
高校課程には「Diversity Seminar(ダイバーシティゼミナール)」があります。同校の特色である、ゼミ形式の授業についてICT活用推進部長・国際交流部課長・英語科教員である和田一将氏が次のように説明しています。
「生徒たちは高校1年生になると、総合探究の授業としてDiversity Seminar(ゼミ)を選択します。プログラミングやゲームの制作、東京湾の環境を学んだり、自然科学や医療、ビジネスプランなど、多岐に渡るゼミのテーマは毎年教員が企画します。4月になると、高校課程に進学した生徒に向けて教員たちがプレゼンテーションを行います。人気を博したゼミが選ばれ、開講するシステムです。様々なゼミの中で、MacにiPadなどアップルの学習教材を活用してプログラミングの基礎を学ぶゼミも好評です」(和田氏)
さらに高校課程の2年目には「実地踏査型研修旅行」として、グループに分かれた生徒たちが東京・大阪・福岡博多の3拠点を訪れて、フィールドワークを通じてそれぞれに決めたテーマを深掘りするカリキュラムが設けられています。
ありふれたコンピュータールームを改修 稼働率が格段にアップした
東京成徳にICT教育の中核であるラーニングコモンズが誕生した経緯を和田氏が振り返ります。
かつてこの教室がコンピュータールームだった頃、パソコンの授業と言えば本体の分解や組み立てを学ぶ内容が中心でした。やがて生徒たちがひとり1台のiPadを持つようになり、コンピュータールームの役割や学びの内容も、生徒たちの期待に添って再定義すべき時が訪れました。そして教員たちは、より機能性に富むラーニングコモンズへの改修を決定しました。
ラーニングコモンズを作る際には、従来のパソコンを入れ替えるだけでなく部屋全体を徹底的に改修しています。この教室で学ぶ生徒たちが机や椅子を自由に移動させてグループワークやプレゼンテーションに打ち込めるよう、空間レイアウトを再構築。机や椅子は教員と生徒たちがショールームに足を運び、使いやすいものを一緒に選んだといいます。
新たに揃えた14インチのMacBook Proは生徒用・教員用を合わせて42台。生徒たちが安心して使えるようにMDM(モバイルデバイス管理)によるセキュリティ対策を施し、Deep Freezeで復元再起動できる管理体制を敷きました。生徒たちが使える教材ソフトウェアもAdobe Creative CloudからLEGO Mindstorms、Python系のプラグラミング言語やXcodeなどが充実しています。
ラーニングコモンズにはプロジェクターが天吊り設置され、生徒たちがMacの画面を大きなスクリーンに投写しながらプレゼンテーションなどを発表できる環境もあります。和田氏によるとラーニングコモンズとして生まれ変わってから、教室はプログラミング学習に限らず、英語やその他のオンライン授業などにも幅広く活用されるようになり、従来のコンピュータールームよりも格段に稼働率が高まったそうです。
iPadやMacを使いこなした学生たちが どんな成果を得たのか?
今回は2023年3月に東京成徳を卒業した大橋紡さん、平木さくらさん、関屋さくらさん、井戸根美花さんに、iPadやMacを活用しながら学んできた成果を振り返っていただきました。4人は東京成徳が「ひとり1台のiPad」の導入を本格的に始めた2017年に入学して、そこから6年間に渡ってICT教育に親しんできた「1期生」たちです。
「アップルのデバイスは勉強のためになくてはならないものだった」と4人は口を揃えます。例えばiPadとApple Pencilを使って授業のノートを取ったり、個人の課題制作に活用することは同校の生徒にとっては「当たり前の日常」でした。
4人は東京成徳の生徒会のメンバーだったことから、文化祭や体育祭など学校行事の際にはiPadで企画書を書き、ビデオ会議アプリによる打ち合わせを繰り返しながらアイデアを練る機会も多くあったそうです。イベント本番では動画を撮影して作品に仕上げたり、ライブ配信にも積極的にチャレンジしてきました。
2020年の春以降はコロナ禍の影響により、生徒たちが学校に集まり、顔を合わせて学ぶ機会が限られました。難しい環境の中、4人をはじめ生徒会のメンバーがアイデアを持ち寄りながらオンラインで文化祭を開催したり、共に学ぶための道を自ら切り開いてきました。
東京成徳で得た6年間の成果を今後の学びにもつなげて、将来は宇宙分野の仕事を目指すという大橋さん。「一度“宇宙に出てから”になるかもしれませんが、その後は教員資格を取って東京成徳に戻ってここで授業をしたい」という夢を語ってくれました。
平木さんは中学過程の3年間に毎年実施されたイングリッシュ・スピーチコンテストに参加したことで英語に興味を持ち、やがて言葉だけでなく、スライドによるプレゼンテーションや動画を使った視覚的ツールのデザインにも傾倒してきました。
iPadを使ってKeynoteによるプレゼンテーションを作ったり、撮影した動画をiMovieで編集してきた体験から、やがてビジュアル素材を活かしたクリエーションへの関心が高まったという平木さん。最近ではMacとAdobeのツールを活用しながら動画のクオリティアップにも力を入れているのだとか。卒業後は海外に渡り、より広くデジタルデザインについて学べることを楽しみにしているそうです。
ゼロから始めたMacによる動画・音楽制作 卒業後も探究したい
2021年に東京成徳の文化祭はオンライン開催となりましたが、生徒会のメンバーを中心にiPadやMacを巧みに使いこなしてきた生徒たちの団結力は、動画配信やオリジナルの音楽制作を盛り込んだクリエイティブなオンライン文化祭の実現を引き寄せました。
関屋さんは、生徒会長だった大橋さんからの依頼を受けて文化祭のためのオリジナル楽曲をMacで作曲しました。「それまでMacで作曲はやったこともなかった」ということで、TwitterやYouTubeの動画、その他様々なブログを参照しながらアップルの音楽制作ソフト「GarageBand」の使い方や作曲理論を学んだそうです。
MIDIキーボードのような作曲のために必要な周辺機器も持っていなかったことから、GarageBandが搭載するピアノロール・エディタや、パソコンのキーボードをピアノの鍵盤の代わりにできるミュージックタイピングの機能を駆使して作り上げたという楽曲を聞かせてもらいました。筆者はその雄大なスケール感に圧倒されました。
関屋さんの自宅には、元は家族が弾いていたというアコースティックギターがあります。「ギターの腕前を上げて、いつか生音の音楽も作ってみたいです。そして音楽とは関係ないんですが、私は動物が大好きなので、動物の行動や心理に近づける学問にも興味があります」という関屋さん。持ち前の探究心でどんな未来を切り拓くのか楽しみです。
井戸根さんは高校1年生の時にプログラミングのゼミを受講したことがきっかけになり、Macによるクリエーションに興味関心を広げてきました。MacとAdobeのツールを使った動画制作も手慣れてきたころ、手持ちのカメラによるアングルの限界を超えたいという思いから「ドローンによる空撮」に挑戦。2021年の夏休みにドローンの操縦ライセンスを取得して、その年の秋に学校で購入したドローンを文化祭や体育祭の空撮記録に役立てました。
2022年の冬休みには「自分が個人的にやりたかったこと」として、Autodeskの3Dモデリングツール「Maya」をマスターして、当時観た映画の中に出てきた機械式暗号機「エニグマ」の立体グラフィックスを夜通し描いたそうです。「成徳に入学して、MacBookなど使いながらやりたいことに打ち込めたおかげで、6年間とても“濃い人生”を送ることができた」という井戸根さん。その充実感に満ちた笑顔がとても印象的でした。今年の6月からはオーストラリアへの留学も決まっているそうです。いつか日本を代表するクリエイターとして大きく羽ばたいてほしいです。
ICTの導入により学ぶ生徒・教える教員が柔軟に変わってきた
東京成徳では今でこそ充実したICT教育環境を整えることができましたが、ここまでの道程には数多くの苦労もあったと和田氏は振り返ります。
「生徒たちがひとり1台のiPadを使って学ぶようになった2017年当初は、まだ文部科学省によるGIGAスクール構想が打ち出される前だったこともあり、参考にできるノウハウも数少なく、様々なことが手探りでした。最初はKeynoteやPagesを授業の課題制作に採り入れたりしながら、iPadに慣れるところから始めました。次第に生徒や先生も色々なことができるようになりました。すると、単純に教科書を読んで板書を写すという受け身のスタイルではなく、デジタルツールやテクノロジーを活用して、皆で課題を解決する探究型学習のスタイルへと自然に向かっていったように思います」(和田氏)
iPadやMacを通じて生徒たちの世界も広がりました。和田氏は、もはや学校が掲げるグローバル人材の育成という目標を達成するために、これらのデジタルデバイスは不可欠なツールだと言い切ります。
教師の方々もまた従来の考え方を超えて、生徒たちの創造力を刺激する新しい授業のあり方を模索してきました。でも、たくさんの生徒たちがそれぞれに抱く好奇心に対して、例えば「アプリケーションの使い方」など単純なところから、教員が寄り添って指導することは困難ではないのでしょうか。
「授業で扱うテーマや素材は丁寧に準備しているので、確かに大変です。でも仕込みの段階がうまく行けば、授業に入ったあとは生徒たちが熱心に取り組んでくれます。実際に頭を使ったり、手を動かす生徒たちが『大変になる』ような授業をつくることが教員の大切な役目だと私は考えます」(和田氏)
デバイスやアプリケーションの使い方については詳しい生徒に聞きながら、生徒たちが自身で解決できるところもまた、ひとり1台のiPadがある教室の強みと言えそうです。
ICTが活かせる教育環境が学校に根付いたことで、生徒の成績評価も変えてきたと和田氏は言います。「従来通り、知らなければならない漢字や英単語などを覚えることは大事です。加えてICT教育を通じて生徒たちが獲得してきた創造力やコミュニケーション能力を、様々な教科ごとに分解して評価に組み込むようにしています」(和田氏)
生徒たちの「学びかた」とともに、教員たちによる「教えかた」も柔軟に変わりつつあるようです。東京成徳によるICT教育がこれからもどのような発展を遂げるのか、多くの関心が集まりそうです。
筆者紹介――山本 敦 オーディオ・ビジュアル専門誌のWeb編集・記者職を経てフリーに。取材対象はITからオーディオ・ビジュアルまで、スマート・エレクトロニクスに精通する。ヘッドホン、イヤホンは毎年300機を超える新製品を体験する。国内外のスタートアップによる製品、サービスの取材、インタビューなども数多く手がける。
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