自身が送り出す最後の作品に――レジェンド丸山正雄が『PLUTO』に込めた想いを語る
ASCII.jp / 2023年4月29日 15時0分
丸山正雄氏ロングインタビュー
丸山正雄81歳。手塚治虫が設立した虫プロで1965年からアニメの制作に携わり、1972年にマッドハウスを設立。『幻魔大戦』『ロードス島戦記』『獣兵衛忍風帖』『PERFECT BLUE』『時をかける少女』など数々の名作を多数プロデュース。
その後代表を退き、70歳でMAPPAを設立。大きな話題となった『この世界の片隅に』を送り出し、2016年にはプリプロダクションを専門に手掛けるスタジオM2をスタートさせた。現在はNetflixで2023年配信開始予定の『PLUTO』の完成に向け奔走している。
日本アニメ史の生き字引とも言える氏が「生涯最後の作品になる」と語る『PLUTO』にどんな想いを込めたのか。またテレビ、劇場そして配信と変化し続けるアニメを巡る環境をどのように捉えているのか、3時間近くにわたりじっくりとお話をうかがった。
『PLUTO』 STORY
憎しみの連鎖は、断ち切れるのか。
人間とロボットが<共生>する時代。 強大なロボットが次々に破壊される事件が起きる。調査を担当したユーロポールの刑事ロボット・ゲジヒトは犯人の標的が大量破壊兵器となりうる、自分を含めた<7人の世界最高水準のロボット>だと確信する。
時を同じくしてロボット法に関わる要人が次々と犠牲となる殺人事件が発生。<ロボットは人間を傷つけることはできない>にも関わらず、殺人現場には人間の痕跡が全く残っていなかった。
2つの事件の謎を追うゲジヒトは、標的の1人であり、世界最高の人工知能を持つロボット・アトムのもとを訪れる。
「君を見ていると、人間かロボットか識別システムが誤作動を起こしそうになる。」 まるで本物の人間のように感情を表現するアトムと出会い、ゲジヒトにも変化が起きていく。
そして事件を追う2人は世界を破滅へと導く史上最悪の<憎しみの存在>にたどり着くのだった―――。
原作:PLUTO 鉄腕アトム「地上最大のロボット」より 浦沢直樹×手塚治虫 長崎尚志プロデュース 監修:手塚眞 協力:手塚プロダクション (小学館 ビッグコミックス刊)
アニメーション制作:スタジオM2 制作プロデュース:ジェンコ
公式サイトURL https://pluto-anime.com/ Twitterアカウント @pluto_anime_
『PLUTO』はいくつものハードルを乗り越えた末のアニメ化
―― 『PLUTO』は全8巻にわたり、世界各国を舞台とした物語が同時進行する群像劇です。そこに人工知能というテーマも加わり、複雑に展開されます。『YAWARA!』『MASTERキートン』など浦沢作品を手がけてきた丸山さんでも苦労が多かったのではないでしょうか?
丸山 じつは、もともと東日本大震災の前にNHKから打診があったんです。テレビシリーズの尺では無理だろうから、NHKスペシャルのような枠でやりませんか、という提案でした。浦沢さんからの「丸山、しっかり頼む」という後押しもありましたし、NHKなら全国津々浦々で見てもらえるうえ、既存の枠では収まりにくいボリュームの問題も解決できるだろうと。
そして僕には、同様のボリュームの作品をNHKでやらせてもらった経験がありました。『マルコ・ポーロの冒険』(1979~80)です。その経験も活かすことができるし大変だけれどやれるかも、と検討を始めていたタイミングで3.11が日本を襲いました。
NHKが用意していた予算も、そちらに回さざるを得なくなり、企画は一旦なくなってしまったのです。
―― そうだったのですね。
丸山 手塚さん※の作品だし、ずっとアニメ化を任せてくれている浦沢さんの原作でもあるし、なんとかしたいとは思っていましたが、全体の尺の問題のほか、内容もハードで、ぼくのキャパでやるのはかなり難しいなと思っていましたから、正直なところ、NHKからの話がなくなって、ホッとした部分もありました。
ところがしばらく経って、当時マッドハウスの社長だったぼくも知らない『PLUTO』の別のスタジオによる企画書が手元に届いたんです。「えっ、これはなに!?」と。 ※丸山氏は単行本のあとがき(電子版を除く)に虫プロ時代を振り返るあとがきを寄せている。
―― なるほど……。
丸山 その時点でぼくはスケジュールが埋まっていたこともあり、お断りの連絡を入れました。すると、すぐに浦沢さんから電話が掛かってきて「ではやめますか」と。
そこでぼくは、「パイロットフィルムを見て検討してみては? 良いものができるならアリじゃないですか」と言ったんです。ぼくだっていつまでも生きているわけじゃありません。浦沢さんのほうが長生きするだろうし、彼の作品を引き続きアニメ化できる人がいたほうが良いわけだから。
―― 止めるのを止めた、わけですね。
丸山 ところが、出来上がってきたパイロットフィルムを見ると、登場人物が「???」だったんです。『PLUTO』はたしかに手塚作品がベースにありますが、浦沢キャラが動かない限りダメでしょう、という話になって、企画は終息しました。
とにかく、これで2回企画がなくなったので、『いよいよ、なくなったな』と思いました。本当に難しい内容なので、ある意味『良かった』と。
パイロットフィルムに込めた理想 応えてくれたのはNetflixだった
丸山 ……そうしたら、またしばらくして今度は(手塚)眞さんから電話が掛かってきました。そこから再スタートしたんです。最初の企画から5年くらい経っていました。
ぼくのアニメ人生は手塚治虫から始まっています。かつ、浦沢作品も3本やりました。その浦沢さんが手塚作品を翻案して描いた作品です。アニメをやるんだったら、ぼくがやるしかない――そんな運命みたいなものを感じました。とてもできるものではないけれど、やらなくちゃ、と。
浦沢さんには一度、「アニメ化は無理だ」と話したこともあります。繰り返しになりますがやはり原作が全8巻という尺。そして、いまの日本アニメ業界の現状、あるいはぼくの力では、この原作に耐えうる映像ができるとは思えませんでした。もちろん、ぼく以外のところで宮崎駿さんがやるとか、庵野秀明さんがやるなら全然オッケーですが。つまり、そういった水準じゃないとぼくは見たくないよって。
でも、「ならば、なおのこと丸山さんがやるべきだ」と浦沢さんは言うんです。「漫画のほうが絶対面白いって言われるよ」とぼくは返したんだけれど、「声や音が入った映像として見たい」と譲らない。しかも以前作った『YAWARA!』などと同じじゃ意味がない、それらを超えるものを作って欲しい、と。
そこまで言うなら、まずパイロットフィルムを作りましょう、ということになりました。そこで、そのフィルムには『全編こんな映像でやれるならぼくも作りたい。そして、このクオリティーで作れるおカネをいただけるのであれば』という思いを乗せました。
年齢的にもこれが最後になると思うから、最後の仕事として頑張りたい、と。
すると、(理想のクオリティーで制作した)パイロットフィルムの評判が良く、原作者も含め「これでやりたい」となりました。そこからは真木さん(スタジオM2の共同創業者でジェンコ社長真木太郎氏)がスポンサー探しに奔走することになります。
そしてパイロットフィルムのクオリティーを気に入ってくれたのがNetflixだったのです。
条件が揃ってしまったので、もう頑張るしかありません。現実問題として制作に掛けられる時間と予算には限りがあります。そこで2023年には完成させようということになりました。
じつは、浦沢さんには企画当初――まだNetflixに提案する前――に「原作を半分に縮めたい」と提案したこともあります。原作が8巻ですからおおよそ4巻分です。すると浦沢さんは、「やれるものならやってください」と言う(笑) そこからおよそ2年間、脚本開発を頑張ったのですが、どうにもならず、最後はぼくが音を上げた、という経緯もありました。
―― やはり原作を縮めることは難しかったですか。
丸山 『ここを削るとあそこがつながらない。大事なものがなくなる……』といった具合でしたね。その段階で『やはり通常の30分シリーズでは作れないのでは』と覚悟しました。ただ、覚悟したと言っても、その段階では、企画が動くと確信できてはいません。
ところがその後、Netflixのような動画配信サービスが登場したことで『実現可能性が高くなったな』と思いました。つまり、30分枠に拘る必要のない公開形態が生まれたからです。
動画配信サービスが登場しなければ実現しなかったアニメ
―― Netflixが現われたことが大きかった。
丸山 「いかに仕上げるか」という問題のみに注力できるようになりましたね。
―― そしてNetflixは期限を設けずに待ってくれていた。
丸山 それが条件でしたから。むしろNetflixとしても看板作品として何年か後に配信できれば、というスタンスだったと思います。
ぼくはとりあえず「なんとか間に合わせる人」なんです。見てくれている人には申し訳ないけれど、100%の完成を望んでいない。アニメーションってそこを追求し始めると完成しないんです。どこかを諦めないと。
いつもスタッフに言っているのは、「未完成・やり残しがあっても、欠陥商品でも仕方がないんじゃないか」と。ぼくはアニメーションの完全バージョンって果たしてあるのだろうか、と疑問を持っています。監督やそのときのスタッフによって違うし、いろんなバージョンがあるし、みんなの意見がまとまった完成品なんてあり得ません。
だからあくまでも我々は常に欠陥商品を作っています。ただし、魅力ある欠陥品でなければなりません。
これまでぼくが作ってきた作品も、「魅力のある欠陥品」と「多少魅力に乏しい欠陥品」です。「これで完成だ、良かったね」となることはあまりないんです。10年かけて1本を完成させる監督もいますが、そうすると「出来すぎていてつまらない」ということもあり得るかなと。
原作『PLUTO』には削れる箇所がなかった
―― 片渕監督、今監督の作品作りをどうしてもイメージしてしまいます。丸山さんは両監督の作品もプロデュースされていますが……。
丸山 彼らのやりたいことをぼくは全部やらせてあげられていません。特に『この世界の片隅に』に関しては、おカネが集まらなくて5年くらい掛けて作っていたものが完成させられない、という事態が起こりました。
そこで片渕さんを呼んで、「出資者は現われたのだけれど、半額だ。止めるか、ほかの仕事をやりつつ10年掛かって完成させるか決めてくれ、つきあうから」と。当時はあと10年くらい生きられそうではあったので。そして彼は半分の予算で作るほうを選びました。
彼は取材のために私財をはたいて広島にずっと通っていました。取材した人たちが年齢的にも、なかには原爆症の方もおられて、10年も掛けていたら亡くなってしまう。せめて存命の方には見てもらいたいと。
そこでぼくが、すでに出来上がっていた絵コンテを、赤ペンで削りました。『この世界の(さらにいくつもの)片隅に』は、その部分を復活させたものです。ぼくにはあれが完成品なのかはわかりませんが、少なくとも彼にとっては完成バージョン、満足するものではなかったはずです。
―― そんな丸山さんをもってしても、原作の『PLUTO』には削るところがなかった。
丸山 なかったですね。もちろん原作は連載されているものですから、若干の整理はしています。また、アニメにする上で映像としての演出を加えた箇所もあります。現在は時間が掛かっても原作をきちんと――現在選択可能な最高のスタッフと技術で――映像化するという前提で作業しています。
浦沢さんのマンガは完成品だと思っているんですよ。だけどそのままは映像化できない。原作の凄みにどれだけ迫れるか。魅力は絶対にある、と断言できます。
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