「『PLUTO』は手塚さんへの最後のご奉公」――彼の“クレイジーさ”が日本アニメを作った
ASCII.jp / 2023年4月30日 15時0分
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「地上最大のロボット」の衝撃
前編に引き続き、アニメ『PLUTO』の完成に向けてラストスパート中のスタジオM2にお邪魔し、丸山正雄社長にお話をうかがった。
半世紀以上前に描かれた問題提起が現代でも変わらず説得力を持つ『鉄腕アトム』の一遍「地上最大のロボット」。そしてその傑作エピソードを蘇らせた『PLUTO』。自ら困難と判断した『PLUTO』のアニメ化を丸山氏はあえて引き受けた。曰く、「手塚治虫のクレイジーさ、向こう見ずさのDNAがぼくの中に残っている」。
『PLUTO』 STORY
憎しみの連鎖は、断ち切れるのか。
人間とロボットが<共生>する時代。 強大なロボットが次々に破壊される事件が起きる。調査を担当したユーロポールの刑事ロボット・ゲジヒトは犯人の標的が大量破壊兵器となりうる、自分を含めた<7人の世界最高水準のロボット>だと確信する。
時を同じくしてロボット法に関わる要人が次々と犠牲となる殺人事件が発生。<ロボットは人間を傷つけることはできない>にも関わらず、殺人現場には人間の痕跡が全く残っていなかった。
2つの事件の謎を追うゲジヒトは、標的の1人であり、世界最高の人工知能を持つロボット・アトムのもとを訪れる。
「君を見ていると、人間かロボットか識別システムが誤作動を起こしそうになる。」 まるで本物の人間のように感情を表現するアトムと出会い、ゲジヒトにも変化が起きていく。
そして事件を追う2人は世界を破滅へと導く史上最悪の<憎しみの存在>にたどり着くのだった―――。
原作:PLUTO 鉄腕アトム「地上最大のロボット」より 浦沢直樹×手塚治虫 長崎尚志プロデュース 監修:手塚眞 協力:手塚プロダクション (小学館 ビッグコミックス刊)
アニメーション制作:スタジオM2 制作プロデュース:ジェンコ
公式サイトURL https://pluto-anime.com/ Twitterアカウント @pluto_anime_
虫プロで始まったアニメ人生を手塚作品で締めくくる
―― 先ほども少し触れられていましたが、虫プロから丸山さんのアニメ人生はスタートしました。浦沢作品ということに加えて、手塚作品への挑戦でもあります。
丸山 プレッシャーはありますね。「地上最大のロボット」の衝撃をどう描くか。
浦沢さんはそこに加えて戦争というものもキチンと描かれた。手塚さんがアトムを描いた時代、浦沢さん・長崎さんがPLUTOを描いた時代、そして現在の私たち、これを貫くテーマ。いまロシアとウクライナが戦争をしている。浦沢さんのマンガでは中東・アフガンが強く意識されている。ロボットと人間の関係もそうです。
なにより、そういったことを手塚さんが先読みで示されていた、ということの凄さ。2023年の情勢が、数十年前のマンガでこれだけ描かれていた。「文学を超えた」というならばまさにこれだ、ということではないかと思います。
「世界配信」でもスタンスは変えていない
―― テレビや劇場と異なり、世界中で一斉に視聴してもらうことにもなります。演出の仕方が変わったという面はありませんか?
丸山 そこは全然変わりません。ぼくは昔から、アメリカでヒットしたタイトル、たとえば川尻さん(川尻善昭氏『妖獣都市』『バンパイアハンターD』など)の作品でも、意識したことは一度もないですね。また、今君(今敏氏『PERFECT BLUE』『パプリカ』など)のように、日本ではあまり受けないけれども、なぜか海外で高く評価されていたり。
言葉では表現できない部分を映像で語りかける、伝えられる――これはアニメーションの良さでしょう。もちろん言葉も大事ですが、それがすべてではありません。だから「世界に向けて」ということは特に意識していません。問題は、なぜか日本で受けないことがあることくらいかなあ(笑)
―― プロデューサーとしては儲けを出さないと、だけれども……。
丸山 モノを作る以上、それは不可欠だけれど、ぼくはそれができないんです。真木さんがいればなんとかできるけれど。ぼくの場合は商売をあんまり考えていないところがあるから。全部受ける、当たると思ってやってるからね。
他人が見たら当たらないと思うけれど、ぼくらがやれば当たるという覚悟でやっています。それでもダメなこともあります。ならどうするか。いまはダメでも5年後、10年後に残るものをやろう、1回観ておしまいではなく、もう一度観たい、と思うものを作ろう、と。
それも志半ばにしてダメなこともいっぱいあります。ならばせめて監督やアニメーターの代表作に……とね。そうでなかったら、やる意味はないんです。
手塚治虫のDNAがぼくの中に悪い形で残っているのかもしれません。あの人は仕事はなんでも引き受けました。断らないんだな。『こんなに仕事が溜まっているのに、また取るの!?』というくらい引き受けちゃう。「このつまらない企画もぼくがやればなんとかなる」と。
手塚治虫のDNAがぼくの中に生きている
丸山 思えば、虫プロそのものが、日本のアニメ人口がほぼゼロという時代に作ったスタジオです。
人(アニメーター)もいない、アニメを知っている人なんて東映動画(現・東映アニメーション)くらいにしかいないから、そこから引っこ抜いて、わずか数名のところから始めています。どう考えても無茶でした。しかし、ほかの人では絶対できなかったことを彼はやってのけたんです。
ぼくは手塚治虫のクレイジーさが大好きで、あれが日本のアニメーションを作ったんじゃないかと思っています。特にテレビアニメはね。「テレビシリーズで面白いものをやりましょう。1枚の絵を引っ張れば空を飛んでいるように見える」と。
そうして「日本のアニメはチープだしバイオレンスだけれど面白い」という世界的評価を作りあげました。あれは彼のクレイジーさ、向こう見ずさが生んだものなんです。
―― 津堅信之先生の『アニメ作家としての手塚治虫』でも様々な証言がありましたね。
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アニメ作家としての手塚治虫―その軌跡と本質津堅 信之NTT出版
丸山 ぼくもアニメーションの「ア」の字も知りませんでした。まだアニメなんて言葉はなくて、動画映画とかなんて呼んでいました。
そんな時代に、誰でも良いからスタジオに常駐する人が欲しいという手塚さんの意向を受けて、「現代子どもセンター」でアルバイトをしていたぼくが、「丸、暇なんだからあそこ行って手伝って来い」と言われたのがはじまりです。
―― まだ制作進行という言葉もない時代ですよね。
丸山 もちろんありません。言われたことをなんでもやるんです。行った日から1週間徹夜して、そのまま居着いちゃいました。絵は描けないけれど、絵の具の瓶を洗うくらいならできますよって(笑)
―― 手塚眞さんをおぶっていた、というエピソードは印象的でした。
丸山 虫プロは手塚さんの実家の中庭と軒続きだったんです。その中庭でスタッフのお誕生会もやりました。手塚さんのお母さんが「はい、アメちゃん」と紙包みを渡してくれて。金一封が出たこともありましたね。
虫プロってそういう会社だったんです。だから当然、眞さんがぐずれば、僕があやして、みたいなこともやっていました。スタッフ含めて家族のようでした。そんななかで、手塚さんは無茶振りもするわけです。
でも、自分がやりたいことのためなら人が多少どうなっても……と言いながら、じつは結構気にしていて(笑) たとえば、ぼくらが「もうやってらんねえや」なんてブーブー言ってると夜中に顔を出して、「丸さん、お腹空いてる? 焼肉食いに行きましょう」なんて言う人なんです。そういうところで育っちゃったから、なんとなくそんなDNAがぼくの中に生きているような気がします。
丸山流が凝縮された拘り
―― 地上最大のロボットがベースということで、先ほど庵野さんのお名前も出ましたが、たとえば『シン・エヴァンゲリオン劇場版』であれだけのスケールのものが描かれたことで、表現という意味でもハードルは上がった感があります。
丸山 じつは制作途中に、ぼくと浦沢さんが折り合わなかった点があります。ぼくはこの作品をどうやって売っていこうかと考えた末、登場ロボットのデザインを、庵野さんと一緒にやっているような、日本でロボットアニメをここまで育てた人たちにお願いしようと思って、勝手に発注しちゃったんです。
でも浦沢さんは「ダメだ」と。この話は手塚さんの世界を浦沢流にやっているから、ロボットに関節はないんだ、と。……鉄人28号にはありませんが、最近のロボットには関節がありますよね。
―― そうだったのですか!? ちょっと見てみたかった気もします。
丸山 浦沢さんはそこを意識して描いているので、全部ダメだと。有名なメカデザイナーに描いてもらったものは全部キャンセルになり、「ごめんなさい、ダメでした」と、頭を下げて回ることになりました。
考えてみれば、作中でもロボットか人間かを判別するセンサーが登場したり、登場人物がアトムを見て、これはホントにロボットなのかと驚いたりする、そんな話ですから。
「すみません、浅はかでした」と謝りましたね。しんどかったことの1つです。
―― もしかすると、一周回っていわゆるレトロなほうが受けるかもしれませんね。
丸山 あえて格好良くしてないんです。機能としてのロボットを意識しているので、ロボットアニメファンの期待に応えることはしていません。デジタルのフルアニメーションでロボットを全部描いちゃおうかなと思ったこともありましたが、むしろチープでも、精巧じゃなくても良いじゃないか、と最後は腹をくくりました。
―― 最後にASCII.jpの読者向けにメッセージなどあればお願いします。
丸山 こんなことやる人、あんまりいないだろうと。あとは真木さんに語ってもらえればと思います。ぼくが話すと、どうしても欠陥とか、見どころがいくつかある=すべてではない、という言い方になってしまいます。全部良いって言ってしまうと、それはぼくにとっては嘘になってしまうからね。
強いて言えば、4巻は浦沢さんがまずすごい展開を用意した――つまり手塚治虫とガッチリ組み合ったところなので、我々もがんばって映像化しています。
あとは、多少の欠点を超えて面白さをどこまで追求できたか、光栄にも手塚と浦沢の想いを引き継がせてもらったぼくらが、彼らの作品の凄さにどこまで迫れているか、ぜひ見てもらえればと思います。
配信開始は2023年を予定していますが、納品はもっと前なんです。全世界向けの字幕を入れる必要があるので。だから、ほぼ完成が見える段階まで来ています。限界はありますが、ギリギリまで頑張っていきたいなと。
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