融合に失敗すると「絵が溶ける」!? ベテラン作監が語る令和のアニメ制作事情
ASCII.jp / 2023年5月1日 15時0分
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アニメ制作はアナログ作業とデジタル作業の融合だが……
筆者が3月に文春オンラインに寄稿した記事「『ブラッククローバー』に『異世界おじさん』…アニメの放送休止・延期がなぜ続く?」には、一部のアニメーターの方々から厳しいご意見もいただいた。
鉛筆から生まれる手描きの原画が、アニメの制作現場の最大のボトルネックになっているような印象を与えてしまったのが原因だが、80年代、90年代の手描き作画アニメを愛好する筆者としても現在のアニメを巡る危機的な状況の全体像を伝えることの難しさを感じた出来事だった。
スタジオM2でのインタビュー後半は、前半に引き続き共同代表の丸山正雄氏、そして『PLUTO』の制作にも携わるアニメーターの野口征恒(まさつね)氏にお話をうかがった。
『PLUTO』 STORY
憎しみの連鎖は、断ち切れるのか。
人間とロボットが<共生>する時代。 強大なロボットが次々に破壊される事件が起きる。調査を担当したユーロポールの刑事ロボット・ゲジヒトは犯人の標的が大量破壊兵器となりうる、自分を含めた<7人の世界最高水準のロボット>だと確信する。
時を同じくしてロボット法に関わる要人が次々と犠牲となる殺人事件が発生。<ロボットは人間を傷つけることはできない>にも関わらず、殺人現場には人間の痕跡が全く残っていなかった。
2つの事件の謎を追うゲジヒトは、標的の1人であり、世界最高の人工知能を持つロボット・アトムのもとを訪れる。
「君を見ていると、人間かロボットか識別システムが誤作動を起こしそうになる。」 まるで本物の人間のように感情を表現するアトムと出会い、ゲジヒトにも変化が起きていく。
そして事件を追う2人は世界を破滅へと導く史上最悪の<憎しみの存在>にたどり着くのだった―――。
原作:PLUTO 鉄腕アトム「地上最大のロボット」より 浦沢直樹×手塚治虫 長崎尚志プロデュース 監修:手塚眞 協力:手塚プロダクション (小学館 ビッグコミックス刊)
アニメーション制作:スタジオM2 制作プロデュース:ジェンコ
公式サイトURL https://pluto-anime.com/ Twitterアカウント @pluto_anime_
混在すると、工程を経るうちに精度が悪化する
―― ここからは野口さんにも加わっていただきます。野口さん、よろしくお願いいたします。
野口 よろしくお願いします。記事拝見して、わたしはまったく違和感なかったのですが、タイトルの「未だに手描きの原画に頼る」という部分が、ちょっと強すぎた可能性はありますね。
現場としては手描きの原画のほうが圧倒的に多くて、デジタル化の必要性は叫ばれているものの、まだまだ少数派というのが実情です。手描きで原画を描いておられる方からすると、タイトルで「何言ってるんだ!」となって、その印象で後の部分で書かれていることが頭に入りづらくなってしまったのかもしれません。
―― なるほど……。じつは記事を公開する前に、複数のアニメ業界の関係者にも原稿は読んでもらっているのですが、「この通りだ」という反応だったんです。なのでSNSで「的外れだ!」というお叱りをいただいたときは正直驚いてしまったのですが、たしかにタイトル、刺激的過ぎたのかもしれませんね……(注:タイトルは一般に編集部によって付けられることが多い)。
とは言え、あの記事で紹介した国内の動画仕上げ(動仕)スタジオの方のお話は非常に厳しい内容でした。手描きの原画をスタジオから受け取って、デジタルで中割動画や仕上げをしようとすると、昨今の映像の高解像度に対応させるために対応修正や補完を大量に実施しなければならない。
そしてスタジオは、外部の原画スタッフに対してリテイク(修正依頼)を出せなくなってしまっている、ということなのですが実際いかがでしょうか? 野口様がご存じの範囲で構いません。
野口 『PLUTO』もそうなのですが、制作工程が100%デジタルというわけではありません。必ず融合させる作業が発生します。そこがネックになっているというのは事実です。
私の場合、完全にデジタル環境で作業しているので、タップ合わせ(紙に原画・動画を描く際、それぞれの位置がずれないように作画用紙には穴が空けられており、そこにタップと呼ばれる金属プレートをはめ込む)もデジタルで再現できます。
ところが、いったんそこに(別の担当者による)アナログの作業が加わると「デジタルで描いたものをプリントアウトし、タップ穴を空ける」という作業が入ります。
その過程で「タップずれ」(絵と絵の位置が合わなくなること)が発生してしまいます。これはどんなに注意しても完全に防ぐことは難しいので、上がってきた紙の原画をもう一度スキャンしてデジタルで位置を直し……といった作業が生じます。
野口 それぞれの作業者がどれだけの精度を持って作業するかが問われるわけですが、絵が小さくなればなるほど、ずれは大きくなります。口パクのずれなどが顕著ですね。また、拡大率が微妙に間違っていて、頭が大き過ぎたり小さすぎたり、ということが起こります。
そういったことが積み重なるうえ、さらに、仕上げに回る間に第2原画や動画といった“原画や作画監督から離れた場所”にいる人たちが、それをなぞっていく際にまた形が変わってしまう。
その結果、仕上げから戻ってきたものを見て「なんだこれは」ということになるわけです。業界ではこれを「絵が溶ける」と言ったりしますね。
作監が手を出せない場所でトラブルは起きる
―― 数年前、口パクが顔の外にズレたまま放送された作品があり、衝撃を受けたことを思い出します。映像となる直前の段階(撮影前)まで気がつきにくいということですね。そして納品まで時間がない段階で気づいても、そのまま進んでしまうことすらあると。
野口 そうですね。ほとんどの場合、動画でクリーンナップしたあとは、すぐに仕上げという流れでやっていることがほとんど(筆者注:この2つのプロセスは海外も含め外注することが多い)ですから、そこに私たち作画監督が介入することは難しいです。
―― 動画検査(動画工程前後の素材チェック)の過程でそこは潰せないのでしょうか?
野口 動仕の工程はデジタル化されていますので、動画の線も2値、つまりドットの線になったところに、色を塗っていくことになります。そこにはなかなか入り込めません※。つまり、作画監督がチェックできません。
※先の図表を収録した「アニメシリーズ制作における制作進行のマニュアル」の38ページでは、「動仕(動画と仕上げを一緒に行う)は、動画検査の工程が入らないため、リテイク増加、クオリティ低下のリスクがあります」とされている。
―― そうすると作画監督が「アニメの絵」でクオリティーを確認できるのは、動仕上がりとなりますね。
「溶けた絵」数百枚を手作業でデジタル修正することも
野口 そうです。そこで初めて『あー、こんな絵になったか』とか『こんなにズレちゃったか』となります。
私の場合は、TP(トレースペイント=デジタル環境での修正作業)で直接データを触れるので、そこで本来の絵に修正したりしています。つまり、デジタルツールが使える作画監督ならドットを弄って直せるわけです。
そしてこの方法は「最終イメージに手を入れている」ので、修正は必ず画面に反映されます。「溶けてしまった」絵でもこの方法なら救えるんです。
―― よくスタジオの様子などで紹介される原画へのリテイクだけでなく、撮影に入る直前のギリギリのタイミングで直すということですね。
野口 はい。ただ、この時点では動画の中割も入っていますので、キーフレームだけでなく何十枚、下手すると何百枚に手を入れていかねばならなくなります。そんな作業を全カットに対して実施するわけにはいかないので、大事な、あるいは致命的なところを選んで作業していくことになります。
―― 枚数もそうですし、すでに色もついているわけですからね。形だけではなく色が破綻してもいけない。
野口 そうです。余計な色を加えてもいけないし、抜き色(透明の指定)に変な色を塗ってしまうと、背景に載せたときにゴミとして表示されてしまいますから。
―― 作画監督の仕事のイメージというよりも、仕上げや動画検査の作業に近いですね。
野口 デジタル環境が触れる作画監督はそれも「やってしまっている」という状況です。私の場合は、セガサターンの頃からのゲーム業界出身なので、ドットを扱うのに慣れているというのは大きいと思います。テレビシリーズに関わっているときも、「これ、仕上げで崩れますよ」とかよく指摘をしていますね。
―― そのような方は多いのですか?
野口 多いと思います。酷い仕上がりを見ちゃうと、たまらず(笑) たとえデジタルに慣れていなくても、触りたくなる、直したくなるというのが絵描きの性(さが)ですから。
いずれにしてもアナログ(紙ベースの成果物)とデジタル(PCベースの成果物)が混ざっていることが混乱を生んでいるとは思います。先ほどの、口パクの位置がずれてしまうような例も、演出意図を知らない仕上げの人は『そういうものかも』と思って塗ってしまうこともあると思います。
あとは、どれくらいその仕事に愛着を持っているか、(発注元の)会社と密な関係を持って作業するかなどによって修正範囲も変わるでしょう。
―― アナログ作画とデジタル作画のミックスという状況に加えて、3DCGがそこでどう位置づけられるのかも模索が続いていますよね。先日、ゲームエンジン「Unity」を用いてアニメを作るイベントを開催したのですが、動画はもちろん、仕上げ・撮影まで一気通貫で作業できる環境も整いつつあります。仮にそのワークフローだけであれば、仰るような事故は起こらない、とも感じました。
3DCGのフルアニメーションを「アニメ」に変える手法
野口 確かにフル3DCGであれば何かが混じるということはなくなります。ただ、2Dですとそこに作画素材が混じり、微妙なずれが起きます。それを確認すべき人が確認・修正していかないと、最後までそのずれが残ってしまい、仕上げから上がったところで「ダメだ」となり、直せる人と時間が揃えば直せるけれど……という状況になるんです。
―― カット単位で、たとえば手のアップなど身体の一部分が大写しになるシーンはすべて3DCGで、という例も増えています。そうすることで作画とCGが混ざらない、という分け方がさらに進むことはありますか?
野口 最初からそういったコンセプトが決まっていれば分けてやっていくことになると思います。あとやはり、メカなどは3DCGで描写することが多くなっていますが、昔の手描きの良さもありますので、あえて3DCGで一回起こし、それを作画でトレースし直すことで手描きの良さを再現しようとしたりもしていますね。
―― トレースまで行かなくても、汚しを3DCGの上に乗せる処理を実施した「ウェザリング」と呼ばれる手法もありますね。
野口 3DCGはフルアニメーション=24コマをすべて違う絵にできるので、妙な滑らかさが出てしまい、それに違和感を感じてしまうことがあります。3コマ撮り(24コマのうち8枚を動く絵にしてリズム感を出す手法)、2コマ撮りに慣れている私たちは、フルアニメーションの滑らかさって違和感を感じてしまうんです。
そのため、あえて中のコマを抜いてメリハリをつけたりします。きちんとタイミングの取れるアニメーターに任せたうえで、コマを抜いて、さらに手でなぞったりといった手法もあります。
―― 『PLUTO』でもそういうシーンはありますか?
野口 どこまで言って良いかはわかりませんが(笑)、あります。たとえばノース2号がピアノを演奏するシーンなどですね。演奏シーンが止め(静止画)なのは良くないし、適当な動きだと感情移入できません。
実写をトレースすれば「そのもの」になりますが、今度はアニメの気持ちよさが生まれません。だからコマを抜いたり、アニメならではのデフォルメを入れたりするわけです。今回、演奏シーンは私が担当しましたが、すごく時間が掛かりましたね。
融合をいかに図るか?
―― 丸山さんは、記事やここまでの野口さんとのやりとりを聞かれていかがですか?
丸山 ぼくは鉛筆と紙でやっていたことが、デジタルで上手くいくなら全然オッケーなんですよ。ただ「デジタルでしかできないこと」にはあんまり興味がないんです。
ゲームの映像や、例外的にフルデジタルの映画で面白いものが絶対ないとは限りません。けれども紙と鉛筆で育った人間としては、あのデジタルの感触は違うなと感じてしまいます。ただ、若い世代の人たちが面白いという感覚を持つ、というのもわかります。ぼく自身はそこに行けないのでかなり困っているというのが本音ですね。
アナログとデジタルの融合がどれだけできるか、というのが課題で、たとえば『PLUTO』でも竜巻を手描き作画で描いたらものすごく大変なことになります。そのため、やむを得ず3DCGを使って表現しているのだけれど、それが良いと私はあまり思っていないところがあります。これを手描きでやれたら良いなと思っているけれど、できないだけなんですよ。
現在の状況ではこれが精一杯。なので、それを手描き作画の絵に合わせたときに違和感がないよう、手描きに近いところまで調整はするけれども、果たしてそれが上手くいっているのかしら……という不安が拭えないんです。
日本のアニメーションにおいては、手描きの良さがそのままデジタルに置き換わることは絶対にないと思っています。
―― 同感です。大事なのは「置き換わり」ではなくて「融合」ですよね。
丸山 そうです。融合しなくちゃいけないと思いつつ、その難しさにちょっと困っている、という感じかな……。ギリギリあんなものだろう、という感じで調整しているのだけれど、もっとデジタルの臭いが消えたら絶対良いのになあ、と。そうしたらデジタルを喜んで使うんだけれども。
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