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日本のアニメ制作環境はすでに崩壊している――レジェンド丸山正雄が語る危機と可能性

ASCII.jp / 2023年5月2日 15時0分

引き続き、スタジオM2のオフィスにて日本アニメの制作事情についておうかがいした

〈前回はこちら〉

手描きの味わいは「ズレと歪み」にあり!

 前編に続き、『PLUTO』の制作中でお忙しいスタジオM2の丸山正雄社長、そして『PLUTO』では作画監督を務めていらっしゃるアニメーターの野口征恒(まさつね)氏に、日本アニメの制作事情について語っていただいた。

 丸山氏は、「日本のアニメは崩壊している」と言う。その理由は、アニメの肝である「動画」を作るにあたっての環境が崩れたから。そしてデジタルとアナログのさらなる融合に力を割く余裕が業界にない現状も説明してくださった。

『PLUTO』 STORY

憎しみの連鎖は、断ち切れるのか。

人間とロボットが<共生>する時代。 強大なロボットが次々に破壊される事件が起きる。調査を担当したユーロポールの刑事ロボット・ゲジヒトは犯人の標的が大量破壊兵器となりうる、自分を含めた<7人の世界最高水準のロボット>だと確信する。

時を同じくしてロボット法に関わる要人が次々と犠牲となる殺人事件が発生。<ロボットは人間を傷つけることはできない>にも関わらず、殺人現場には人間の痕跡が全く残っていなかった。

2つの事件の謎を追うゲジヒトは、標的の1人であり、世界最高の人工知能を持つロボット・アトムのもとを訪れる。

「君を見ていると、人間かロボットか識別システムが誤作動を起こしそうになる。」 まるで本物の人間のように感情を表現するアトムと出会い、ゲジヒトにも変化が起きていく。

そして事件を追う2人は世界を破滅へと導く史上最悪の<憎しみの存在>にたどり着くのだった―――。

Ⓒ浦沢直樹/長崎尚志/手塚プロダクション Ⓒ浦沢直樹/長崎尚志/手塚プロダクション/「PLUTO」製作委員会

原作:PLUTO 鉄腕アトム「地上最大のロボット」より 浦沢直樹×手塚治虫 長崎尚志プロデュース 監修:手塚眞 協力:手塚プロダクション (小学館 ビッグコミックス刊)

アニメーション制作:スタジオM2 制作プロデュース:ジェンコ

公式サイトURL https://pluto-anime.com/ Twitterアカウント @pluto_anime_

3DCGの利点がアニメでは欠点に

野口 3DCGが導入された当初は、珍しさもあって「おおーっ!」という感じだったんですけれど、だんだん見慣れてくると「わざとらしさ」が目に付くようになりました。今は一所懸命、手描き作画っぽく見えるように、たとえば線をかすれさせたり、効果を加えたり、色々試行錯誤している段階だと思っています。

 最近では、セル画時代の「一度失敗してから塗り直したことで、ガサガサした感じになってしまった絵」を、デジタルでわざと再現したりもしているんですよ。

―― そういう意味でも求められているのはまさに「セルルック」なんですよね。

丸山 やはり3DCGの問題は、アニメではなく実写に近くなることなんです。「本物と見紛うばかり」という利点がアニメでは欠点となってしまいます。手描きとは異質なんですね。

 でもそのほうが(作業効率としては)良いから、どんどん使ってしまう。簡単だし、場合によっては安く、早いので(デジタルは)良いと言われるけれど、ぼくは『本当にそうかい?』と疑問を持っています。

―― 一方で3DCGでアニメを作っている方にお話をうかがうと、たとえばVTuberのようなCG表現に、特に若い人たちの「目が慣れてきている」という意見を聞きます。ルック(見た目)に慣れるということですね。その変化と、従来の手描き作画とCGを馴染ませるという努力が並行して進んでいるという風に見えます。

丸山 うーん、でもそこは結局、交わらないんじゃないかなあ……。『あの気持ち悪さを何とかしたい』と(制作者たちが)思ってくれているうちは良いけれど、あれで平気だという人が圧倒的に増えたときに、そっちにどっと向かってしまい、その結果、手描き作画アニメがなくなってしまうんじゃないかと。

 手描きの良さをどうやって残していくのか、というのは重要な課題です。「実写をそのままアニメ風にする」でOKなら、わざわざ計算や工夫する必要はなくなります。でもそうなってしまったら、たとえば『鉄腕アトム』なんかも「チープだけれど、ただ懐かしいから観る」だけのものになってしまうのでは。

 手描き作画の温かさや歪み。ぼくが一番気にしているのは「歪み」です。ぼくはアニメーションの良さというのは、正確に物が動くのではなく、歪んで表現できることなんですよ。デジタルにはそれがない。歪みは意識して作らない限り発生しませんから。

 たとえばサイコロがコロンと転がるようなアニメーションでも、3DCGで物理計算して正確に転がすことはできます。でも、そうではなく、「何の目が出るかわからない、不安定な動き」というものがあるんです。

―― おそらく人間の目には(不安な感情が反映されデフォルメされて)そう見えているんですよね。

丸山 そうそう。そういったことを表現する際に、(3DCGの物理計算だけに任せてしまうと)表現の幅が非常に単一になっていき、本来のアニメーションの良さであるメタモルフォーゼ、物が動いていくときのエネルギーみたいなものが表現できなくなってしまうかもしれません。

―― なるほど。『PLUTO』では人工知能も大きなテーマの1つですが、そこでの「揺らぎ」にも通じる話かなと思いました。以前「亡くなった美空ひばりさんの歌声をAIで再現する」という取り組みがありましたが、そこでも正確な歌唱ではなく、ズレや歪みが再現に欠かせなかった。

丸山 アニメでも同じ事が絶対起こっているのだと思います。

野口さんの席にお邪魔した。いわゆる板タブに紙を貼り付けて作業している

「背景のデジタル化」がもたらす意外な問題

野口 CGを用いることはもう不可避なので、そのズレ・歪みをどう再現するのかが、私たちの腕の見せどころだと思います。これは動きだけではなく、背景もそうです。背景がデジタル化されてから、すごくチープな、味のないものになってしまいました。

 筆で塗る人もまだおられますが、だいぶ減ってしまっていて、代わりにパソコンを使った綺麗なグラデーションが引かれる。場合によっては、森を描くときに木を1本描いてそれをコピペして並べたり。すると、全体の印象として機械的な、薄っぺらいものになってしまうんです。

 「背景なんか見てないよ」なんて言う人もいますが、世界観の厚みは背景が担っているわけですからね。

 昔の筆のタッチ、かすれなども、不確定な雰囲気が目に飛び込んで来たときに感情を揺さぶられるわけです。小林七郎さん(2022年没・『ルパン三世カリオストロの城』『うる星やつら2 ビューティフル・ドリーマー』などの背景を手がける)の作品などは背景を見ただけで作品の世界に入っていけます。

 それが最近、特にテレビシリーズでは、そう感じる機会が減ってしまったように思えます。使い回しが目に付くようになったのも残念ですね。

―― 異世界転生もので、町の遠景が似たり寄ったりだとネットで話題になったことを思い出します。ズレ・歪みといったアナログの良さを、デジタルのワークフローにどう整合させるかは、まだ道半ばという印象です。今後何が必要でしょうか?

野口 デジタルは、レイヤーをどんどん重ねて、上手くいくまで何回でも試せます。一方、アナログが起こす「偶然の成功」というものがあります。たとえば水彩で塗っていると、はみだしてもそれが味になったりするわけです。

―― まさに浦沢さんが出演している『漫勉』でも最近、カラー塗りの過程が重点を置いて紹介されるようになっていますよね。一発勝負の世界。

野口 あの緊張感や、偶然生まれるものの良さが、観た人に訴えかけるんです。

―― おそらく、今後その作業はAIに置き換えられてしまう。

野口 そうなんですよ。アンチデジタルの人はそこに引っかかっているわけです。「アナログの良さ」を全部なくすんじゃないかと。

―― 手描き背景については担い手不足も指摘されます。

野口 時間もないし、CGに頼らざるを得ないというのが現実ですね。仕方がないけれども、何とかしたいですね。

丸山 やはりデジタルの早い・便利ばかりに頼っているのを止めないと。アニメーションの本質は「コマ打ち」であり、機械的に計算しては絶対出てこないものなので。

次は海外生まれのクリエイターたちとアニメを作りたい

―― 文春オンラインの記事でも指摘しましたが、デジタル/アナログという論点だけではなくて、とにかくたくさん(テレビシリーズであれば年間200タイトル以上)作らないといけない現実があって、人手も足りないからデジタルに「頼らざるを得ない」。動仕も海外におおよそ8割も依存している。

 もし、数や納期といった制約がなければ上手くいく、ということになりますか?

丸山 上手くいく、というのが何を指すのか、にもよります。納期を守る、という意味ならそうでしょう。ただ、ぼくが作りたいものではないでしょうね。古い世代なので、そういう(デジタル主導で効率的に完成する)ものを作りたいとは思いません。

 早く安く量産して確率的に1000本に1本良いものがあるかもしれない、という業界だけれども、ぼくはもう少し確率が高い仕事をしたいわけです。1000本に1本なら、それはぼくがやる仕事じゃないなと。

 そうなったら、ぼくは未だ手描きアニメが盛んに作られているフランスに行ってやったほうが良いかな。そして同じCGを使った手法でも、中国で作られた作品などはもう日本よりはるかに上手いんです。

 中国で映像を作っている人たちは、たとえば「昔のマッドハウスの作品を観てアニメの世界に入った」と言うわけです。その頃は公式配信なんてなかったから、海賊版なのですが。そういう人たちが現在、デジタルで凄いアニメーションを作ってしまうんです。国の支援も充実していますしね。

 手描きの良さも再現しつつ、手描きではできないCG演出も目を見張るものがあります。デジタルだけ学んできた人にはああいう映像は作れません。じつは、すでに中国のクリエイターたちにも『PLUTO』には参加してもらっています。なかなか折り合いの付かないところもあって、こちらで直したりもしていますが(笑)

野口 得手不得手はあります。『PLUTO』には上手く入れ込められなくて、使えないカットも出てしまいました。

丸山 なんべんも一緒にやっていかないといけないね。でも、『これは敵わないぞ』と驚かされるものもたくさんありました。

―― 人口の多さや国の支援の充実はよく指摘されますが、日本のように、納期に追われてクオリティーが落ちてしまうという要因が少ないのかもしれません。

丸山 『自分たちはこういう作品を作りたいんだ』という気持ちで作っていると感じます。

―― 日本でも同様の環境があれば、本来の、中国などの海外クリエイターに負けない、「本家」としての力を発揮できるのでしょうか?

丸山 いやそれは違うと思います。(中国で支持されている)本家の作家はもう現役ではありません。絵コンテならやるけれど、チーム組んで……とまでは。

 海外の連中は学生時代に『これ良いな!』と思った彼らをお手本として、いま現役で取り組んでいます。先日も日本で頑張っているアメリカ出身のアニメーターに会いました。学生時代に『GHOST IN THE SHELL 攻殻機動隊』を観て日本に来て17年。今は、西新宿に事務所をつくってやってます。

 日本のアニメーションを日本人で作ることにこだわる必要なんてないんじゃないかとぼくは思っていて、そういう人たちを集めるために、名簿を作れないかと思っているんです。

―― 名簿。

丸山 日本のアニメーションが好きな、日本でアニメ作りの仕事をしている外国人を集めて、アニメを1本作りたい。日本人にはもうあまり頼れないなと。アメリカ、フランス、中国と台湾、韓国とかでチームを作る。

 デジタルが強くなって、女の子が綺麗な顔をして動いているだけで、感情をあんまり感じられない、可愛ければ良いでしょ、みたいなのは日本のアニメーターに全部任せて。

日本のアニメは崩壊している

―― 丸山さんがおっしゃると、なんというか「重い」ですね……。

丸山 まあ極論すると「日本のアニメは崩壊した」と思っているんですよ。デジタルによって、日本のアニメの一番良いところが失われてしまって、それを継いでいく人がいない。それを理解して、デジタルでも再現したいと思っている人が、果たして何人いるんだろうかと。恐らくほとんどいないでしょう。

 そして、デジタルを日本の手描きアニメーションに近づける努力、それから努力ができる環境、あるいはおカネを用意するという環境は(日本に)ありません。

 かつて虫プロなどではアニメーターを社員として雇い、養成していました。マッドハウスでも毎年3人のアニメーターを養成するということをやっていました。そこから原画に上がった人もいます。現在は、東映アニメーションなどごく少数を除き、将来を考えた養成をしている場所はないのです。

 これが「日本のアニメーションは崩壊した」とぼくが仮説を立てた理由です。

 そして、国のレベルでもそれ(養成が足りないこと)を「許している」。要するに、アニメーションの将来なんて考えている人は少ないんです。

 現状、小さなプロダクションは作画志望を集めるものの、安くて食えないから辞める人がいたり、もしくは給料に上手い人が描いて稼いだ分をプラスすることでなんとかやっています。

 そんな水準でやっとこさ生き残っているわけです。「すごく海外で儲かったから企業(プロダクション)にカネが下りてくる」なんて状況はないんですよ。「今が良ければ」でやっている。日本のアニメーションはそういうものなんです。

 業界全体をまったく見ていないから、むしろそれを考える中国などが先を行く。韓国にだってその可能性があるけれど、あそこはオリジナルを作る能力をサボっていて、どこかの下請けを上手くやることだけやっているから(難しい)。

 中国は自分たちのものを作りたい、こういうことをやりたいという人の数が膨れ上がっています。手描きだけで見ればまだまだなんですよ。でも宮崎駿さんに憧れて新海誠さんが好きだという、日本のアニメーションを好む若いアニメーターが成果を出してきています。

 中国で映画祭をやったとき、ぼくが声をかけた当時高校生の子がプロになって作ったフィルムも高いクオリティーです。

―― そういった「作りたいものを作るんだ」という若い担い手がいる、というのは、たとえばかつての東映動画でもあった光景ですよね。

丸山 かつてはね。もう日本ではそういうことはやらなくなっていて、わずかに作画プロダクション、たとえばスタジオ・ライブなど、動画プロダクションから良い原画家が生まれてくるといったことはありましたが、デジタル化が進んでそういう動きも鈍いのです。

動画の担い手が国内から失われていく

―― 文春オンラインの記事でコメントをもらったTRIGGERの舛本さんも、感覚値として動仕の8割は中国に出し、国内については特に重要なカットのみに絞り込まれているといったお話をされていました。すると、動仕のノウハウが国内から失われてしまう。

 また、丸山さんのおっしゃるように、動画プロダクションから才能が芽生えるという可能性も低くなってしまう。アニメの本質は動き=動画ですから、そこが危機というのは……。

野口 動画は大事です。海外も、もちろん腕の良い会社はあるんですが、ポンと放り込まれてコミュニケーションを取らないまま、つまり大事なポイントなどを理解されないまま、仕上げられてしまうこともあります。

―― 原画は脚本や絵コンテを読み込んで作画打ち合わせを綿密に……というプロセスを経ますが、動画、特に海外アウトソースのものはそういうわけにはいかない。単純に中割りできていれば良いでしょう、という感じになったりもする?

野口 中割やクリーンナップした線が、機械的に、それこそデジタルっぽく上げられてしまうということはありますね。

丸山 「1枚いくら」ですから、まさに安く・早く、生産性を追求するのです。時間通り、指示通りに仕上げてきます。でもぼくのように「時間に間に合わなくてもいいから、こだわりたい!」となると、どうしても折り合いがつかなくなってきちゃう(笑)

 かつてマッドハウス時代に日本では(納期的に)どうしようもなくなったとき、海外の動仕会社に頼んだことがあります。現地を訪れると、昼間は別の大手の仕事をして、夜こっそりマッドハウスの仕事をしていたりする。大手の人がそこにやってくると、みんな机の下に作業中のものを隠したりするんだ。

―― (笑)

丸山 彼らは「大手の仕事はとても良い」と言う。遅れれば、そのまま返しちゃえば向こうでなんとかしてくれる。ダメなものも向こうで直してくれる。

 一方、マッドハウスの仕事が面倒。ダメなものを送ると、リテイクで返ってくる、もしくは日本の人がやってきてその場で全部直さなければならなくなる。だから、マッドハウスはおカネにならないし、辛い、という話は何度もされました。

 ただ、それを10年辛抱したときに、その動仕会社の人たちがどんどん成長してくるんです。つまり、ダメなものを出して1枚いくら、じゃなくて「自分の仕事」としてやっているから。だから、件の動仕会社はその後、うち経由で有名国内スタジオの仕事を頼まれたりしています。

―― なるほど。でも本来は、同じことが海外の会社ではなく、日本の動仕会社で起こらないといけないわけですよね。

丸山 マッドハウスはそれができたんです。だからマッドハウスは赤字出してしまって、どっかに買ってもらうしかなくなっちゃうんだけどね。

 そんな実情があるのに、国レベルだと「アニメが海外で人気」などと言う。そこに関わる一部の企業が儲かっているだけで、決してアニメ業界全体が底上げされているわけではありません。

―― うーん……。もう、手遅れですか?

丸山 手遅れですね。完全に日本のアニメーションは崩壊したというのがぼくの結論です。

 デジタルに手描きの要素をどれだけ足せるか? それを突き詰める人がどれだけいるのか? そっちのほうがはるかに大事だと思うんですよ。いまから手描きに戻るなんて100%ないんですから。

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