中国のオタクカルチャーを担うビリビリ動画の投稿者が音をあげた厄介な理由
ASCII.jp / 2023年4月19日 12時0分
日本のサブカルチャーを色濃く受ける中国のビリビリ(ビリビリ動画)の雲行きが怪しい。ビリビリの中国での略称は「B站」。サイト名の由来はアニメやゲームにもなったライトノベルの「とある魔術の禁書目録」「とある科学の超電磁砲」のヒロインキャラ「御坂美琴」の愛称(「ビリビリ」)から来ている。
最近では中国発のアニメやゲームが人気になり、当初のラインアップとはだいぶ変わってきているが、それでも日本の新しいコンテンツが発表されると爆速でビリビリで勝手にアップされるなど、日本のコンテンツ愛好者からスタートした、オタクカルチャーの動画投稿空間の雰囲気は残されている。
ビリビリの人気配信者が動画のアップを休止すると発表 収益が減ったことが原因と語る
そんなビリビリ動画において著名な動画配信者が、ビリビリ動画で十分に稼げないことを理由に休止すると発表して話題になった。あくまで一部の配信者であって、全体の動向ではないが、連日分析記事が掲載されるほど関心が持たれている。
ビリビリからの動画配信による収益が減ったのがその理由と配信者は口をそろえる。では、ビリビリは不調なのかというと、実はそうではない。2022年の同サービスの月間アクティブユーザー数(MAU)は前年比25.9%増、ユーザーの1日の平均利用時間は46.7%増で、動画配信者への還元額も同18%増の91億元(約1780億円)となっている。
中国でもショートムービーが人気に ビリビリにおいてもショートムービーの割合が高まる
ただしこの数字の増加には裏がある。中国向けTikTokの「抖音(ドウイン)」をはじめとしたショートムービー人気を受けて、2021年に同社も縦画面のショートムービーに参入。その結果、再生数全体の20%以上を占めることとなった。配信数が大幅に増えたことで、配信者や各動画あたりの還元額が減少したのだ。著名な動画配信者はチームでやっていることもあり、チーム継続が難しくなったという。
ただ、「ビリビリは変わった。ではほかの動画サービスに引っ越しして稼ごう」とはいかない。中国にはもちろんほかにも競合サービスがあるが、中国の若者がアニメやゲームを少し深堀りしようとすれば、必ずビリビリに行き当たる。
ビリビリの初期は日本の動画の海賊版が多くアップされていたが(現在も多少はあるが)、今では日本のコンテンツをライセンスを受けて配信するようになった。中国のトレンドはモノ消費にしろコト消費にしろ、なにかと金がかかる。その一方で勉強が忙しく、あまり稼ぐ余裕がない学生は多い。なので、学生にとってビリビリでアニメやゲームを楽しむのは息抜きのひとつのスタイルであり、金銭的に余裕ができても、ビリビリの独特なオタクカルチャーベースの投稿コンテンツや雰囲気を求めてビリビリ好きの若者が集まる。ビリビリ好きの若者が集まる。日本はネットユーザーのYouTubeへの移行が進んでいるが、中国では他のサービスでは替えが利かないのだ。
好きで動画を配信していた層が疲れてしまったか ビリビリのオタクカルチャーも過去のものになる可能性
ビリビリの動画配信者は、最初は稼ぐことは二の次で好きなものを配信していた(これを「愛の発電」と呼んでいる)。証券会社のレポートでは「長期にわたる愛の発電は創作意欲が低下して動画が減る。ビリビリの多くの利用者がトップクラスの配信者の支持者であり、トップクラスの人が収入減少を原因に動画のアップを止めればビリビリの根幹を揺るがしてしまう(華福証券)」とあった。有名どころの面白くて個性的な配信者の熱意がなくなると、ビリビリ特有の雰囲気が失われていく危険があるわけだ。
ならばクリエイターに適正報酬を与えればいいが、昨今の中国の動画にまつわる環境ではなかなか難しい。ビリビリにおいて、動画で報酬を得る方法は大きく2種類ある。1つはビュー数に応じたビリビリのプラットフォームからの報酬で、これはトップクラスの配信者から興味本位の人まですべてが対象になる。もう1つが配信者が企業などの広告主と直接提携するというものだ。プロの配信者にとってメインの収入となるのが後者であり、前者の占める割合は実はさほど大きくない。
広告主との直接提携だが、企業側は相対的にビリビリに期待していない。ビリビリはあまりお金を持たない都市部の学生層が多く、おまけに最近では金をかけないで楽しもうという傾向が強まっている。また、中国の全般的な傾向だがスマートフォンなどのデジタル製品から化粧品まで、男女問わずに様々なジャンルでブランドへの忠誠心が低い。刹那的にキラキラと華やかな広告を出すなら、クセのあるビリビリのインフルエンサーと提携するより、ショートムービーの抖音(ドウイン)とか、中国版インスタグラムと呼ばれる「小紅書(RED)」のほうが費用対効果(ROI)があって都合がいいわけだ。
配信者にとって頭が痛いのは、ショートムービーの波がやってきた上に、コンテンツ生成系AIも台頭してきた。直接競合することはなくてもプラットフォームの売上は、元来の配信者によるコンテンツとAI生成コンテンツを使った配信者と均等に配分される。ビリビリへの「愛の発電」が極端に減った先には配信者が音をあげ、ビリビリの持つオタクカルチャーは中国のインターネット史における懐かしい過去になっていくかもしれない。
山谷剛史(やまやたけし)
フリーランスライター。中国などアジア地域を中心とした海外IT事情に強い。統計に頼らず現地人の目線で取材する手法で、一般ユーザーにもわかりやすいルポが好評。書籍では「中国のインターネット史 ワールドワイドウェブからの独立」、「中国のITは新型コロナウイルスにどのように反撃したのか? 中国式災害対策技術読本」(星海社新書)、「中国S級B級論 発展途上と最先端が混在する国」(さくら舎)などを執筆。最新著作は「移民時代の異国飯」(星海社新書、Amazon.co.jpへのリンク)
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