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アップルへの「アプリストア開放義務づけ」はなにをもたらすのか

ASCII.jp / 2023年6月2日 17時0分

 ITプラットフォーマーの校正競争について、各国で議論が巻き起こっている。日本も例外ではない。以前から内閣官房・デジタル市場競争本部で検討が進められてきた。そんな中、6月2日、読売新聞が「アプリストア開放義務づけへ」とする記事を公開した。記事によれば、デジタル市場競争本部での検討は6月中に最終報告がまとまり、それを元に、2024年通常国会での法案提出を目指すとしている。

 これはどのような結果をもたらすのか? 少し考察してみよう。

「アプリストア解放議論」とはなにか

 ITプラットフォーマー、特にスマートフォン上のアプリストアについては「寡占である」との声が大きい。Androidでは「Google Play」が、iOSでは「AppStore」があり、シェアのほとんどをこの2社が独占している。

内閣官房デジタル市場競争本部事務局による説明資料「モバイル・エコシステムに間する競争評価 中間報告」及び「新たな顧客接点(ボイスアシスタント及びウェアラブル)に間する競争評価 中間報告」より

 特にアップルについては、アップルがAppStore以外のアプリストアを認めていないこと、また同時に、アプリストアの審査を経ないでアプリをインストールする「サイドローディング」を認めていないことから、「閉鎖的である」との批判があった。

 特にこのことは、アプリからの売り上げに対する「手数料」問題につながる。現状、アプリからの売り上げが多い企業の場合、アプリストア決済の手数料は販売金額の30%。取扱金額が低ければ手数料比率は15%に下がるものの、「30%」について競争が起きていない、との指摘はある。また、審査基準が画一的であり、国による文化の違いへの配慮が弱く「欧米的価値観を強制される」との指摘もある。

 そこで出てくるのが「アプリストア開放義務づけ」だ。アプリストアが寡占でないなら、手数料の安さを打ち出すところが出てくる可能性があるし、審査基準の多様化にもつながる。

「セキュリティ」の担保が最大の懸念

 いいことばかりのようにも見えるが、課題も同時に存在する。一番の課題が「セキュリティ」だ。

 現状、政府が考えている「アプリストア解放」の形がどうなるか、記事だけでは明快になっていない。過去のデジタル市場競争本部の議論から考えると、方向性は2つある。

 1つは「サイドローディングを認める」こと。完全に審査のない状態でアプリを配布し、ダウンロードするだけでスマートフォンから使えるようにするものだ。これはかなり問題が大きい。同じように審査なしでソフトが配布されているPCでは、マルウェアが広がっている。スマホをマルウェアから守るには、やはり審査はある程度必要だ。

 ただ、記事からはもう1つの選択肢であるような印象を受けている。それは「他社が運営するアプリストアのインストールを認めさせる」というものだ。

 審査をゼロにするのではなく、AppStore以外のストアも認め、そのことによって「別々の方針で運営されるアプリストア同士が競合状態を作る」という形だ。読売新聞の記事には「新たな規制では、アプリストアに他の企業が参入できるようにする」との文言があり、どうもこちらである可能性が高い。

 事実、デジタル市場競争本部の非公開会合では、携帯電話事業者などにアプリストアへの参入余地を認める検討がなされているので、その点を考えても可能性は高い。

 だが、こちらにも実効性の面での疑問はある。Androidでは複数のアプリストアが併存しているが、競争はほとんど起きていない。それどころか、収益面・利用量の面でGoogle Playに競合するアプリストアは存在できていない。そのくらい難しいビジネスなのだ。

 フィーチャーフォン時代のように、携帯電話事業者が決済の窓口になる仕組みを復活させるなら、この方向しかなかろう。だがそうなると今度は、体力の弱いMVNOが一方的に不利な状況になる。「公正競争」という面では、別の課題が生まれることになる。

「アプリストアの解放」より「決済の解放」が本質

 そもそも、問題の本質はなんなのだろうか? 「アプリストアの手数料30%が問題」と言われるが、これも「場合による」。

 販売顧客の管理やカード会社と折衝する体力のない小規模事業者が、世界にアプリを売る市場と考えると、30%はそこまで暴利なわけではない。そもそも、それら小さな規模の事業者は手数料比率がもっと低いわけで、30%を悪者にするのはちょっと違う。ゲーム機や電子書籍プラットフォームでも、30%を1つの目安とするビジネスが実施されているのだが、それをアプリストアと比較する声はない。

内閣官房デジタル市場競争本部のモバイル・エコシステムに関する競争評価・中間報告に対するアップルのコメントより

 ただ、アプリ内決済などをする場合に、「アプリストアでの決済以外を使うともっと安くできる」と考えている企業は相当数いると思う。ならば、「アプリストアの解放」ではなく「決済の解放」が最優先課題ではないか。アップルやGoogleのアプリストアを使ったとしても、決済は別口で行えるように解放することができれば、アプリストアによる審査の問題を課題とする人は減るのではないか。

 また、ウェブアプリを活発に使えるよう、自社製ウェブブラウザーの強制を止めさせることも重要だ。

 産業としてなにが優先で、なにが重要なのか。冷静に判断すると、また別の落とし所が出てくるだろう。そして、「解放されたが結局競争は起きなかった」という状況にならないよう監視することこそ、重要な話かと思う。

 政府が「ビッグテック掣肘論」で凝り固まらず、本当の利益と自由を守る発想で交渉することを望みたい。

 

筆者紹介――西田 宗千佳

 1971年福井県生まれ。フリージャーナリスト。得意ジャンルは、パソコン・デジタルAV・家電、そしてネットワーク関連など「電気かデータが流れるもの全般」。主に取材記事と個人向け解説記事を担当。朝日新聞、読売新聞、アエラ、週刊東洋経済、AVWatch、マイコミジャーナルなどに寄稿するほか、テレビ番組・雑誌などの監修も手がける。近著に、「ソニーとアップル」(朝日新聞出版)、「ソニー復興の劇薬 SAPプロジェクトの苦闘」(KADOKAWA)、新著「メタバース×ビジネス革命」(SBクリエイティブ)などがある。

 

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