体験してわかったアップルの「空間コンピュータ」Vision Proの未来(西田宗千佳)
ASCII.jp / 2023年6月8日 7時30分
アップルが発表した「Apple Vision Pro」は「すごい」と言われる。
ではどこがすごいのか? 現地で体験してきた筆者が解説してみよう。そこには実にアップルらしいやり方・工夫がたくさんあった。
なお、実機体験取材では撮影などが認められなかったので、以下では基調講演での説明とは別に実施された、実機撮影セッションでの写真を利用している。
空間コンピュータとはなにか
アップルはVision Proを「空間コンピュータ」と呼んでいる。理由はシンプル。ゲームをするのでも、コミュニケーションを楽しむのでもなく、「いろんなこと」をするためのツールを作っただからだ。形状で見れば、Vision Proは既存のxRデバイスと大差ない。
ディスプレーの映像を拡大して視野を覆い、周囲の状況を認識して映像の表示位置や明るさなどを変える。宇宙ステーションの中に机が表示されて、そこからアプリを起動するのがxRデバイスならば、Vision Proは「目の前にあって、今自分が見ている風景」を取り込み、その上にアプリを並べる、という手法だ。
違いは「仮想空間の中で活動する」か「現実空間と連携しながら活動するか」という点だけだ。
完全に視界を覆い、別の世界に没入するのも悪くない。ゲームやいわゆるメタバースと呼ばれるコミュニケーション・ワールドなら、そうした使い方もアリだと思う。
一方で、狙いが「世の中にあるディスプレーをもっと良いものに変革する」ことだとしたらどうだろう?
多画面にするにはPCディスプレーが複数置けるスペースが必要だし、ホームシアターを作るならもっと大きい空間が必要。ドラマかスポーツかでサイズを変えることはできないし、仕事のないように合わせてディスプレーの配置や大きさを変えるのも困難だ。
3D映画はあるし、写真も3D化できる。なのにそれを見るディスプレーは、スマホやテレビの平面の上だ。だとするならば、ARの方法論を使って空間全体を情報の表示領域として使い、もっと生活を楽しめるようにできないか?
それが「空間コンピュータ」だ。
VRやARの言い換えではあるが、より「UIとディスプレーを変化させたコンピューター」と考えることで、製品の特性をはっきりさせた……ということができるだろう。
なぜなら、アップルはMetaと違って、SNSも不特定多数向けのコミュニケーションサービスも持っていない。Metaは自分たちのサービス軸の1つとしてコミュニケーション・ワールド(=メタバース)を打ち出すのは必然だが、アップルは、iPhoneにしろiPadにしろMacにしろ、結局「コンピューター」の会社なのだ。
「かけて普通に過ごせる」ことの衝撃
じゃあ、具体的にどんなところがすごい体験なのか? 一番すごいのは「普通」であることかもしれない。空間にディスプレーやオブジェクトを配置するには、2つのアプローチがある。
光が透過するディスプレーにCGを表示して実景に重ね合わせる「光学シースルー」と、ビデオカメラで自分の視界の映像を取得し、そこにCGを重ねる「ビデオシースルー」だ。
両者はコストや安全性で棲み分けてきたのだが、課題がそれぞれ存在する。
光学シースルーはディスプレー部の視野を広げづらく、「視野の真ん中に穴があって、そこにだけCGが重なる」イメージになりやすい。
ビデオシースルーは視界を覆って全体にCGを重ねる形にしやすいが、肉眼で見ている実世界に比べ解像度が下がったり、立体感が歪んだり、手元が見えづらくなったりしやすい。
要はどっちも自然な感じではないのだ。特に、数万円のコンシューマ向け製品では、どうしても制約が出る。だが、Vision Proはそうではない。以下の画像は、基調講演で解説に使われていたものだ。現実の部屋にアイコンやアプリ、映像などが配置されている。
ARなどに興味がある人なら、似た映像は見たことがあるはずだ。「ふんふん、またイメージ映像ね」そう思うだろう。だが今回は違う。実際に体験したものは、この画像と「ほとんど同じ」だった。
ちょっと目を閉じて考えてみてほしい。今、あなたがいる空間が、上記の写真と同じようになったらどうだろう? それが本当にできていたのが、Vision Proの最大の特徴だ。
これまでにあった発想、これまでにあった見せ方を、現在考えうる最高のクオリティで「イメージ通りの形」で、製品として使えるものにしてきたことが、Vision Proが「すごい」「やばい」と言われる理由なのだ。
空間に浮かんだCGを操作する世界は、もうSFの中のものではない。
制約を補うだけの「普通さが実現する未来」
もちろん制約はある。色は現実より少し浅めに感じたし、解像度も「肉眼と全く同じ」とは言えない。
鼻の周囲には若干の隙間があるし、視野(FoV)も、視界全体を完全に覆うほどではない。ゲーム向けのVRデバイスでは100度から120度が中心で、これだとほぼ「現実から切り離された世界」に行けるのだが、それよりは少し狭い。FoVは90度くらいだという。
ただ、だからダメか、というとそんなことはない。そもそも他より圧倒的に画質が高いので、発色や解像度の話は粗探しレベルだ。過去のものは、ビデオシースルーだと立体感や画角にズレが発生しやすく、「肉眼で見ているもの」とは違っていた。だから、被ったまま歩くと違和感を感じたり、転んだりしやすかった。
しかしVision Proは本当に「肉眼で見たまま」なので、歩いても不安はないし、冷蔵庫の中からビールをとるのも、同僚からカードを受け取るのも、肉眼の時と同じ感覚でできる。100%どんな時も肉眼と差がないのか、と問われるとわからないが、少なくとも30分以上の体験中、違和感を感じたシーンは一瞬もなかった。
視野についてはソフト的にうまく「誤魔化し」がされていて、使っているうちに気にならなくなっていく。要は視野の端を少し暗くし、首の移動に合わせて暗い部分もちゃんと動かすことで、見えていない場所にも画像が続いている「感じがする」作りになっているのだ。
頭に1ポンド程度(約453g)を載せているのは多少負担があるし、目のスイートスポットからずれないようにつけ続けるのは相応の慣れも必要かと思う。そしてもちろん、3499ドル(約50万円)というのは圧倒的に高価だ。
だが、それを補うだけの「普通さが実現する未来」がそこにある。
まずはiOS/iPadOSアプリから。最終的には「空間アプリ」へ
普通に使える「空間ディスプレー」なのはわかった。重要なのは「コンピューターとしてどれだけ使えるか」だ。デモでは多くのアプリが体験できた。ここもおおむね問題なさそうだ。
Vision ProはiOS/iPadOSのアーキテクチャを核に作られたコンピューターなので、それらの機器向けのアプリはそのまま動く。
また、Microsoft OfficeやZoomなどは、Vision Pro専用のネイティブ・アプリケーション開発がすでに進んでいるという。
そもそもMacのディスプレーとしても使えるので、「アプリが足りない」と思うことはなさそうに思える。
もちろん、最終的に必要なのは、空間をうまく活かすネイティブアプリケーションだろう。「空間に浮かぶディスプレー」から「空間を活かすアプリ」に広がり、最後には「立体的に空間を使う世界」になっていく。
発売まで半年以上あるにも関わらず、Vision ProがWWDCという「開発者会議」で発表になったのは、開発者のサポートを得ることが目的だ。
実際にVision Proを体験したデベロッパーは、きっと何かを作りたくなるだろう。筆者はそう考えている。逆に、体験も含めて「いかにデベロッパーの想像力と好奇心を刺激するか」が、Vision Proにとってまず必要になることなのかもしれない。
筆者紹介――西田 宗千佳
1971年福井県生まれ。フリージャーナリスト。得意ジャンルは、パソコン・デジタルAV・家電、そしてネットワーク関連など「電気かデータが流れるもの全般」。主に取材記事と個人向け解説記事を担当。朝日新聞、読売新聞、アエラ、週刊東洋経済、AVWatch、マイコミジャーナルなどに寄稿するほか、テレビ番組・雑誌などの監修も手がける。近著に、「ソニーとアップル」(朝日新聞出版)、「ソニー復興の劇薬 SAPプロジェクトの苦闘」(KADOKAWA)、新著「メタバース×ビジネス革命」(SBクリエイティブ)などがある。
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