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『水星の魔女』はなぜエポックな作品なのか?

ASCII.jp / 2023年6月17日 15時0分

アニメ・特撮研究家の氷川竜介さんをお迎えして、ガンダムシリーズ最新作『機動戦士ガンダム 水星の魔女』を語る前後編。ファーストガンダムでは「中の人」として関わった経験を持つ氷川さんは、SNSでのバズが途切れない新しいタイプのガンダムをどのように捉えているのでしょうか

後編はこちら

ここまで皆が一喜一憂するガンダムは初めてかも

まつもと 今回は「氷川竜介さんと語る『水星の魔女』」ということでお話をうかがっていきたいと思います。氷川さんよろしくお願いします。

氷川 はい、よろしくお願いいたします。

まつもと 今日のお品書きは下記の通りです。さっそく1つ目のコーナーに参りたいと思います。「『水星の魔女』はなぜエポックな作品なのか?」。

 バンダイだけどエポックなのはさておき……氷川さんと私はFacebookでつながっているのですが、先日『水星の魔女』について氷川さんが、「まるで初孫が産まれたような不思議な感覚だ」というようなことを書いていらっしゃって。

 氷川さんと言えば『機動戦士ガンダム』(1979年)の頃からずっと「中の人」ですから、今回あらためて『水星の魔女』をどのように捉えているのか、おうかがいしたいなと。

氷川 『水星の魔女』は主に物語を追っていたのですが、『(SNSなどで)盛り上がっている人たちを見ているほうが楽しいかも?』と気付いてからほどなくして大騒ぎに……。

 僕はそこまでアンテナを全方位に広げているわけではありませんので、すでにアイドルアニメなどでも起きている現象かもしれませんが、少なくともガンダムでこんなにみんなが一喜一憂する現象ってついぞありませんでした。

 『機動戦士ガンダムSEED』(2002年)放送時にSNSがあれば賑やかになっていたかもしれませんが。オリジナルでは、強いて言えば『魔法少女まどか☆マギカ』(2011年)以来でしょうか。

まつもと 「初孫」という言葉も印象的でした。

氷川 僕は2024年で65歳になります。もう立派な高齢者なので「初孫」と表現しました。浅沼さん(株式会社バンダイナムコフィルムワークス 代表取締役社長 浅沼誠氏)も「いいね!」を押してくれましたね(笑)

 補足すると、僕はまどマギの放送年にちょうどメディア芸術祭の審査員をやっていて、まどマギを大賞に推したのですが、その際に「オリジナルというのは先が読めないことが最大の価値である」ということを大きくアピールしました。原作付きだとどうしても原作の範囲から出にくいのですが、(オリジナルは)一瞬一瞬に驚きがあるんです。

 大河内一楼さん(『水星の魔女』シリーズ構成・脚本)も、「みんなに1話ずつ驚いてほしい」と言ってましたね。

 配信時代になったことで「1クール分を一気に見られる」ことが海外のスタンダードになっていますが、ガンダムはもともと毎週放送のTVアニメです。特にファーストガンダムは、たとえば第2話と第3話、第3話と第4話のあいだの描写されていない劇中時間に『あれっ、アムロの身に何か起きた?』と思わせる描写が結構多かったんです。あの空いている時間含めて作品だったりもしたので。

まるで「来週の俺が考える」方式で作られているかのよう

まつもと 大河内さんは、そこをだいぶ意識されていたりするのでしょうか?

氷川 大河内さんは『OVERMANキングゲイナー』(2002年)の脚本を務めた際、富野監督の横に席をもらったのですが、富野さんにいろんな人が「これどうですか?」と持ってくるものに対しての反応を間近で見ながら、「富野さんはどんなジャッジメントをするのか?」を吸収した人です。

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まつもと 『水星の魔女』にはかなりそれが活かされている感がありますね。

氷川 その経験の一番最初の発露が『コードギアス 反逆のルルーシュ』(2006年)で、「来週の俺が考えます」と自分に無茶振りしたという逸話があります(笑) 後日、飲み会の席で聞いたら、「すいません、ちょっとツッパって言ったんだと思います。さすがにそこまでじゃないです」と言ってましたが……。

 とは言え、「来週の俺が考えます」方式で常に作っていると言われても信じてしまうようなノリですよね、『水星の魔女』は。毎週みなさんがリアルタイムで一喜一憂できて、しかもメインどころに限らずいろんなキャラをいじっているじゃないですか。

 なので、コードギアス、まどマギ、『水星の魔女』は結構つながっている感じがしているんですよ。オリジナルってリアルタイムでさまざまな試みができるので、みんなもっとやればいいのに(笑)

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まつもと これまでのガンダムに比べて、キャラ推しの部分が相当強い。サブキャラも含めて思い入れが発生するよう作られている。

氷川 (サブキャラも)短い出番の割に掴みが早いところも優れているし、ある意味でファースト回帰っぽい。ただ、ファーストを真似しているというよりは、今のお客さん向けに踏み込んでいる、と言うべきでしょうか。

 ガンダムや『宇宙戦艦ヤマト』(1974年)は何がエポックだったかと言えば、作品の中身もさることながら、送り手と受け手が急接近していたことだと自分は思っています。

 送り手の考えていることを、受け手が何倍かにして打ち返す。それをさらに送り手も打ち返して……と循環していく。あいだにメディアは入ってますが。お互いが懐に入ってきたときに割と奇跡的なことが起きる。『新世紀エヴァンゲリオン』(1995年)もそうかもしれませんね。

 そういうことが起きた理由を探る際、作品の内実を掘られることが多いのだけれど、自分は(キャラの)関係性にあると思っています。関係性が重要視される、これって今の時代の新しいかたち/スタイルですよね。

 だいたい50年でコンドラチェフの波が来てダメになってしまう、というのが何事も定番ですが、ガンダムシリーズは44年間、その時々のスタイルを取り入れつつ、商売もちゃんとやっている。ロボットを出して「ちゃんと『ガンダム』でしょ?」みたいなアリバイも抜かりなくて感心しますよ。

間違った使われ方をしている「世界観」という言葉

まつもと 氷川さんに今日お越しいただいた理由は『水星の魔女』のほかにもう1つありまして。じつは氷川さんの最新刊が発売されていて、しかも大変勉強になる内容だという話なのです。

氷川 新書は初めてですね。

まつもと まずタイトルが『日本アニメの革新 歴史と転換点となった変化の構造分析』ということで、先ほどから氷川さんにお話いただいている、「変化」を掘り下げていく本になっています。特にポイントとしては下記の3つですね。

・従来バラバラに論じられてきた歴史的指標を「転換点」と再定義する ・「転換点」の「以前以後」で何が起きたのか、その「革新」を具体化する ・「転換点」を単独のものではなく「結節点」としてとらえ、「連鎖」を発見する

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まつもと まどマギや『水星の魔女』に連なるいくつかの連鎖があるというのが、まさにそういうお話かなと思って聞いていました。この本も書かれた上で『水星の魔女』をどんな風に捉えられているのかなというのが、興味深いです。

氷川 今言われたことは前書きにも記しましたが、『水星の魔女』にもたぶん適用できることです。基本的には、転換点とは「ルール変更」だと思っています。それにはある種の下剋上的な関係が必ず伴うわけです。

 本のなかでは特に1980年代の話をしていますが、おもちゃメーカー自身がOVAというかたちでビデオビジネスを始める。それから出版社の徳間書店が『風の谷のナウシカ』(1984年)という映画を作ってビジネスを始めるのもほぼ同時期です。

 つまり、それまで版権を下ろしてもらっている立場だった人たちが一次発信者になるという発想の転換が共通しています。

 こういった変化がじつは連綿とつながっているのでは? ということが1つです。あともう1つが、アニメってキャラクターと物語ばかり言及されますが、日本のアニメで一番大事なことは、“人が世界をどのように見ているか?”ということを、きちんといろんな手法で描いていること――世界観主義とこの本では呼んでいますが――にポイントがあるのではないかということ。

 現在、「世界観」という言葉がすごく杜撰、と言ってしまうと申し訳ないのですが、便利な言葉として使われてしまっています。たとえば「この世界ではナントカ魔法が使えてナントカ魔導士がナントカ……」というものが世界観だと思っている人が多い。でも、それは違いますよ、と。

 あくまでも、フィルムメイキングの技術を使って「世界は個人からどのように見えているのか?」を結晶化したものです。その伝わり方にエポックがいくつかあり、あらためて再定義していくと1本の線で結ばれるのでは……というのが新著全体の主張ですね。とは言え、『水星の魔女』とはあまり結びつかないのですが(笑)

 でも、そういう風に『水星の魔女』は作られていますよね。ガンダムを良いモノと思っている人と、悪いモノと思っている人がいる……これも世界観のぶつかりみたいなものですから。

氷川竜介さんの新著『日本アニメの革新 歴史の転換点となった変化の構造分析』(角川新書)は絶賛発売中

まつもと これまでのシリーズでは「ガンダムこそ善である」という描かれ方をしていたところを、『水星の魔女』ではプロローグから「ガンダムこそが悪である」と強調していく。

氷川 ガンダムって、なんだかんだ言ってもテレビまんがの末裔ですからね。『マジンガーZ』(1972年)や『仮面ライダー』(1971年)なども含む勧善懲悪ものが栄えていた1970年代の作品ですから。ファーストガンダムもまだ半分そっち側なんです。

まつもと その部分が肥大化したようなガンダムシリーズもありつつ、今回はそれをひっくり返しますよ、と宣言している。

氷川 呪いだと言っていますからね。

まつもと 呪いという言葉にもいろんな意味がたぶん込められていると思うんですけれど。見返してみると、いったんひっくり返して新しいものをやるよという宣言なのかな。

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サンライズは「頭のネジが外れた学園もの」が得意!?

氷川 『水星の魔女』で新しくガンダムに付け加えられた世界観は「学園もの」ですよね。しかもただの学園ではない。

 ちょっと露悪的な言い方をすると、サンライズって頭のネジが外れた学園ものが得意なんです。『舞-HiME』(2004年)あたりから始まり、敵が転校してくるコードギアスもそうだし、『ラブライブ!』(2013年)もその仲間と言えそう。

まつもと そこと新しいガンダムをくっつけちゃいますか、という驚きは確かにありましたね。

氷川 そうなんですよ。一時期は学園ものが多過ぎて、私は机が並んでいる背景を見るのも嫌になってましたが(笑)

まつもと 『水星の魔女』の場合も、ありきたりの学園ものではなく対立構造が持ち込まれています。会社まで作っちゃいましたからね。

氷川 『どこ行くの、この話?』と。別に毎回、決闘方向でやっても1クール保つわけですよ、普通に考えれば。みんなが挙げていた『少女革命ウテナ』(1997年)はそれで3クールやってましたからね。にもかかわらず、『水星の魔女』は重層的にこれでもかとさまざまな要素を積み上げている。

「バズらせる」ことへの徹底

まつもと 会社を作る第7話「シャル・ウィ・ガンダム?」の回とか顕著ですけれど、私はSNSでの盛り上がりに注目しています。表まで作っちゃいました。プロローグから13話にかけて、フォロワーがどんどん増えています。

 しかも、マメだなと言うか『すごいな!』と思ったのは、公式アカウントが「フォロワー数20万人達成しました」とかレポートしてくれるんですよ。Twitterのフォロワー数の推移って、他者アカウントは意外と追えないんですよね。これは有料サービスに申し込まないとダメかなと思っていたら、ほかならぬ公式がツイートしてくれていたという……。

氷川 7話は、あのプレゼンがしっかりしていて感心しました(笑)

まつもと 次の回に登場した会社設立後のTodoまできちんとしている(笑) 私もベンチャーの立ち上げに関わったことがあるので、必要な事項がちゃんと入っているなあと。

氷川 先ほどは「頭のネジが外れた」とか失礼なことを言いましたが、おかしさを貫くためにほかのことは全部マジメにやるという、日本アニメの伝統に沿っているんですよね。

まつもと ですね。そしてここから氷川さんのご意見をいただきたいのですが……従来の物語としての見せ場はもちろんありますと。しかし、それらとは別に、明らかに「SNSでこれバズるよね」という部分が毎話必ず2~3個用意されています。これは新しいのでしょうか? 他作品でもたぶん実行されているようにも思いますが。

氷川 やっていると思いますよ。ただ、『水星の魔女』は上手いんですよ。

まつもと そして徹底している。何が徹底しているかというと、Twitterを追いかけていた立場としては、放送後に「ここ面白かったですよね?」と公式アカウントが提示してくるんですよね。象徴的だったのが、会社設立のPR動画。

 公式がすぐにTwitterで公開して、YouTubeにもその部分だけを投稿してすぐに再生数が数十万回に達する。これには相応の事前準備が必要でしょう。

氷川 本当に用意周到ですよね。

まつもと そのあたりもエポックと言いますか、新しいなと感じているんですよね。

氷川 そこは確実にエポックですよ。冒頭でまどマギを引き合いに出しましたが、まどマギは失敗している、と言うと失礼だけれど間に合わなかったんです。みんなグッズが欲しくなるのだけれども、あそこまでヒットするとは思っていなかったので、そもそも作っていないという。

 もちろん人気が安定しても売れはしますが、過熱しているピークのときは入れ食い状態になりますからね。その後、『おそ松さん』(2015年)くらいからかな、妙に早くなったんですよ。バズっているときにガサッとグッズも出てきて『なんでこんな早くなったの?』と。

 それが今回は過熱しているときにグッズどころかスナック菓子まであるんですよ? おかしいじゃないですか(笑)

まつもと ヤマザキビスケットの「エアリアル」ですね。フレッシュトマト味とかネタになりましたね。

 そしてプラモに至っては効果的に発売してはいますが、品切れ続出。私が勤めている大学でも、学生たちから「『水星の魔女』のガンプラが手に入らない」という声を聞いています。逆に言うと、それだけ欲しがっている人が多いということですよね。

 そして、くすぐる仕組みといいますか、Twitterをやっていると嫌でも目に入ってくるんですよ。『水星の魔女』のハッシュタグを辿っていると、「プラモデルさっそく組み立てました」とか「あのシーンを再現しました」というのが、もう本当に1日も経たないうちにボコボコ出てきますから、気にはなってしまいますよね。

氷川 昔と比べてプラモデルの開発が前倒しになっていますよね。

まつもと ガンダムのデザインは好き嫌いが分かれているようですが、若い人は気に入っていますよね、エアリアル。

氷川 そうですね。やっぱり、自分たちに向けた感はどこかにあるんじゃないのかなぁ。

まつもと 大学で歩いていたら、廊下で学生から「先生、『水星の魔女』見ましたか?」と何回も声をかけられました。印象的だったのは「ガンダム見ましたか?」じゃなくて「『水星の魔女』見ましたか?」。

氷川 そうなんですよ、「新しいガンダム見ましたか?」ではない。これは自分たちのものにしているということでしょう。ありがたいことだと思います。こういった反応は、近年感じたことがありません。

まつもと それでいて、端々に富野イズムを感じさせる。

氷川 富野さんが考えたのかというようなサブタイトルがズラリと並びますからね。

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