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『水星の魔女』はイノベーションのジレンマに勝利したアニメだ

ASCII.jp / 2023年6月18日 15時0分

ファーストガンダムは、ロボットアニメの常識に挑戦したイノベーターだった。『水星の魔女』はファーストの意志を継いだ、イノベーションにあふれた作品である!

前編はこちら

じつは鬼滅がコンプライアンスに変化をもたらしている?

まつもと 後編は、大きな反響があった第12話Cパートの話題から参りましょう。

氷川 この対談前、2人でひどいこと言ってましたよね(笑) 「みんな『伝説巨神イデオン』(1980年)を見てないからビックリするんだ。イデオンでは何回あんなシーンがあったことか」って。

まつもと Twitterの反応を見ていても、富野さんや『イデオン』の洗礼は浴びていない人が多いなと感じました。

氷川 ここ数年、アメリカのヒーロー映画も含めて、コンプライアンスという枷がありますよね。

 だから、僕が特撮の授業でエレキングの首が飛ぶシーンを見せたらレポートに、「先生、コンプライアンスはどうなっていたんですか?」って。そんな言葉はないです、50年前の特撮だよ、と。でも今はそういう時代なんですよね。

まつもと 『ゴールデンカムイ』(2018年)の第1話を大学の授業で見せたら、「こんな残酷なもの、続きが見られません」みたいなコメントもあってビックリしました。

氷川 一方で、TRIGUNはすごい血しぶきアニメになっていたりするし……(『TRIGUN STAMPEDE』2023年)。

まつもと そうなんですよね。ちょっと不思議な感覚があって。これは別に場を設けて話したほうが良いのかもしれませんが。

氷川 「テレビコードが変わったの?」みたいな感じが。

まつもと 『鬼滅の刃』(2019年)にしても……。

氷川 ああそうか、鬼滅が変えたのか。

まつもと そこは“変えた”という解釈でもアリかもしれませんね。事実関係を確認しないといけませんが、無限列車編もかなりきわどいと言いますか……。

氷川 あんなに血が飛ぶ映画が興収稼ぐのはちょっと変と言えば変なんですよね。変って言うのも失礼だな。前代未聞。やっぱり転換点ですね。

まつもと それを言うと『水星の魔女』の第12話Cパートは本当にビックリしました。それまでの展開からあそこまでやるかという驚きがあったと同時に『あっ、なんか、これは富野さんの匂いを感じる』とか『僕たちのガンダムが帰ってきた!』というか(笑)

 おじさんたちからするとうれしい瞬間でもあり、そこからまたTwitterを見るのが楽しくなっちゃう。「阿鼻叫喚」がトレンドワードになったりもしました。

Twitterトレンドに「阿鼻叫喚」のワードが登場

視聴者がSNSで勝手に盛り上げてくれることを信じた脚本

氷川 富野アニメと一番違うことは、あれから3ヵ月待たなければいけなかったことですね(笑)

まつもと 確かにそれは新しい感覚ですね……! 先ほど、ファーストガンダムの時代から「1週間空く」ということが視聴者との関係性において重要だとおっしゃっていました。今はその1週間が空白にならずSNSで情報が膨らんでいくわけですよね。

 その膨らみをこれだけのボリュームで可視化させた作品という意味で間違いなくエポック――もちろんアニメで初めてというわけではありませんが――だったなと思います。

氷川 やっぱりお客さんの参加を前提にしていますよね。『お客さんが膨らませてくれるだろう』という信頼があるからですよね、ガンダムという作品には。

まつもと それを明らかにこれまでとは異なる視聴者層をターゲットにしても信じることができたというのは、大河内さんのこれまでの作品の経験が活きていると考えてよろしいでしょうか。ご本人に聞いてみないとわからないところもありますけれど。

氷川 キングゲイナー、コードギアス、あと『プラネテス』(2003年)なども効いているのでは。大河内さんのキャリアでは古いものばかりで申し訳ないですが。当時、自分も仕事で付き合っていて、『ああ、こんな風に“人と物語との関係性”を追いかける時代がきたんだなあ』と思いました。

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まつもと 『水星の魔女』もキャラクター同士の関係性はかなり複雑です。そもそもガンダムはファーストから『Gのレコンギスタ』(2014年)に至るまで複雑に描かれますが、『水星の魔女』も複雑ではあるものの、物語のなかではそれを“シンプルに見える”よう表現しています。

 その一方で制作側は、『物語が好きになった人は自分で人物関係図も書いてTwitterにアップしてくれるだろう』とか、『YouTubeで色んな解説も加えてくれるはずだ』という信頼感を持っているのかもしれませんね。

氷川 それこそ富野監督が『映像の原則』というご自身の手の内を明かす本で言っているのは、“人間は変化が大好きで、変化するものから目が離せない。それはミニマムな映像もそうだし、キャラの関係性もそう。だから、変わっていくものということに対して、それをどういう風に物語に持ち込んでいくのかというのがドラマの鉄則”だと。

 だからそこは、基本に忠実でもあり、とは言え割とキャラクターに「設定やお話の構成で決まっているから」といった制作上の都合以外のものを求め始めている。時代性を反映している気がしますね。特に主役の2人(スレッタとミオリネ)は、出会いからしてめちゃくちゃ、しかも1話のなかですら関係性が変化していきます。

まつもと 関係性もそうですし、第11話であれだけドラマティックに和解をさせつつ、第12話の最後で「人殺し」と言わせてますからね。

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リアルタイムで盛り上がり、配信で再確認できる

まつもと 個人的な感想になってしまいますが、僕は第11話の沖浦啓之さんの作画も含めて……。

氷川 膝抱えてクルクルするシーンですね。

まつもと そうです。素晴らしいものを見せてもらったと。ここで1クール目終わりで良いのではと思ったくらいなんですけれど、そこから第12話であれをやっちゃいますか、と。第11話の最後で、2人が抱き合う前の作画のすごさをもっと見てくれと学生にも言っていたのですが、第12話のCパートはそれ以上のインパクトだったので。すべて塗りつぶされてしまった。

氷川 でもその手前にちゃんとガンダム的サービスで盛り上げてもいる。何かと用意周到なんですよ。第12話って最後だけが語られていますけれど、その手前も結構すごい。「魔女とは何か?」的なことを描いた戦闘だったと思うし、親殺しともちょっと絡んでいる。

まつもと 見返してみると発見があると思います。見返すという話だと、『水星の魔女』は「放送があって配信もある」ということを前提とした広報ですよね。「ぜひ配信で見返してくださいね」という、誘い水みたいなものをTwitterで撒いているなと感じました。

 実際、熱心な学生たちは放送をリアルタイムで見て、配信で気になるシーンを早送りでたどり着いてもう1回見返すみたいなことを普通にやっています。これは今のアニメ視聴のスタンダードになっていますから、おそらくこの視聴方法を前提としたお話の作り方をしたアニメが(『水星の魔女』を1つのベンチマークにして)増えるのでしょう。

氷川 そうですね。基本的に、人を引き込む方法って1つしかありません。「?」を出して、それに対して「!」で『あっ』と思わせることです。でも、「?」に対して「!」を押し付けられるとダメなんですよ。だから、自分で発見させるようにするのがテクニックになります。

 『水星の魔女』はそれが本当に用意周到で、何から何まで詰めていて上手いなあと。だから、「前は見逃していたけど、ここに『?』があるじゃん」という再発見もできるのが楽しいですね。

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イノベーションのジレンマ

まつもと そろそろ3つ目のコーナーにいってみようかと思います。あらためて、ガンダムシリーズにおいて『水星の魔女』はどう位置付けられるのか? ここの整理を試みたいなと思います。

氷川 作り手側のコメントを見て感じたことですが……昔はガンダムってチャレンジャーでした。ロボットアニメという固定観念があるものに対してイノベーションを起こしたイノベーター。

 ただ、一度成功してWinnerになると、今度はカスタマーにサービスし続ける必要が出てきます。お客さんを逃がさないように囲い込んだりするわけですが、それをやるとチャレンジャーが新しい体制側になってしまうので、次のチャレンジャーや破壊的な技術が登場すると滅んでしまう。

 自分もこれまで「チャレンジャーだったガンダムはチャレンジ精神を忘れないでほしい」というニュアンスを原稿に何度も込めていますが、それは上記のようなイノベーションのジレンマを念頭に置いてのことです。

 当然作り手も、ガンダムだからこそできるイノベーション、チャンレンジを試みているでしょう。

まつもと これまでも、たとえばSEEDや『鉄血のオルフェンズ』(2015年)も……。

氷川 はい、やってます。今までやっていないように聞こえたらごめんなさいなんですけど、『水星の魔女』はお客さんと歯車が噛み合っただけでなく回すことができた、みたいなところが。ちょっとこれは直感的な話なんですが。

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『水星の魔女』の変化は見事だが…… アニメ業界は次のイノベーションを起こせるのか……?

まつもと まとめとして、これからガンダムをはじめとした日本のアニメがどうなっていくのか、あるいはなるべきか、というテーマを設けております。そこは、新著の3つのポイントにもつながる話で、この本の背景には「日本のアニメが空洞化するんじゃないか」という氷川さんの危機感・不安が根っこにある。

氷川 そうですね。

まつもと なので、ガンダムシリーズ単体がどうなるのかというよりも日本のアニメはどうなっていかないといけないのかを最後にうかがいたいと思います。

氷川 本当に自転車操業っぽくなっているので、先ほど述べたイノベーションのジレンマで言うと、お客さんへのサービスが手厚くなり、そこにコンプライアンス的な問題も含めて「裏切りは許さないぞ」という圧力が掛かっています。

 ですが、サービスを手厚くすればするほど固まっていくものがある。

 その固まりというのは、新しさが生まれることを拒みますし、一見さんも入りづらくなる。それから分散化・細分化が起きて横の連携がありません。上手く維持できているうちは良いけれど、次のイノベーションが起きた際に一瞬で全滅してしまうでしょう。

 あともう1つは、自分たちが何を作ってきたか、ちゃんと分析していない。たとえばアメリカは、日本アニメのヒット作から、それこそスーパー戦隊のオールスターものまで研究しているという話があります。

 これはアメリカに限らず韓国・中国も日本のアニメが大好きであるがゆえにすごく研究して、追いつけ追い越せとなっているはずで、そのなかから登場したチャレンジャーが成功した瞬間に……。

まつもと 世界にひっくり返されることも、全然あり得る話だと。

氷川 幸いそういうことはこれまでありませんでした。しかし最近の韓国ドラマの作り方を見ていると危機感を覚えます。

 5年くらい前まで「日本にはマンガ雑誌という他国が真似できない供給源があるから安泰だ」みたいなことが言われていました。ところが現在、韓国はマンガ雑誌の代わりにWebマンガ――カートゥーン原作のドラマを次々と作っています。しかも制作者はアメリカで映像を学んだ人たちです。だから……危ない。

 「宮崎駿は素晴らしい国民的作家で最初からすごかった!」みたいな言説ってあるじゃないですか。そんなわけない、終わりかけていた人なんですと新著では書きました。まあ今は『終わらない人 宮﨑駿』なんて番組が作られてますが。

 『風の谷のナウシカ』の直前まで終わりかけていた人ですよね。じつはガンダムのおかげで浮上した。どういうことかと言えば、ガンダムが「アニメにも作家はいるんだ」ということを認知させたことで、「ではアニメ業界にはほかにどんな作家がいるの?」となったときに、アニメージュが「次はこの人だ」と決めたからです。

 そうして宮﨑駿にスポットが当たったことは歴史的転換点です。そしてこれは、変化を人為的に起こして成功させることもできる、ということもあらわしています。

まつもと 氷川さんの最新刊『日本アニメの革新 歴史の転換点となった変化の構造分析』にはそのあたりが詳しく書かれていますので、皆様ぜひお手に取ってください。氷川さん、今日はありがとうございました。

前編はこちら

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