アップル「Vision Pro」それはザッカーバーグが作りたくても作れなかったもの
ASCII.jp / 2023年7月3日 7時0分
アップルがWWDC23で発表した「Apple Vision Pro」。ティム・クックCEOはもともとVRではなくARをやるというようなことを言っていたので発表自体に驚きはなかったんですが、問題はどこまで実現してくるんだということでした。結果としてはこれまでの悪いうわさをすべてひっくりかえすような発表だったと感じています。
アップルが何より強いのは自社でハードウェアの設計/製造ができて、OSレベルでソフトウェアの設計ができること。膨大なセンサーを搭載し、それを制御するための「R1」という新型チップを設計することで、VRに起きがちな遅延の問題を乗り越えてきました。
これまでのVR/ARデバイス、たとえばメタの「Quest Pro」のような一体型のタイプにはいくつも限界がありました。OSはAndroidベースだし、チップもパワーが足りないため、思ったとおりに動いてくれずにイラッとしてしまう。メタは自社OSの開発も一度は目指しましたが諦めたという経緯もあり、最適化に限界を抱えています。Vision Proはそのあたりを完全に解消したといえるレスポンスの良さを見せてきました。目線を動かすだけでアイコンを選択できるとか、指の位置がどれだけでたらめでもクリックできるとか。最初の操作面のストレスを完璧になくすということを徹底的に意識していましたね。
一方で、うまい見せ方をしているなという印象もありました。というのもVision ProはAR系で画面内に3Dを出したり、空間の中にキャラクターがいるように見せたりと、CGを見せることがほとんどなかった。UIだったりUX、実際に3Dキャラクターを空間内に置くようなことを一切やってきませんでした。
というのも、M2チップはQuest 3に搭載されると推測されているチップ性能の1.6倍ほどではないかと言われています。3Dの描画能力が強烈に高いわけではなく、専用グラフィックボード用チップを求められる場面が多いUnrealEngineなどを動かすのはしんどい。そういう部分ではできるだけ勝負しないという見せ方をしていた。2Dの処理を見せて、仕事に使えますというふうに見せていたなと感じます。
注目機能は「EyeSight」。ディスプレーはソニー製?
機能として、特に見事だなと思えたのはクラウンですね。Apple Watchにもつけていたクラウンをヘッドセットに載せてきた。VR/ARが出てきたときから、VR空間のものとAR空間のものは連続化すると言われてきたんですが、アップルはそれをクラウンにまとめてきた。ぐるっと回せばVRになり、逆に回せばARに切り替わる。それを1つのボタンというアナログな操作感で実現してしまったというのが本当に見事な設計だなと感じました。
SDKを使ってiPadでコンセプトを試すケースも出てきています。𝐑𝐔𝐁𝐄𝐍 𝐅𝐑𝐎さんは、iPad上で現実空間をスキャンすると、中世の道に変わるというデモ映像を公開しました。VisionProでそのまま実装できるのかはわかりませんが、現実世界がVRにあっという間に切り替わる、VR登場時に理想とされていた世界がまさに実現されています。
Just in case Bethesda decides to release yet another version of Skyrim for Vision Pro, I made a little volumetric concept in Unity :) pic.twitter.com/hHIOR3c1gX
— 𝐑𝐔𝐁𝐄𝐍🥽𝐅𝐑𝐎 (@Ruben_Fro) June 23, 2023
びっくりしたのは、外側に表情を見せる「EyeSight」機能。アップルのデザインチームのトップが、人間同士のコミュニケーションができないという理由から「VRはありえない」と主張していたらしく、そのための対策として「顔をつける」という噂が去年から出ていました。「何を言っているんだ?」と思っていましたが、実際に見せられると「なるほど」でした。顔をスキャンしてアバターを作り、リアルタイムに表示する。本人の顔もバイザーごしに見せる作り。本当によく考えられているなと感じました。この機能、DepthセンサーであるLiDARを搭載している「iPhone 13 Pro」といった他のアップル製品でも実現できるのではないかと思うのですが、来年あたり発表があるのかもしれません。
一方、装着してみないとわからないなと感じたのはウィンドウです。画面がキレイだとは言うものの、基調講演の映像で見せられているほど大きくは感じないんじゃないかと。あとは前面に搭載している3Dカメラ。これで撮ったという映像が感動的だという話ですが、ちょっと疑っています。というのも、左右のカメラと中央部分のDepthセンサーで録画していると思うんですが、それだけで臨場感のある映像は撮れない気がするんですよね。解像度などの情報も一切出されていないですしね……。とはいえ、3D写真は個人的に大好きなので、期待している点ではあります。
あとはバッテリーが2時間しか持たない問題です。これで2時間映画を見られるのかと。結局電源ケーブルをつけっぱなしにした状態が普通になるのかなとは思いました。
ただ、Oculusの創業者であるパルマー・ラッキー氏が、アントレプレナーのピーター・ダイアモンディス氏によるインタビューで興味深い指摘をしていました。アップルがバッテリーを外部化したのは「正しい方法」だというんですね。
「(一体型のヘッドセット開発する上で)バッテリーやプロセッサーをヘッドセットの前側に置いたことで大幅に重さを増加させることなってしまった。これはあまりよくない決定でした。アップルはより強力なチップセットやバッテリーを搭載するといった将来を考えたのだと思います。性能を上げ、よりヘッドセットを小さくしていくためには、すべてをヘッドセットに搭載するのには限界があるのです」(パルマー・ラッキー氏)
これまでのヘッドセットではバッテリーはヘッドセットの前や後ろに付くのが常識でしたが、今後大きく変わってくるのかもしれません。
それから、Vision Proには恐らくソニー製のマイクロOLEDが使われているのではないかと西田宗千佳さんが予想していましたが、私もこれに賛成です。
2021年のソニーの研究開発技術を発表するSony Technology Dayで発表された「圧倒的な臨場感」を持つというOLEDマイクロディスプレーは、サイズが10円玉サイズにもかかわらず、4Kの超高解像度を実現するというもので、ヘッドマウントディスプレーに使用されることが想定されているとアナウンスされていたのです。ただ、このディスプレーがPS VR2には搭載されないので「どういうことなの?」と思っていたんです。当時もアップルが4Kディスプレーを使うという噂が流れていたので、このソニー製品を使うのではないかと予想していたわけです。
ただし、アップルとソニーのどちらからも正式な発表はされてはいません。仮に他社製であってもこのOLEDマイクロディスプレーが大量生産品で採用される初めてのケースになることもあり、ハード価格を引き上げている一因ではないかと推測しています。
Vision Proは視野角が90度程度で、メタの「Quest 2」の110度ある視野角と比べてもかなり狭いのではないかと言われていますが、それはこのマイクロOLEDのサイズの影響だと思われます。ただ、そこが気にならないように、周囲をぼやかすなどUI/UXの工夫で見せているのはさすがだなという印象でした。
価格はマイクロソフト「HoloLens」に合わせた?
価格は3499ドル(日本円では約50万円)で、個人向けとしては非常に高いです。アップルも当然リサーチをしているはずなので、この金額でも購入する層が一定数はいるという判断をしているのでしょう。
ただ、これまで一番グラフィックがキレイだと言われていたフィンランドVarjo社のARヘッドセットが100万円程度だったんですよね。フライトシミュレーターなどに使われる産業用マシンで、PCに接続して使うものでした。それがワンパッケージで3500ドルというのは、ハイエンドの最高級モデルという意味ではインパクトある価格だなと感じます。
一方で、マイクロソフトのARデバイス「HoloLens2」の価格が3500ドルであるため、その価格帯に合わせてきたという印象もありました。
製品の位置付けとしてはデベロッパーキットに近いと思います。その意味で、出荷台数としては10万台も行けば大成功じゃないでしょうか。アップルは1年間で100万台の販売を目指しているとも言われており、強気の目標を持っているとも思えます。
アップルとしては珍しく発売から半年前の発表でしたが、それは開発者向けの発表だからでしょう。iPadなどの移植版アプリなどで開発者の参入を促そうということだと思います。6月21日からSDKの配布が始まっており、実際にiPadでエミュレーターを動作させる開発者が続出しています。
Vision Pro シミュレーター、とりあえず動かしてみました。Questとかと全然違うのでちょっと困惑。でも、Questのホーム画面が「アプリランチャー」なのに対し、VIsion Proのは本格的な「VRのOS」って感じがしますね。 pic.twitter.com/FgY7Lzqu8C
— やのせん@VR/メタバース教育 (@yanosen_jp) June 21, 2023
アップルはもともと発表会で「こういうことに使えるかもよ」みたいなチラ見せをして開発者を巻き込んでいくところがあります。ヒントになるものを大量に提示し、「これをうまく使ってビジネスにしてくださいね」と。その意味でいうと、開発者にすごく興味を持たせたという点では今回の発表は大成功と言えそうです。自分の周囲にいる開発者たちからは「参入したくてウズウズしている」といった空気を感じますし、特にAR系のベンチャーの人は確実に買うでしょうから。
アプリはAR中心、VRはこれで終わりか
一方、VRやメタバース方面の開発者がどうするのかはまだよくわかりません。VR系のゲームをするにはコントローラーがないので操作体型をそのまま移植することはできませんし、メタバースということで比較対象になる「VRChat」は、M2のスペックではパワー不足でパソコン版ほどのクオリティでは動かないと思われます。おそらくアップルはメタバースに興味がないんです。
どちらかというとアップルは、iPadとかiOSで動くARアプリを拡張するイメージが強いんじゃないかなと思います。iPhoneやiPadに搭載しているLiDARセンサーでスキャンした画像をVision Proで見せるとか。Vision ProにもLiDARセンサーが入っているので、たとえば部屋をぐるっと見回すだけで3D化するとか。そういうARKitの技術を利用するという話になってくるんじゃないかなと思います。
その意味でも、今までの「VR系」はこれで終わるんじゃないかという気にさせられてしまいました。アップル自身も基調講演では頑なにVRやAR、MR、さらにはメタバースといった単語を使わず、「空間コンピューティング(Spatial Computing)」という言葉で表現をしていました。
ザッカーバーグ氏は「より民主的な精神を持ったものを作りたい」。メタとの違いが明白に
メタバースやVRと言われて思い浮かぶのは当然メタです。Quest 2の延長線上にあるQuest 3とはまったく違うコンセプトでVision Proが出てきたことで、メタも戦略を考え直さないといけなくなってくるんじゃないかなと。メタがこれまでメタバースのゴールとして考えてきたオフィス展開という意図の上では強力なライバルですからね。
もともと「AR空間で仕事をする」というのは、メタが立てていたコンセプトでした。他社が作ったコンセプトをキレイな形にまとめあげて圧倒するというのがアップルの戦略ですが、Vision Proはメタが作りたくても作れなかったものをはるかに凌駕する形で出してきました。メタのマーク・ザッカーバーグ氏は悔しいと思いますよ。
実際、WWDCを見たあとに「Quest Pro」をあらためて試してみましたが、何をどうすれば動くのかというところのUXが混乱していてイライラしてしまうんですよね。思ったように入力ができないし、仕事をするためにオフィスルームを起動する方法も、AR表示に切り替える方法もわかりにくい。対応キーボードも限られているし、キーボード自体も使いにくい……。Quest Proをオフィス利用として日常的に使っている人は、まずいないんじゃないかと思うほど、使いものにならない状態のまま、大きなアップデートもされていません。
ただ、6月9日に、ザッカーバーグ氏は、科学研究者レックス・フリードマン氏のポッドキャストのロングインタビューに答えています。ザッカーバーグ氏は、アップルの参入はユーザーの理解を増すことになるのでVR/AR市場が広がると思うとした上で、「アップルはハイエンドなものを作ることに重点を置いてきたと思いますが、我々はより民主的な精神を持ったものを作りたいと考えています」としていました。そして、価格的な優位性から「人々は当面(Quest 2やQuest 3を)主に使用し続けるだろう」とも話しています。
また、ソーシャル的な交流やコミュニケーションなど、「もっとアクティブになることを重点に置いている」(ザッカーバーグ氏)と違いを強調していました。Vision Proは座って文字を読んだり、映画を見たりすることに重点が置かれていると。ヘッドマウントディスプレー内で文字を読めるようにするために、コスト上昇が起きているのだろうと。それは、ゲーム的な動きを実現するコントローラーをつけないという判断とトレードオフになると。これも興味深い発言で、両社のヘッドマウントディスプレイの設計思想の違いは、今後さらに明確になってきそうです。
ただ、その他のヘッドマウントディスプレイメーカーにとっては、ビジネス用途を前提としたハイエンドモデルは、Vision Proと1000ドル程度しか変わらないことが多く、相当厳しい立場に追い込まれるのではと思います。非常に強力な製品が出てきた中、メタを筆頭とした他社がどういうアプローチで戦っていくのかは注目ですね。
筆者紹介:新清士(しんきよし)
1970年生まれ。株式会社AI Frog Interactive代表。デジタルハリウッド大学大学院教授。慶應義塾大学商学部及び環境情報学部卒。ゲームジャーナリストとして活躍後、VRマルチプレイ剣戟アクションゲーム「ソード・オブ・ガルガンチュア」の開発を主導。現在は、新作のインディゲームの開発をしている。著書に『メタバースビジネス覇権戦争』(NHK出版新書)がある。
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