縦読みマンガにジャンプが見いだした勝機――ジャンプTOON 浅田統括編集長が語る
ASCII.jp / 2023年10月28日 15時0分
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2022年度の縦読みマンガの国内市場規模が500~600億円に達したという市場分析が出てきた。マンガの1カテゴリとして地位を確立しつつあるこの分野に、今年5月、集英社も「ジャンプ」ブランドを掲げて乗り出すことを宣言した。
その名も「ジャンプTOON」。出版社のみならずIT企業など様々な事業者が続々と参入したなか、どう戦っていくのか? 集英社でジャンプTOONの統括編集長を務める浅田貴典さんに詳しく話を聞いた。
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このタイミングで縦読みマンガに参入する理由
―― なぜこのタイミングで、ジャンプブランドを利用した縦読みマンガへの本格参入を決めたのでしょうか?
浅田 そもそものきっかけは、若い社員から「やりたい」と声が挙がったことです。そこからさまざまな経緯があって「浅田が面倒を見てね」ということになりました。私は基本、頼まれた仕事は断らないので「やります」と。
では、なぜGOが出たのかと言えば、横開きのマンガが紙もデジタルも好調なときだからこそ、新しい事業にチャレンジするべきだと考えるからです。小さな会社であれば、順調な事業に絞り込んでの一点勝ちを狙う必要がありますが、私たちはリーディングカンパニーとして、マンガ関連のサービスに向き合う責任があります。簡単に言ってしまうとそれだけの理由です。
「ジャンプTOON」編集部を立ち上げるにあたって調査も実施しました。おおよそ縦読みマンガの国内市場規模は600億円ほど。一方、横開きのマンガは約6100億円くらいの規模と想定されます。
なぜ「ジャンプ」の名を冠するアプリを新たに作るのか?
私の印象としては、縦読みマンガはまだ若い市場です。そこで、この事業を始めるにあたってさまざまな方向性を考えました。
まず、縦読みマンガ作品を作ってLINEマンガさんやピッコマさんのような電子書店に卸して販売をするという戦略だと、我々の強みを生かしきれないのではと考えました。電子書店さんからいただけるデータが限定的で、作品のクオリティー改善が十分にできず、事業をドライブ(推進)することが難しいと判断し、この方向はNGとしました。
―― データを把握するうえでも、やはり自前でメディアを持つべきと。
浅田 はい。そして次に検討したのは、ブラウザベースかアプリベースかという点です。特にコストという面で考えればブラウザの可能性もありました。韓国の縦読みマンガも実際、ブラウザベースでの展開が結構あります。ただ、ブラウザだと、自社媒体とはいえ得られるデータは限定的、書店としての運営チャレンジも限られた範囲になります。
LINEマンガさんやピッコマさんがすでに業績をあげていらっしゃるなか、我々が後発でヒット作を出していくには、マンガ家をはじめとした作り手とのつながりが重要です。
旗印となるような作品ラインナップを整え、それらの作り手のみなさんが『ここでやりたい』と思ってもらえるようにならなければならない。したがって、コストはかかりますがアプリベースでいこうという決断になったわけです。
アプリは現在開発中なのですが、そのアプリについてはさらに2つの選択肢がありました。それは、ジャンプという名前を掲げるか、それともまったく別の名前にするか。勝負するのであれば、やはり「ジャンプ」でいこうと。
現在、マンガに限らずコンテンツがあふれている時代です。作家さんにとっても自分の作品に気付いてもらうための「コスト」がとても大きくなっています。
そのなかでジャンプというブランドは、これまでの作家さんや編集者が綿々と積み上げてきた「このブランド名が付いているならば面白い確率が高いはずだ」という信頼があります。であれば、ジャンプを掲げるべきだということで、名称を「ジャンプTOON」に決めました。
以上がアプリベースで縦読みマンガ事業を立ち上げることになった経緯です。
縦読みマンガに欠けているのは「読者とつながる場づくり」
―― 少し戻りますが、プラットフォーム事業者から十分なデータの提供が受けられない、もしかすると十分な対価を得ていないのではないかという課題は、マンガのみならずアニメについてもよく指摘されます。
週刊少年ジャンプであれば、ハガキアンケートで直接読者からの反応を得られたわけですし、少年ジャンプ+も読者コメントやランキングデータなどを得られます。配信プラットフォームとの向き合いでは特にどのあたりが課題となってきますか?
浅田 具体的にどのデータを、というのは先方との契約もありますので、お話することはできないのですが、すべての作品についてのデータをスピード感を持って提供いただく、というところが難しいのです。
―― なるほど。自社サービスなら価格や公開/非公開の量やタイミングをコントロールしやすくなるという点はありませんか?
浅田 それは、そうなんですが……少し整理すると、雑誌型のマンガアプリと書店型のアプリとで分けて考える必要があります。
少年ジャンプ+はまさに雑誌型のマンガアプリで、とにかく作品をいかに広く読者に知ってもらうことができるか、という点に特化しているわけです。少年ジャンプ+は課金などの収益性の優先度はそこまで高くありません。
一方、書店型アプリはアプリ内部で読者に回遊してもらって、その過程のなかで、いかにおカネを落してもらうか……という設計になっていますよね。
そのどちらに、どのあたりに「ジャンプTOON」を位置づけるかは、現在ビジネススキームを検討しているところなので、これも現時点では詳しくはお話できないのですが、ただ我々の思想としては作品を広くお客さんに知ってもらうというところを、一番大切な「イズム」として事業を構築していきたいと思っています。
―― 確かに、縦読みマンガに参入した方々のお話を聞くと、「いかに知ってもらうか?」が大きな課題になっていますね。ランキングの上位に入り、アプリのトップ画面などで大きく取り上げられればヒットの可能性が高まりますが、初動でそうならなければなかなか浮揚するチャンスはない。
自分たちでメディアを持つ、というのは現状のその課題の解決にもつながると理解しました。読者とつながる場づくりを……というわけですね。
浅田 と、思っております。横開きのマンガではそれがある程度うまく回っていますので。
作品は雑誌型のアプリやブラウザのマンガサービスだけで読まれているわけではなく、X(Twitter)でオーガニックに知ってもらえたりもします。また現在、集英社が取引している電子書店は59社ありますが、品揃えは大きく違いません。
つまり多くの電子書店が、それぞれのストアの特色に合わせた作品を営業してくれているわけです。そういった循環ができているのが、横開きのマンガが広く親しまれている秘訣だと思っているのです。そして、縦読みマンガはその仕組みが発展途上なのではないか、というのが正直なところかとも思っています。
雑誌型アプリと書籍型アプリ
―― 従来の紙マンガの世界では、雑誌での連載を経て認知を高め、単行本で収益化を図るというモデルが成立しています。横開きのマンガでは、雑誌型アプリと書店型アプリでそのモデルの構築が進みました。一方で縦読みマンガについては、書店型アプリが急速に普及したけれども雑誌型アプリはこれから作っていこう、ということですね。
浅田 はい、それをやろうとしています。作品を広く読者さんに知らしめることが作家さんに渡せる価値だと思っていますので、それに即した形で事業を進めていければと。
―― とても合理的なお話だと思います。一方で、ピッコマをはじめ書店型アプリもアプリオリジナルの作品を展開するなど、雑誌的な取り組みも進めているように見えますが、それはどう捉えていますか?
浅田 自社オリジナルのコンテンツをどのくらい開発するか、予算をどれだけとるか、編集部を内製するか、近しい編集プロダクションにお願いするか、それは電子書店さんそれぞれの客筋と、それに合わせたビジネススキームでさまざまですね。
ただ我々は「作家と作品を作る」という事業をやり続けている企業ですので、他社の動向にとらわれず作品を作り続けたいと思っています。
―― なるほど。
浅田 海外(韓国)の場合は、これがまた少し違ってきていて、映像化できる強いIP(著作物)を作りたいという指向性が強い書店型アプリもありまして、これは雑誌寄りかなとは思います。つまり、同じ電子書店でも国・地域、そして各プレイヤーによって立ち位置が異なるわけです。
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「編集部を持つこと」は一見、非合理的に思えるが……
―― スマホマンガ初期の頃、たとえばcomicoはIPを持つと言う方向性を示していましたし、その立ち位置をどこに置くかは試行錯誤が続いてきましたね。しかし、電子書店すなわちIT企業が編集部を持つ、ということの難しさも見てきました。
浅田 そうですね、マンガボックスさんもDeNAさんからTBSさんのほうに移りましたしね。
―― 文化が違うというか……。
浅田 端的に言ってしまうと「非上場」というのは大きいと思います。ピッコマさんのように上場という方向がむしろ企業として正しいあり方で、我々のような非上場なのが異常です。短期的な収益に基づく判断で、作品や事業に投資を「していない」。
普通は1~2年で儲かるかが問われるわけですが、我々は「ここに水を撒いても芽が出ないかも」という場所にも水を撒き続けていますので……。
とは言え、「いつか芽が出る」は甘えにもつながりますので、メディアミックスなどを待たずに儲かっているところを目指さないと、ですけどね。そうしないと皆が不幸になりますから。
―― でもそれは、良く言えば強みでもあります。
浅田 非上場だからできる。正確には、非上場かつマンガという一次コンテンツから、デジタル、ライツ展開などワンストップでコンテンツからの利益を上げている企業だからこその非合理的な判断で作品を続けられる、というところはあります。
―― そこが世界にも展開できている日本のコンテンツの強み、とも言えそうですね。
浅田 どうなんでしょうね……しかし少なくとも私もアプリなどを勉強し始めていますけれども、現在の私の知識で当時の少年ジャンプ+をスタートさせようって話を聞いていたとしたら、必死に止めたと思いますよ。
ビジネスとしては明らかに「博打」過ぎるので、まともな経営者ならあれはできない。けれども、やり切って成功している。彼らは立派なんです。
―― 少年ジャンプ+のMAU(月間アクティブユーザー数)は出版社系のマンガアプリでトップ。総合でもピッコマ、LINEマンガに次ぐ位置につけています。
浅田 そういったランキングを見るときに気をつけないといけないのは、出版社が運営する雑誌型アプリと、電子書店系アプリの位置づけは違うということですね。
メディアなどにはランキングをもとに「日本勢は海外勢に負けている」なんて書かれちゃうんですけど、たとえばLINEマンガさん、ピッコマさんは、私たちの作品をめちゃくちゃ売ってくれていますからね。対立構造じゃないんです。
雑誌型アプリは「特定の作品を見たい」というニーズが強く、一方で書籍型のマンガアプリにもそのニーズはあるものの、主としては「時間潰し」や「単行本を一気読みしたい」というニーズが強かったりします。つまり、利用者のモチベーションが違うんです。
―― おっしゃる通りです。経済誌などはどうしても対立構造を持ち込んで面白く書こうとしがちですが、それがそのまま一般認識になってしまうのはマズいですよね。
一方で、MAUのようなデータが示すのは、ユーザーの限られた可処分時間のなかで、どのアプリがよく見られているのか、という点だったりもします。そういう観点から少年ジャンプ+がこの位置につけているのは意味があるかなと思っています。
浅田 この12~3年、comicoさんが先駆けとなってスマホマンガがベースとなり、LINEさんとピッコマさんがそれに続き、コロナ禍があって……という流れのなかで、マンガの強みは「細切れ時間に楽しめる」ことだなと。
読者の動態を見ているとホントみなさん忙しいので、自由に見始められて、そしていつでも好きなところで止められる、というのは相当な優位性です。動画などもTikTokがそうですし、YouTubeもショート動画が強みを持つわけです。
つまるところ、我々のアプリも雑誌型と電子書店系のどこに点を打ってビジネススキームを定めるかがポイントになりますので、そこはいま揉んでいるところですね。
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