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イーロン・マスク、父親の呪縛から逃れられない成功者の素顔

ASCII.jp / 2023年10月19日 7時0分

Elon Musk Colorado 2022, U.S. Air Force photo by Trevor cokley

 『イーロン・マスク』(ウォルター・アイザックソン 著、井口耕二 訳、文藝春秋)を読んでいたら、小さな広告代理店に勤めていた数十年前の記憶が蘇ってきた。独善的で、パワハラやセクハラし放題。成績の悪い営業社員を平気で即日クビにしていた(いかにも平成時代っぽいやり口だ)当時の社長の性格が、どこかイーロン・マスクのそれに似ている気がしたからだ。

 ただし、その社長はワンマンっぷりを結果に結びつけることができず、最終的には会社を潰してしまった。一方、イーロン・マスクは圧倒的な知識と判断力、行動力によって大きな結果を生み出した。つまり、少しばかり似ている部分があるからといって、両者を比較すること自体が大きなナンセンスなのである。が、かつてワンマン社長に翻弄された身としては、本書に登場する社員たちの気持ちがわかるような気もしたのだ。

 そもそも彼は、“普通”では決してない。

心理学的なものはたいがいそうなのだが、マスクの心理は複雑で彼特有だ。自分の子どもに関する場合など、すごく感情的になることがあるし、ひとりでいると突然不安に襲われたりもする。だが、ふだんから優しくするとか暖かく接するとかに必要な感情受容体も、好かれたいと望むもとになる感情受容体も持ち合わせていない。周囲と共感できるようには頭の配線ができていないのだ。下世話な言い方をすれば、くそ野郎になりがちなタイプなのである。(上巻37ページより)

 とはいえ、企業経営は慈善事業ではない。事業を成功させようという場合にはむしろ、彼のような極端すぎる人間性が圧倒的な力を発揮することは充分にありうる。それはスペースXやテスラ、あるいはツイッターの買収など、彼が成し遂げてきたさまざまな功績を振り返ってみればすぐにわかるだろう。やり方については異論もあるはずだが、本書に描かれている判断や行動を確認するにつけ、そのことを否定するわけにはいかなくなる。

ゲームのように危機を乗り越えていく

 たとえばスペースXの7人目の社員になったグウィン・ショットウェルは、マスクの性格を次のように分析している。ちなみに彼女の夫は自閉症スペクトラム障害(アスペルガー症候群)であったため、マスクのことも理解できたようだ。

「イーロンはくそ野郎じゃないんですが、でも、おりおり、そう思われてもしかたがないことを言ったりします。自分の言葉が相手にどう受け取られるのかを考えないからです。ミッションを成功させたいーーそれしか頭にないんです」(上巻180ページより)

 だからこそ、ときに仲間から激しい抵抗を受けながらも、彼はミッションを成功させてきたわけである。だがその過程においては、次から次へと「シュラバ(修羅場)」に巻き込まれることにもなる。なにしろ、誰も手をつけていないこと、それ以前に思いつきもしないことを次々と(しかも同時進行で)実現させようとするのだから無理もない話だ。それどころか、経営の危機に巻き込まれたりもする。

 だが彼は、あたかもゲームをクリアしていくかのようにそれらを淡々と、ときにはエモーショナルに乗り越えていく。だから読者は、上下巻900ページ以上というものすごいボリュームでありながら、「次はどんな判断をして、どう立ち回るのだろう?」という興味にかられてページをめくり続けてしまうのだ。

 事実、本書にはこのような記述もある。

激しさ、集中力、競争心、しぶとさ、戦略愛などさまざまな側面を持つマスクという人物を理解するには、彼が情熱を燃やすビデオゲームについて考えてみる必要がある。何時間もビデオゲームをプレイすることで、マスクは、ガス抜きをしたり(ガス圧が高まることもある)、ビジネスの戦略的思考や戦術スキルを磨いたりするのだ。(下巻159ページより)

父親の呪縛から逃れることができない

 南アフリカにいた13歳のとき、コーディングを自習して『ブラスター』というビデオゲームを自作したというので、結果的にそんな大人になったことは納得できもする。また、幼いころから機嫌が激しく上下する子で、幼稚園の園長から知的障害だと指摘されたという性格もさることながら、父親のエロールから受けた心の傷の影響も小さくないようだ。母親のメイは、エロールについてこう語っている。

「エロールは少しずつおかしくなっていたんです。子どもの前で私を殴ることもありました。トスカとキンバルが隅っこで泣いていて、5歳のイーロンがなんとか止めようと、彼の膝の裏をたたいていたなんてこともありました」(上巻37ページより)

 エロールはこうした発言を「言いがかりだ」と否定しているが、大人になって成功してからも、イーロンは父親の呪縛から逃れることができず、仕事に差し障りが出るような多くの苦難に直面している。しかも現時点でも状況は好転していないようなので、イーロンは今後もそうした“現実”とともに生きていかなければならないのだろう。

 個人的には彼の性格を全面的に肯定する気にはなれないし、もし近くにいたら厄介だろうなとも思う。しかし、だからといって否定する気にもなれない。なぜなら、どうあれ彼は“結果”を導き出しているのだから。好むと好まざるとに関わらず、事実は事実として認める必要があるということだ。

 
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  • イーロン・マスク 上 (文春e-book)ウォルター・アイザックソン、井口 耕二文藝春秋

筆者紹介:印南敦史

作家、書評家。株式会社アンビエンス代表取締役。 1962年、東京都生まれ。 「ライフハッカー[日本版]」「ニューズウィーク日本版」「東洋経済オンライン」「サライ.jp」「マイナビニュース」などで書評欄を担当し、年間700冊以上の読書量を誇る。 著書に『遅読家のための読書術』(PHP文庫)、『いま自分に必要なビジネススキルが1テーマ3冊で身につく本』(日本実業出版社)、『書評の仕事』(ワニブックスPLUS新書)、『読書する家族のつくりかた 親子で本好きになる25のゲームメソッド』『読んでも読んでも忘れてしまう人のための読書術』(以上、星海社新書)、『世界一やさしい読書習慣定着メソッド』(大和書房)、『プロ書評家が教える 伝わる文章を書く技術』(KADOKAWA)、などのほか、音楽関連の書籍やエッセイなども多数。

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