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アップル幹部に聞く iPhoneとApple Watchが「心の健康」に踏み込んだ理由

ASCII.jp / 2023年10月20日 7時30分

Apple Watch, watchOS 10
watchOS 10にも新しく搭載された「心の状態」の記録機能が、ユーザーのメンタルヘルスケアを支えます

 最新のiPhone、Apple Watchにはユーザーの心の健康をセルフケアできる機能があることをご存じでしょうか? 最新OSのアップデートにより追加された「心の状態=State of Mind」の機能が生まれた背景を、アップル本社のヘルスケア担当 クリニカルチーム ローレン・チャン医学博士にインタビューしました。

iOS/watchOSの新機能「心の状態」とは

 ユーザーが自身の心の健康をセルフチェックできる機能は、iOS 17の「ヘルスケア」、watchOS 10の「マインドフルネス」のアプリに追加されました。アプリから手動で記録する「現在の感情」「一日の気分」はデータとしてiOS 17のヘルスケアアプリに蓄積され、グラフ表示により変遷を振り返ることができます。

 ユーザーの「心の状態」は「幸せ」「満足」「不安」「ストレス」など感情を表す言葉の「ラベル」を選んで記録します。iPhoneから入力する場合、「追加の情報」としてユーザーが任意の言葉を書き込むこともできます。

iPhoneから入力する場合、ユーザーが任意の言葉を「追加の情報」として書き込めます

 Apple Watchがあれば、iPhoneを取り出さなくてもラベルの記録が手もとでスムーズにできます。Apple Watchで記録したエクササイズや睡眠の履歴、内蔵する環境光センサーで計測した「日光の下で過ごした時間」などのデータは心の状態とリンクします。心の状態に影響を及ぼした出来事や行為の自己分析に役立ちます。

アップル本社のヘルスケア担当 クリニカルチーム ローレン・チャン医学博士

デジタルテクノロジーが心の健康維持をサポートする

 近年の様々な研究によって、私たちが日々健やかに生活するためには身体と心、両方の健康状態に気を配ることが大切であることがわかっています。世界保健機関(WHO)が2022年の春に公開した報告書によると、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の影響によるパンデミックが2020年から拡大した最初の1年間に、うつ病と不安障がいの有病率が世界で25%も増加したそうです。主な要因のひとつは、世界の各国・地域でロックダウンや外出自粛が行われたことによる「社会的孤立」であると考えられています。

 アップルのチャン氏は、医療の現場や学界においてもまだ「心の健康」に関する研究が十分に進んでいない現状を指摘しています。

 「例えば食生活を改善したり、よく眠ることが身体の健康につながることを今では多くの人々が知っています。一方、心の健康にはまだ未知の領域が多くあります。私たちにとても重要なことでありながら、まだ多くのことが解明されていません」

 チャン氏は、私たちが自身の心と感情に向き合うことがメンタルヘルスを健康な状態に導くために重要であると説いています。

 「何かの問題が発生した時だけではなく、日々のルーティンとして心の状態を把握する習慣を身に付けることが大切です。身体の健康を維持するために、毎日の体操や筋力トレーニングが大事であるのと同様です。私たちが心の状態を見つめる習慣を身に付けるために、デジタルテクノロジーが活用できるという発想から、アップルの長年に渡る研究が始まりました」

 2020年に、アップルがカリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)と共同で実施した「Digital Mental Health Study」の研究調査では、参加者の80パーセント以上が研究のために試作したアプリを使って気分を振り返ることで「感情の認識が深まった」と回答しました。さらに約半数が「より健康的になった」という回答を寄せたそうです。

 「デジタルテクノロジーは私たちの心の状態を直接的に改善するものではないとしても、私たちを正しい方向へ導く手段に成り得ます。研究の成果が、iOS 17とwatchOS 10に搭載した『心の状態』の機能なのです」

記録する習慣が身に付くようにアップルが工夫したこと

 「心の状態」にラベルを付けて記録する機能がどんな意味を持つのでしょうか。チャン氏に聞きました。

 「ポジティブな感情、ネガティブな感情の両方を振り返る行為は、心のレジリエンス(回復力・適応力)の向上につながります。何十年も前から科学的に実証されてきた行為の効果が、直近の数年間にまた議論が活発化したことで周知のものになりました」

 現実の心のバランスはいつもポジティブな状態に保てるとは限りません。誰でも必ず「浮き沈み」するものです。悪い状態にも向き合いながらセルフコントロールを心がける感覚が、引いては心のレジリエンスを養い、やがては心のウェルビーイング(良い状態)を保ちやすくするのだとチャン氏は語ります。

 ユーザーが自身の心の状態を正しくラベリングできるように、iPhoneやApple Watchのアプリにはある工夫が盛り込まれています。

「快適」な心の状態を記録する画面は暖色系の色合い。「不快」な状態の記録は寒色系。どちらも親しみやすいデザインと操作性を重視しています

 「アップルのデザイナーとエンジニアは『心の状態』を記録する際に、快適な気分だけでなく、不快な気分も抵抗なく記録できるユーザーインターフェースのデザインを意識してきました。特にビジュアルや色づかいについては長い時間をかけて練り上げています」

 新しい習慣というものは、なかなか簡単に身に付くものではありません。心の状態を記録する行為を習慣化できるように、iOSとwatchOSの各アプリには「リマインダー」が設けられました。

watchOS 10の新機能である「スマートスタック」にもマインドフルネスのウィジェットが配置できます

 またApple Watchは「心の状態」のコンプリケーションを切り分けて、アプリに素速くアクセスできるようにしました。watchOS 10から導入された「スマートスタック」の中にも、心の状態のほか「深呼吸」「リフレクト」の機能を含む「マインドフルネス」のアプリとつながるウィジェットを常設できます。

心の状態のセルフチェックに便利な「心の健康に関する質問票」。結果はPDFファイルとして出力できます

心の状態のセルフチェックに役立つ「質問票」

 iOSのヘルスケアアプリから「心の状態」を開いて、「心の健康のケア」のメニューにアクセスすると「心の健康に関する質問票」というメニューがあります。この質問票は医師が不安障がいリスク(GAD-7)と、うつ病リスク(PHQ-9)の診断に用いる臨床基準をベースに作成された、一般的な心の不調の兆候や症状の把握に役立つアンケートです。

 チャン氏は質問票の効果を次のように説明しています。

 「以前は心の状態を知るために医師を訪ねて診断を受ける必要がありました。これからは自宅のベッドルームのようなリラックスできる場所で、iPhoneのヘルスケアアプリを使って簡単にセルフチェックができます」

 質問票の回答結果はPDFファイルとして、ユーザーのデバイスに書き出したり、メールやSNSツールを使って共有もできます。この機能を設けた理由については、チャン氏が次のように話しています。

 「出力して質問票の回答を直接診断に使うためではなく、回答結果をもとに、かかりつけの医師による問診やカウンセリングの際などに役立てて欲しいと考えています」

心の状態を知ることを「当たり前」にする

 筆者はまだ、日本では自身の心の健康について、家族や友人、職場の同僚などと「真面目な話題」としてオープンに話し合える環境が整っていないと感じています。アメリカの状況をチャン氏に聞きました。

 「アメリカも同様です。まだ一般には、心の健康に関するディスカッションがためらわれる傾向にあります。でも一方で不安障がいやうつ病の患者が増え続ける中、ためらいを払拭しようとする人々の意識が育ちつつあると、私は医師として日々感じています。例えば著名人の中には、かつて自身が心の健康を崩して悩んだ経験を公の場であえて口にすることで、同じ悩みを抱える人々にエールを贈る方々がいます。パンデミックにより多くの人々が社会的に孤立したことで、心の健康を崩すことは『誰にでも起こりうる現実』であるという意識も広がりました。心の健康は、いま多くの人々にとって共通の関心事になりつつあります」

 iPhoneやApple Watchに初めて搭載された心の状態の記録機能について、「これから多くのユーザーからフィードバックが寄せられることを楽しみにしている」とチャン氏は目を輝かせていました。

 「アップルの新たな挑戦は始まったばかりですが、心の状態を知ることがが沢山の可能性につながっていると確信しています」

 

筆者紹介――山本 敦  オーディオ・ビジュアル専門誌のWeb編集・記者職を経てフリーに。取材対象はITからオーディオ・ビジュアルまで、スマート・エレクトロニクスに精通する。ヘッドホン、イヤホンは毎年300機を超える新製品を体験する。国内外のスタートアップによる製品、サービスの取材、インタビューなども数多く手がける。

 

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