『ガールズ&パンツァー 最終章』第4話の見どころをすべて紹介
ASCII.jp / 2023年11月3日 9時0分
劇場での上映に先立って実施された、ドルビーアトモス版『ガールズ&パンツァー 最終章』第4話の試写会。その上映後に音響監督の岩浪美和さんと3DCGI監督・特技演出の柳野啓一郎さんがゲストとして登壇し、制作の背景について解説した。5.1ch音声とドルビーアトモス音声の比較映写を交えながら、作品制作に関する非常に濃いやりとりを聞ける貴重な機会となった。
上映からある程度の時間が経ったいま、敢えてこの記事を執筆するのは、このタイミングだからこそ書ける内容が含まれていたためだ。ストーリー展開にも関わる“見どころ”シーンがどのように生まれたのか? 『ガールズ&パンツァー 最終章』第4話の試写会レポートの完全版としてお届けする。
ネタバレ要素も含むので、まだ劇場に脚を運んでいない人は作品鑑賞と合わせて読むことをおすすめする。
![『ガールズ&パンツァー 最終章』第4話](https://ascii.jp/img/2023/10/04/3616333/x/9925069737bda306.jpg)
『ガールズ&パンツァー 最終章』第4話 2023年10月6日(金) 劇場上映 配給:ショウゲート、制作年度:2023年、上映時間:54分
ドルビーアトモスとは何か?
試写終了後、最初に登壇したのは岩浪さんだ。5.1chサラウンドとドルビーアトモスの違いに触れながら、映画音響の進化について分かりやすく解説してくれた。
現在、映画館の音響フォーマットとして一般的に用いられているのはドルビーデジタル方式の5.1chサラウンドだ。登場は1992年。「30年続いているということは非常に優秀なフォーマットであると言え、現状日本の映画館はほとんどこのスタイルで上映している」と岩浪さんも話す。
対するドルビーアトモスは2012年に登場。5.1chサラウンドではフロント、センター、サラウンドの各チャンネルと1つの低音専用チャンネルに音を割り振っていくのに対して、ドルビーアトモスにはチャンネルという概念がない。ドルビーデジタルの5.1chや7.1ch、あるいはIMAX(最大12ch)のように明確なチャンネル数は決まっておらず、最大118個のオブジェクト(効果音や人の声など)に3次元の位置情報や時間情報を記録して、シアター内の自由な位置に配置できるという特徴がある。
スクリーンの裏側や左右/後方の壁面、さらには天井にも配置したたくさんのスピーカーを個別に制御し、制作者が指定した位置にオブジェクトがある(その場所で音が鳴っている)と感じるように再現できるのがドルビーアトモスなのだ。
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試写会場となったIMAGICAエンタテインメントメディアサービス 竹芝メディアスタジオ 第2試写室には、合計25本のスピーカー(前に3本、左右に5本ずつ、天井に5本×2列、後ろに2本)が設置されている。ただし、この数はシアターのサイズによって変化し、最大で64本のスピーカーが扱えるようになっている。
オブジェクトは左右1000、前後1000、上下1000段階に区切られた細かい座標上に指定できる。シアター内に総数10億個のスピーカーがあり、好きな位置で自由自在に音が出せると考えてもいい。音を意図した場所に定位させ、移動させることで、より緻密な空間の再現ができるのがドルビーアトモス最大の特徴なのだ。
激しい映像の変化をドルビーアトモスの音が補う
こうした説明を交えながら、5.1ch音声で作った『ガールズ&パンツァー 最終章』第4話とドルビーアトモス音声で作った『ガールズ&パンツァー 最終章』第4話の比較上映が行われた。
選ばれたのは大洗女子学園と継続高校の対戦が繰り広げられる前半のクライマックスシーン。包囲を突破した大洗女子学園の戦車を、継続高校の戦車が雪上を滑るようにしながら迫撃する。切り替えの速い、スピーディーな映像で双方入り乱れた攻防が展開され、各戦車の動きを目で追うだけでも精一杯だ。
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5.1chの音声も迫力満点だが、目だけではどの戦車がどの方向から何をしているのかをうまく追いきれなくなってしまいがちにもなる。ところがドルビーアトモスの音声では、直滑降のように滑りながら移動する戦車の動き、横転した仲間の戦車に体当たりして体勢を戻す様子など、チームで連携しながら対戦を続ける戦車の動きがよく把握できるようになる。明確な位置と動きを感じ取れる効果音によって、フレームの外で起こっている出来事も直観的に把握できるためだ。映像の動きを音がフォローすることで、目まぐるしく展開する戦車道の対戦が“点ではなく線”、つまり“原因と結果の積み重ね”によってつながっていくことを体感できる。
まさに映像と音響の相乗効果を実感できるシーンに仕上がっている。
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岩浪 「観客には映画館ならではの音響を感じ取ってほしいと思っています。(ドルビーアトモスが登場してほどない)2013年に『ゼロ・グラビティ』という映画がありましたが、それを見たときに『日本の映画音響はハリウッドに比べて10年は遅れている』と感じました。『僕らもいろいろとやらなければいけない』『ドルビーアトモスで作りたい』と言い続けた結果、『BLAME!』(2017年)で、初めてドルビーアトモスの制作を手掛けることができました。 “ガルパン”でも最終章の第1話からドルビーアトモス版の制作を続けています。
『ガールズ&パンツァー 最終章』第4話はその11本目です。日本で一番ドルビーアトモスの作品を作っています。
世界ではプレミアム作品の音響にドルビーアトモスを採用するのが一般的になっています。海外に配給することを考えると、ドルビーアトモスの音響は不可欠だと思います。ドルビーアトモスの音響で制作されるアニメが増えているのも、そんな理由からでしょう」
行動に意図があると考えると、戦車が勝手に動き始める
ここで、もうひとりのゲスト柳野さんが登壇。岩浪さんとトークする形式で作品の解説が始まった。
岩浪 「ガルパンでは、毎回シナリオやコンテを見るたびに『これ、できるんだろうか』と感じますが、今回はシナリオを見てどうなんだろう、コンテを見てもどうなんだろう、そして映像を見てぶったまげた!……というのが正直な感想です。(柳野さんのほうを見て)さすがに今回のはやりすぎでは? コンテ段階でかなり直したと聞いていますが」
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柳野 「はい。作品では3Dカットのコンテを修正する作業も担当しています。(ガールズ&パンツァーでは)最終章の第3話から作り方を少し変えていて、一度コンテを3D上に置き換えてブラッシュアップする工程を入れています。ここで戦車の挙動、コミカルな演技などをリファインしていきます」
岩浪 「コンテより明らかに盛っていますよね。まさか勝手にやったとか(笑)」
柳野 「……さすがに監督の許可は取っていますが、こうしたらどうですかという提案はしています。戦車の細かい動きはコンテを元に考えていきますが、仮に名前のない戦車の発砲だったとしても、そこに人が乗っていて本気で撃っているんだと考えると、自然に演技ができてくるので、それに合わせたコンテの修正を提案しています。映像の中の登場人物が生きていて、ちょっとした行動にもすべて意図があると考えると、戦車が勝手に動き始めるようになります。第4話ではそれができたと思います」
岩浪 「3DCGのモデルも常に進化していますよね。例えばテレビ版から劇場版になるときに五角形のナットを実物と同じ六角形にするといった違いもありました。なかなか気づく人がいないこともやっている」
柳野 「戦闘する場所に合わせて細かな装備を変えるなど、3DCGのモデルは常に更新されています。新しく登場する戦車はもちろんですが、(あんこうチームの)IV号戦車などもなにかしら手が加わっています。戦車に詳しい人なら違いに気付くのではないでしょうか」
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岩浪 「総カット数は1000カットほどと聞いていますが、そのうちCGカットはどれくらいですか」
柳野 「800カットはあると思います」
岩浪 「戦いっぱなし(笑)。54分の上映時間のうち40分以上が戦車のシーンという構成ですね」
映像の理解度を深め、鑑賞の助けになる音づくり
『ガールズ&パンツァー 最終章』第4話はほぼ全編が戦車道の対戦シーンになっている。映画館ごとの音響の違いを確かめたいという意味で何度も脚を運びたくなる映画だ。本編の大半がアクションを含む戦車道の対戦で占められるため、音響演出のプランにも配慮があったそうだ。
岩浪 「(音響演出のプランは)本編すべてを見て満足できるよう、全体を考えて決めていきます。ふだんであれば、迫力を感じてもらう場面、気を抜いてもらう場面のメリハリを付けますが、(『ガールズ&パンツァー 最終章』第4話では)映像の情報量が膨大なので、音はあまり目立たないようにし、映像の理解度を深め、鑑賞の助けになる音づくりを目指しました」
柳野 「ドルビーアトモス版では、どこから戦車が現れるか、どのように動いた結果かが分かりやすくなっていました。映像と音が相互補完して、より完成度が高まったと思います」
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岩浪 「今までは映像も音もお互いに負けないよう、『ドヤ!!』と競い合っているところがありましたが、映像に寄り添って作るしかなかったですね」
確かに、たくさんの音が重なるシーンでもひとつひとつの音が埋もれずにきちんと聴こえる。これはドルビーアトモス音声の隠れた特徴と言えるだろう。雪上を滑る戦車の滑走音、風の音、繰り返される砲撃。こうしたさまざまな音と登場人物の会話や音楽が一体となり、それぞれがきちんと聞き分けられる。これが迫力ある戦車道の対戦をより分かりやすく伝えることにつながるのだ。
岩浪さんも鑑賞の際には「音の位置や移動感に注目してほしい」とコメントしていた。
雪上を滑り降りる戦車の迫力、音楽とアクションの同期にも苦心
情報量も密度感も高いアクション映像の完成度、そしてそれを補完する音響。『ガールズ&パンツァー 最終章』第4話のアクションシーンは、迫力においても、展開の緻密さにおいても日本映画最高峰の完成度と言える仕上がりかもしれない。雪上を戦車で滑り降りながら対戦するという発想もすごいが、スピード感もこれまでになく感じる。こうした映像はどのように生まれたのだろうか?
柳野 「『戦車でスキーをやったらどうか?』と提案したのは僕です。そこに水島監督がやりたかった音楽とリズムを合わせた動きを入れていくのが大変でしたね。本来別個にあるアクションのテンポ感と音楽のテンポ感のせめぎあいというか……その調整が難しかったですね」
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岩浪 「カンテレとアコーディオンの合奏ですね。作戦内容を暗号のように楽器で伝えるアイデアも面白いですが、これらの楽器で奏でる音楽と一緒に対戦が進むシーンでは、音楽に合わせて映像の動きをバッチリと合わせないといけない。見どころのひとつですね」
柳野さんは3DGCI監督に加えて、コンテ修正や特技演出としてもクレジットされている。このうち特技演出は師匠である板野一郎氏にも許可を得て使っているものだという。高速で動く物体をどう見せるかは、板野氏に叩き込まれたものだという。
柳野 「ハイスピードなシーンではモノをいっぱい出せばいいのではなく、映像としてどう見せるか。そのためにどう動かすのかを考える仕事だと教わりました」
アニメーションで映像の真実味を出すためには時には誇張も必要だ。雪山を直滑降していくシーンはスピードも速く、尺としても長い。「あの山の標高はどのぐらいあるのか?」と素朴な疑問を投げかける岩浪さんに、柳野さんは以下のように答えた。
柳野 「戦車のスピードなどから計算したら標高1万メートルくらいありました」
エベレストよりも高い山で繰り広げられた戦車道の対戦に岩浪さんも驚いていた。さらにこのシーンの最後では、大雪崩が発生し、対戦の決着につながっていく。
岩浪 「(この対戦において)雪崩の音は作品前半のクライマックスです。そこで、物語の冒頭は今までの感覚からするとむしろ静かに感じるくらいに抑えています。地下のダム穴を進んでいくシーンなど、そのあとに続く場面では物語の展開に合わせて音圧を上げていき、最後の雪崩で、LFE(低音専用チャンネル)の音圧を最大にできるよう計算しています。ドンと身体が震えるような迫力をここで体感してほしいです」
雪上の対戦は、3DCGのアクションが光るシーンとなっている。継続高校は“ある作戦”を隠して大洗女子学園を追撃しており、各戦車の動きに意味がある。
また、雪上で豪快にドリフト走行をみせるポルシェティーガーの“履帯の動き”にも注目。左右の履帯を逆に回転させる超進地旋回のような動きで車体の向きをコントロールしている。継続高校にも超一流のドライビング(?)テクニックを持つ操縦手が多いようで、戦車の力を極限まで引き出す動きを駆使しているのが伝わる。一見すると、はちゃめちゃに戦車が滑っているようにも見えるが、実はしっかりと戦車が自分の動きを制御している様子がわかるのだ。初見では気付きにくい場面だが、再度鑑賞するなら、こうした細かい動きにも注目してほしい。
柳野 「アクションの密度も高いので、可能ならドルビーアトモスで観て、全体の流れを把握してもらうといいと思います。次に細かいところ、戦車などのキャラクターが生きていること、すべての動きに意味があることを見てほしいですね」
CGなら戦車を動かすのも楽だと思われがちですが……
『ガールズ&パンツァー 最終章』第4話は雪山と砂漠が舞台になっている。市街地に比べて背景が単純なぶん難易度が減ると感じる読者もいそうだが、実際には簡単な話ではない。柳野さんの口からは、その苦労を垣間見られるようなコメントも出た。
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岩浪 「戦車道の対戦は水島監督の要求も厳しいですか」
柳野 「水島監督は背景も動画もほぼすべてCGで、画面全体を動かすシーンが好きですね。主観視点はCGのおかげで、より面白い映像が作れるようになったと言っています。逆に地下のダム穴を掘って脱出するシーンはコンテから大きく変えた場面です」
岩浪 「ここは主観視点も入るし、狭い坑道内で壁などにぶつかりながら進む場面に音を付けるのも面白かったです。反響をたっぷりつけつつ、わかりやすくしました」
柳野 「きっとファンの方も見たいシーンだと思いましたので」
なお、作中で重要な役割を果たすウサギさんチームの作戦は、スティーブ・マックイーン主演の「大脱走」が元ネタ。ただ、地下に穴を掘って脱出するだけではないのでお見逃しなく! 最後に「作るのが難しかったシーンはどこか」と聞かれた柳野さんの回答を紹介しよう。
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柳野 「うーん。全部ですね。CGなら戦車を動かすのが楽だと思われがちですが、全然楽じゃありません(苦笑)。毎回大変なのですが、今回も、もの凄く大変でした。前半は雪山の吹雪、後半は砂漠の砂嵐の中での対戦です。視界が見えづらい中、戦車の中にいる人たちが混乱する描写はいいのですが、その結果、観客に状況がわかりにくくなるのはよくありません。その調整が大変でした」
岩浪 「雪山が舞台の前半と砂漠が舞台の後半では、砲撃など、音の響きも違ってきます。雪は吸音するので、音の響きが短くなりますが、砂漠の岩山では反響音が増えます。場所それぞれに合った音の表現──リアリズムはしっかりと意識しています。全体の流れを考えて音量も細かく計算しています」
砂漠を舞台にした聖グロリアーナ女学院と黒森峰女学園の対戦は、両校の緻密な作戦の応酬の結果、僅差で勝利をつかむという接戦になっている。筆者は各校の次世代のリーダーが頭角を現しつつある点を見せるのがテーマのひとつだったと感じているが、聖グロリアーナ女学院の次のリーダーが誰かは分かりにくい表現になっている。オレンジペコのようでいて、そうでもないようでもある。
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戦車道を通して、次のドラマを予感させるストーリー展開が見どころの、聖グロリアーナ女学院と黒森峰女学園の準決勝。『ガールズ&パンツァー 最終章』第4話では、緊迫した戦車戦はもちろんだが、こうしたストーリーにも注目したい。
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