なぜ日本の音楽業界は(海外のように)ストリーミングでV字回復しないのか?
ASCII.jp / 2023年11月18日 15時0分
配信全盛の音楽市場。作り手・送り手・受け手の視点はどう変化した?
配信による音楽聴取が当たり前となった昨今における、音楽コンテンツを巡るカスタマージャーニーや著作権のあり方などについて、ParadeAll(パレードオール) 代表取締役の鈴木貴歩さんにお話をうかがいました。
実は鈴木さんには2014年にもご登場いただいています。その間、音楽業界にはどのような変化があったのでしょうか?
◆
まつもと 前回の取材からほぼ10年経ちました。
鈴木 時が経つのは早いですね(笑)
まつもと 鈴木さんのお立場も変わり、国内外の音楽市場も配信にシフトして色々変化したというところで、前回の記事にもリンクを貼りながら、作り手、送り手、受け手の3つの観点からどう変わったのかをおうかがいしたいと思います。
鈴木 まず、作り手はノートパソコンやタブレットのような手軽に買える端末で音楽制作できるようになりました。ここは非常に進化したと思います。
特に、音楽制作ソフト――僕たちは「DAW / Digital Audio Workstation」と呼びます――が気軽に使えるようになったことで、パソコンが1台あればスタジオ録音まで完結するような状況が世界中で現われました。
わかりやすいところで言うと、ビリー・アイリッシュはお兄さんがパソコン1台で作った楽曲を歌っていますし、YOASOBIの楽曲制作もノートパソコンとヘッドホンで完結しています。
送り手も変化しました。1つはみんなに聴いてもらう「音楽ストリーミング」です。無料で聴けるプラットフォームとしてYouTubeが台頭し、さらに定額制の音楽ストリーミングサービス、いわゆるサブスクが世界レベルで普及しました。これによって世界中で手軽に音楽が無料もしくは低価格で聴き放題になり、新たな音楽に触れる機会が大きく増えました。
かつてレコード店にCDやレコードを流通させるためには、「レコード会社と契約をする→商品を制作する→商品を流通させる→お金を回収する→回収したお金を分配する」というような1つのバリューチェーンが必要でした。それが「Spotify」などのデジタル配信に置き換わったことで大幅に省力化されました。
レコード会社のような間に入るプレイヤーがいなくても音楽を流通できるようになり、その反面僕たちが「ディストリビューター」と呼んでいるプレイヤーが非常に大きく成長しました。
これらが起きたことで、誰もが音楽を送り手として、手軽に世界中に配信をして、さらにそれを世界中の人が手軽に聴けるようになっていったと思います。
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鈴木 そして、聞き手もそれに応じて変化していきます。
特に音楽ストリーミング、グローバルな視点で言えば、やはり自分の好きなアーティストを聞くということも当然あるのですが、レコメンデーションやアルゴリズムという形で、ストリーミングプラットフォームの「おすすめ」に左右されることが多くなっています。また、それにある種「乗っかる」ことで新たな音楽を聴いていくことにもなります。
あとは「プレイリスト文化」ですね。おじさん世代にはなじみがあると思うのですが、かつてはCDやレコードから一生懸命ダビングしてドライブ用のカセットテープを作っていたものです。そういった習慣が、ストリーミングでは「プレイリスト」が担っています。
しかも月額聴き放題なので新しい音楽に触れる機会も爆発的に増えました。その結果、新たな世代のアーティストがストリーミングから羽ばたいていったのです。
これと同じようなことはYouTubeでも起こっていました。日本ですとシティポップのブームがありましたが、これはYouTubeのレコメンデーションから突然サムネイルに出てきて、聴いてみたらすごく良かったことから世界的な大ブームになっていったと推測されています。
こういったストリーミングプラットフォームならではの聴き方、聴かれ方の変化が与えた影響は大きいと思います。
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音楽業界のデジタル戦略からエンタメ全般のアドバイザーへ
まつもと 10年の変化をコンパクトにまとめていただき、ありがとうございます。ではここで、前回の記事と比較して読む読者さんもいると思うので、鈴木さんの当時のお立場と、現時点で取り組んでいらっしゃることを明確にしておきたいと思います。
鈴木 2014年のインタビュー時はユニバーサル ミュージックで、デジタル戦略を担う仕事をしていました。当時、ようやく世界で普及してきた音楽ストリーミングを日本にどう上陸させて、なおかつアーティストがしっかりとマネタイズできるようなプロモーションとマーケティング戦略を検討していました。
そこから約10年、音楽ストリーミングの状況が大きく変化していくなか、私は現在エンタメとテクノロジーが重なる領域に特化したコンサルティング会社を経営しています。
新しいテクノロジーに対して、マネジメント会社やテック企業が新しい事業や戦略をアップデートしていく際のビジネスコンサルティングや、事業化の伴走をさせてもらっています。そのなかで、私にとっては割と既視感の大きかったストリーミングについてアドバイスすることが多かったですね。
ここ2年ぐらいではWeb3、メタバースといったブロックチェーンベースを使ったテクノロジーと、そこから生まれた新しいエンターテインメントをどのように日本のエンタメ業界に活用できるか、というところのアドバイザリーを務めたり、コンサルティングしたりすることが増えました。
ストリーミングの普及は完了したということで、今はさらに10年先を見据えた音楽マーケットを作ることに注力しています。
まつもと 今回のインタビューのきっかけにもなった、JASRACの理事への就任も大きな出来事かと思います。最初に知ったときはびっくりしました。JASRACも変わったなと。
鈴木 大きなきっかけになったのは、2019年5月31日に開催したJASRACの国際シンポジウムです。そのときはJASRACの上部団体にあたる「CISAC」の会長――シンセサイザー奏者の元祖的な存在であるジャン・ミッシェル・ジャール――も来日したのですが、彼の講演やインタビュー、シンポジウムのモデレーター役を務めたこと、そして私のテクノロジー関連への理解を評価いただいたようです。
まつもと テクノロジーについて考えていかなければならないというセンスを持った方がJASRACの中にもいるということですね。
鈴木 そういった意識を持たれている方は、外から見えているより多いですよ。対外的な発信やシェアについては弱いので、そういったところも含めて私もアドバイスさせていただいています。
まつもと 鈴木さんの現在の立ち位置が非常によくわかりました。
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デジタル化でV字回復していない理由は「価格差」にあり
まつもと 次に、日本市場の独自性についてうかがいます。『デジタルコンテンツ白書』の音楽分野において脇田敬さん(音楽プロデューサー、マネージャー。株式会社LAB代表取締役)は日本のレコード産業と世界の音楽売上金額の推移を比較されています。
このなかで脇田さんが指摘しているのは、日本の市場規模があまり変わっていないこと。CDの売上は落ちており、それを配信が十分にカバーできていない。世界を見ると、ストリーミングの売上がぐんぐん伸びていて市場規模も右肩上がりと分析されています。これは日本の課題ではないかと思うのですが、鈴木さんはどうご覧になっていますか?
鈴木 日本のマーケットでは音楽ビデオ、つまりDVDやBlu-rayの売上が非常に大きいです。具体的にはアイドルやガールズ/ボーイズグループの作品が比較的高い単価で売られています。
と同時に、CDの売上は順調に沈んでいきます。その合算ですと市場規模が「ちょっと下がっている」ぐらいの感じだったので、実際には右肩下がりであることに業界は気づいていないのか、と私は思いながら数字を見ていました。
また、私が2年前に書いた「日本の音源市場がいくらデジタル化してもV字回復しないたった1つの理由」でも触れていますが、「日本はCDに依存しているので、ストリーミング化によって海外同様市場がV字回復するだろう」とザックリ言う人が多いようです。しかし私は『いやいや全然そんなことありませんよ』と思っていました。
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というのも、欧米はCD1枚の価格とストリーミングの月額料金が近いからです。アメリカの場合、CDの価格はストリーミングの1.4倍程度。つまり、ストリーミングの価格はCDのほぼ3分の2ぐらいです。
しかし日本では、ストリーミングの価格は欧米と同じ1000円程度。対してCDの価格は3000円。つまり、海外の2倍か3倍ぐらいストリーミングの売上が上がらないと、CDの凹んだ部分はキャッチアップできないことになります。
この部分を根本的に変えないと、日本がグローバルの売上と同様にV字回復するにはほど遠いというのが根本的なイシューだと思います。これを私は「Japan Pricing Gap(ジャパン・プライシング・ギャップ)」と呼んでいます。
まつもと その価格はプラットフォームが動かないと変えられないと思うのですが、たとえば業界がSpotifyなどに対して、「日本のサブスク、月額料金を上げてくださいよ。そうしないと分配が十分にされません」というような交渉をしていくってことなのでしょうか?
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「日本はCDが突出して売れている国」と思いがちだが……
鈴木 言い方を間違えると公正取引委員会から声がかかりかねないので安易なことは言えないのですが、日本とドイツを同じくらいの単価に調整したとすると、2018年のデータで言えば、日本では1.27億人の人口に対して7160万枚の音楽CDが売れています。
一方でドイツでは、2018年のデータを入手できなかったんですけども、2016年のデータでは8200万人の人口に対して7680万枚が売れています。このとき、日本では4割くらいがデジタルでの販売に移行していて、CDはドイツよりも売れてないことがわかります。
また日本では、この数字に「複数枚買い」の要素も入ってくるので、自分なりに予測を立てると、「売上は横ばい、せいぜい微増では」と。
2021年のブログで私が提言していたのは「高付加価値+高価格帯の導入」です。まず値上げをする。昨今のインフレによってグローバルで値上げ傾向がありますから、それが日本にも波及するのは当然のことです。
そして、高音質や高付加価値による高価格帯でサービスを提供することを提言したのですが、結局Apple Musicが価格そのままで高音質の楽曲を提供したことで、高付加価値+高価格帯にシフトしていく流れも難しくなっていきました。
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まつもと 最初のお話にあった音楽ビデオはどうなんでしょう? デジタル化に対して何らかの影響があるのか、あるいは価格という部分でストリーミングコンテンツとして何かやりようがあるのか?
鈴木 そうですね……デジタルの高価格商品はやはりなかなか難しいので、今のDVDを単純にデジタルに移行するのは難しいかなと思います。
まつもと ファンにとってはコレクションアイテムになっているわけですね。だからパッケージであってほしいし、パッケージであれば高価格でも許容できて、そこに価値を感じてくれる。でもデジタルになったときにどうなるか、というところですね。
〈後編は明日公開〉
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