AIとWeb3が日本の音楽業界を次世代に進化させる
ASCII.jp / 2023年11月19日 15時0分
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コロナ禍の音楽市場とYOASOBIのグローバル戦略
引き続きParadeAll(パレードオール) 代表取締役の鈴木貴歩さんにストリーミング隆盛となった音楽業界の現在と未来についてお話をうかがいます。約10年前に同じテーマでインタビューした際の記事「Spotify上陸直前――定額配信とリアルイベントは音楽に何をもたらす?」と対比しながら読み進めると一層理解が深まるかもしれません。
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まつもと これも『デジタルコンテンツ白書』で触れられているのですが、日本の音楽は世界市場に目を向けると全体として伸びています。
YOASOBIが象徴的だったと思うのですが、国内のジャパン・プライシング・ギャップの問題はありつつも、「じゃあもう世界で売っていけばいいんじゃないか」という見方もできると思いますが、このYOASOBI現象についてはどう思われますか?
鈴木 ちょうどパンデミックの入口から独自の表現を始めたYOASOBIは、いわゆるボカロP的な日本独自の土壌から世に出て行きました。
2020年にパネルディスカッションでお話を伺ったのですが、ボカロPといえばニコニコ動画というイメージですが、YOASOBIはニコ動よりはYouTubeだったようです。ボカロPのカルチャーを受け継ぎながら、YouTubeというグローバルなプラットフォームを中心に選んだのが良かったのだと思います。
そして2人のメインのチームメンバーと、Ayase君とikuraちゃんがLINEグループでさまざまな施策をスピード感を持って実行したとお話をうかがって、そこがすごく効率的だったのではないかと。
また、YOASOBIをディストリビューションしているのはThe Orchardという独立系のレーベル、ディストリビューション会社なのですが、同時にグローバル企業でもあるので(海外進出の)ノウハウがあったことも大きいかと思います。
まつもと 起点としてアニメがありつつ、機動力があってグローバルプラットフォームで素早く実行することに長けている。それらが組み合わさったときに大ヒットにつながっていった、と。今後、楽曲としての『アイドル』的なものが複数アーティストから同時多発的に生まれる可能性はあるものでしょうか。それとも、YOASOBIは「特異点」として捉えるべき?
鈴木 エッセンスとしては、「誰でもできる」「やろうと思えばできる」ということになるでしょう。ただ、それをやろうと思ってやり切る意志力には差があると思います。
また、登場したタイミングがコロナ禍の入口だったことも非常に大きかったでしょう。家で過ごす時間が増えた頃に登場して、同時期に「THE FIRST TAKE」が始まり……と、そういった盛り上がりの入口にいられるかどうかは運の要素もあります。
まつもと コロナ後という観点からうかがうと、マンガ市場でも一種の揺り戻しがあり、巣ごもり特需が一段落してもう一度物理パッケージや対面での流通が戻って来ているものの、明らかに戻らない部分もあります。音楽についてはどうでしょうか? 自粛されていたライブ公演もだいぶ戻っているようですが……。
鈴木 やはり揺り戻しのような「リアル回帰」という流れはあります。業界でもそう考える人が増えてきていると思うのですが、個人的にはそれはあくまでも「消費のタッチポイント」の1つだと思っています。
タッチポイントの“あいだとあいだ”をつないでいるのはデジタルであり、ヒットの種になっているのもデジタル消費です。コロナ禍のときと同じように仕掛けていかないと、ライブがどんどんタコツボ化したり、売上が先細ったりする可能性のほうが大きいと思っています。
NewJeansがあれだけ話題になったのも、基本的にはデジタルで多くの人が消費して認知が上がったためです。ファンベースの継続や増加にはやはりデジタル施策が必要となります。この考え方をどれだけキープできるかが重要でしょう。
今は特需の中にいるかもしれませんが、上記を考えていかないと、K-POPなどとの差はあらためて開いてしまう可能性が大きいと思います。
NFT、メタバース、AI――次の音楽市場にインパクトを与えるのは?
まつもと 最後に「次に来るもの」についてうかがっていきたいと思います。現在、「NFT」「メタバース」「AI」といったキーワードが登場しています。アニメ×NFTで私も去年からいくつかイベントを開催しているのですが、形になっている部分とまだまだこれからだなという部分があり……。
鈴木さんはこういった新領域で、音楽がどういったところに可能性を見出せばいいとお考えですか?
鈴木 Web3全般で言えば、ブロックチェーンをベースにしたインターネットという理解を私はしていて、周囲やパートナーに話しながらさまざまな企画や戦略を練っています。ブロックチェーンの利点としてはデータベースを外出しできるところですね。
まつもと データベースを外出し、とはどういうことでしょう?
鈴木 たとえば、ライブに来てくれた人を管理するために、自社でデータベースを構築して管理・メンテナンスし続けるのは非常にコストがかかりますし、定期的に変化する個人情報の取り扱い条項に従っていくことも非常に面倒です。
しかしデータの管理にブロックチェーンを使うことで、理論上は安全かつ消えない情報を取り扱うことができると考えています。これがデータベースの外出しです。
情報をベースにして事業を展開したり、ファンへの体験を提供したり、よりコアなファンになってもらうための道筋を作ったり……というところでWeb3の可能性は非常に大きいと思っています。
まつもと 前回のインタビューでずっと印象に残っていて、ここ10年くらいさまざまなところで私も使っている「ユーザーの回遊=カスタマージャーニー」というキーワードがありました。今のお話はブロックチェーンがカスタマージャーニーをずっと記録しておいてくれるという理解でよろしいでしょうか。
鈴木 そうですね。たとえばかつてTVしかなかった時代、TVのCMがカスタマージャーニーの一歩目だったと思います。そこからソーシャルメディアになり、YouTubeになり、ストリーミングになり……と変化していますが、やはり最初のポイントはどうしてもプラットフォーム経由になります。
しかしブロックチェーンを活用すれば、自分たちがいつでも参照可能なデータベースにファンのデータが書き込まれているわけですから、付与されたトークンの有無で提供できる体験を変える、といったことも可能でしょう。
つまり、カスタマージャーニーを非常に長いスパンで考えることができるのではと思っています。また、それを業界で共有できるというのも大きな可能性かなと思います。
![](https://ascii.jp/img/2023/11/11/3637516/x/591790260bbeac0b.png)
AI時代の音楽と著作権を模索する試みも始まっている
まつもと 現在、AIが熱いのですが、その分野と音楽の関わりはいかがでしょうか?
鈴木 AIは、ツールとして非常に有用で、たぶん数年後になったら誰もが活用するようになると思います。英語的な言い方ですとcopilot、つまり副操縦士のような存在になっていくかなと思います。
一方で、人間としての表現や今ある著作権の枠組みを大きく壊すような事態にならないことも願っています。ストリーミングもそうですが、本来、誰かが得るべき収入が極端に減ってしまうような状況にならないように、上手くバランスを取っていく必要があるでしょう。
海外では一足早く2023年2月ぐらいに「Human Artistry Campaign」というキャンペーンが立ち上がっています。
音楽に限らずアメリカのさまざまな権利者団体が参画していて、参加団体が140を超えたというニュースもありました。ここに、私がアドバイザーをしている日本音楽制作者連盟(音制連)も参画しています。AIというのはグローバルなアジェンダなので、そこに対しての交渉力を持ち、提言できるために参加していただいた形です。
まつもと AIについての議論の中心では、すごく俗っぽく言うと、勝手に学習されて、原著作者へのリスペクトや、あるいはリターンがないまま著作物がどんどん生み出されているというところに危機感が持たれていると思うのですが、こういった取り組みや動きが出てくることで音楽業界はどうなっていくのでしょうか?
鈴木 大きく2つの流れがあります。1つは、先日EU議会で議決されたAIに対しての対応です。制作物には「AIで作りました」と表記すること、そして学習の対象に対してはオプトアウト可能にすることが決定されました。この動きはアメリカでも同様のようです。一方、日本では著作権法が2018年に改正されましたが、著作物の学習は今のところやり放題という状況になっています。
もう1つ、アメリカや欧州ではおそらく今後、AIが学習した対象、著作物に対してきちんと収益分配が実施されるでしょう。すでに具体的に議論が始められていて、その一端としてGoogleとユニバーサル ミュージックが接触しています。
すでにYouTubeでは「Content ID」というテクノロジーを自分たちで作って、著作物が一部でも使われていたら検出し、著作料を徴収して分配するという施策を実行できています。Content IDがなければ、著作権侵害問題などでYouTubeはここまで大きく成長できなかったでしょう。
GoogleがContent IDをAIに対してどのようにデリバーしていくのかはまだまだこれからの話だとは思いますが、音楽だけではなくほかのAIが関わる分野で利用されていくことと思っています。
まつもと AIの学習対象をどれだけトラッキングできるのかというところは、技術者の間でも「限界がある」とか、「そもそもできるのか?」といった議論がなされていますが、プラットフォーム側がそこに何らかの仕組みを設けることが必要になってくるわけですね。
鈴木 そうですね。
日本が音楽市場に打てる一手はあるのか?
まつもと このインタビューのまとめとして、次の音楽の世界に対して日本だからこそできること、日本発や日本由来であることの強み、可能性についておうかがいします。
鈴木 私は、日本のエンターテイメント、音楽も映像も含めたコンテンツそのものに無限大の可能性があると思います。しかし現在は、私も含めた業界人全体の底上げが必要かなと思っています。
業界人全体のナレッジや経験、そして海外へのビジネス開拓のスピードや熱量を上げていかないと、私たちの持っているポテンシャルが制限されたままになってしまうのでは。これを会社や業界をあげてどう取り組んでいくか。
まつもと つまりプロデューサーのスキルを底上げするってことですか?
鈴木 プロデューサーに限らず、全員ですよね。極端に言えば、全員が英語を喋れて、海外で交流できるようになれば世の中は変わると思います。
まつもと 日本発というと、どうしても初音ミクのようなものを想起してしまうのですが、コンテンツの独自性とか、あるいはアニメのような日本のコンテンツ文化が持っている可能性について、鈴木さんはどんなふうに捉えていらっしゃいますか?
鈴木 可能性どころか、すでにナラティブになっていると思います。私はよくナラティブという言葉を使うのですが、その定義として「共通の文化基盤」と捉えています。
日本のアニメ・ゲームというポップカルチャーを通じて、日本のコンテンツ文化のナラティブは全世界的に定着していると思っています。だからこそ、そこをつないでビジネスに変えていくスキルを持つ人が全然足りていないのではないかと。
まつもと 本日はありがとうございました。
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