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思わず拍手したくなる、宝塚歌劇初のドルビーシネマはリアルを超えるか?

ASCII.jp / 2023年11月25日 15時0分

試写会に登壇したドルビージャパン 代表取締役社長の大沢幸弘氏(左)とパナソニック映像 石黒一哉氏(右)

 「劇場」とも呼ばれる映画館。いまは映画以外の上映が増えている。公演をリアルタイムで上映するものを“ライブビューイング”、録画して上映するものを“ディレイビューイング”などと呼んだりもする。音楽ライブや演劇などの舞台が時間や場所を超えて上映され、映画館が文字通り「劇場の役割」を果たすようになってきた。チケットの販売枚数に限りがある人気イベントや、時間の都合/移動の都合で脚を運べない公演を、近くの映画館で手軽に楽しめる。こうした視聴スタイルも市民権を得てきたように思う。

“リアル公演”の代替だけではない

 では、映画館で観る公演は、本物の公演を観られない人のための次善策、ある種の妥協なのだろうか。

 「カメラとマイクで収めた映像/音響をスクリーンやスピーカーで体験するのでは、目の前で役者やアーティストのパフォーマンスを観るのには及ばない」。それは正しくもあるが、先入観でもあるように思う。

 映画館で観る公演は、決まった席の決まった角度で舞台を眺める、生の公演とはまた違った魅力がある。映画館自体の進化もある。また、ドルビーシネマ(Dolby Cinema)を始めとしたハイエンドのスクリーンは、従来の映画館のイメージを大きく上回る高い表現力を備えている。

 Dolby Visionによる美しく鮮やかなHDR映像、そしてDolby Atmosによって映画館全体に響く歓声や拍手。その様子に触れると、映画感で観ていることを忘れ、一緒に手を叩きなくなってしまう。リアルに決してひけを取らない臨場感を感じ取れるのだ。

 そんな感想を新たにしたのが、11月17日に始まった、タカラヅカ・レビュー・シネマ 星組公演『1789-バスティーユの恋人たち-』リミテッド上映だ。Dolby VisionとDolby Atmosの高品位な映像・音声で制作されたコンテンツから、劇場に脚を運ぶのと変わらず、場合によってはそれを上回る体験が得られ、それに心を奪われた。直前に実施された試写会の様子と合わせて紹介していこう。

宝塚歌劇としては初のドルビーシネマ向けコンテンツ

 1789-バスティーユの恋人たち-は、フレンチ・ロックの傑作ミュージカル。革命前夜のフランスを舞台に、官憲に父親を銃殺された主人公ロナン・マズリエ(礼真琴)と、王太子の養育係でロナンの恋人オランプ・デュ・ピュジェ(舞空瞳)の波乱に満ちた恋愛を描いている。

 印象的な楽曲をバックに宝塚らしいダンスが繰り広げられる。登場人物たちが身にまとうきらびやかな衣装、華やかなフィナーレなども見どころだ。

 2023年7月2日に宝塚大劇場で収録した千秋楽の公演を、全国10スクリーンのドルビーシネマで上映中。宝塚歌劇としては初の試みだ。Dolby Atmos版は10月27日から先行ロードショーを開始し、さらに映像をDolby Visionにグレードアップしたものが期間限定で上映されている。

 コンテンツは、収録映像をまずDolby Vision(HDR)の状態でグレーディング。Dolby Atmos上映館では、この映像を一般的なスクリーンで上映できるSDRに最適化(トリムパス)して出力している。

 本命はドルビーシネマでDolby Visionを観るということになるが、SDRへの出力時もワンカットずつ細かく設定の調整を入れているとのこと。SDRでもヒーローグレードであるDolby Visionに迫る魅力を感じられそうだ。マニア的な視点に立つと、HDRとSDRの表現力の違いを確認できるコンテンツとも言えそうだ。

素晴らしい映像と音響が舞台の熱気を伝える

 試写会で観たDolby Vision映像は、色彩が豊かで、明るさに優れていた。

 ただし、テレビなどの映像とは異なり、色調は暖色寄りの自然なもの。描写は克明だがポジなどを直接見るというよりは、ネガを焼いたような感覚に近い、アナログライクで味わいのある雰囲気を出していた。

 暗転時の漆黒やスポットライトが当たる演者とその背景の対比も絶妙。時折ステージの前に映り込む観客席は深く沈み込みつつも暗部のグラデーションをしっかりと残している。明るさや華やかさだけでなく、こうした暗さの表現が映像に深みを与え、作り物ではなくリアルを反映したものであるという実感を強める。

 試写を通じてとりわけ印象に残ったのは、ただ単に美しく舞台を見せるだけでなく、その熱気が伝わってきたことだ。

 例えば、要所要所で盛り込まれるシーンの見せ場。そこで生まれる場の余韻だ。登場人物が一糸乱れぬダンスを披露し、舞台が大いに盛り上がる。割れんばかりの拍手の中、息を整えながら満足な表情を浮かべる演者。一瞬の休止によって、客席と舞台の間にある空間を意識し、劇場全体を包む熱量を感じる。舞台上にはほのかにスモークが立ち込めている。生と同じ雰囲気に呑まれ、いま目の前で演じられたパフォーマンスを称賛する拍手が思わず出てしまいそうになるが、手を動かそうと思った瞬間に、いま自分がいるのは映画館であり、観ているのは収録された映像で、拍手もまた周囲のスピーカーから鳴っている音であることにハッと気づく。

表現ではなく、リアルをそのままに

 こうしたDolby Visinoならではの臨場感あふれる映像の調整(カラーグレーディング)を担当したのがパナソニック映像の石黒一哉氏だ。試写後のトークショーで石黒氏は以下のようにコメントした。

石黒 「元が舞台作品なので、できるだけ舞台の再現をしようと考えた。舞台と同じ印象を持ってもらうことを心がけ、舞台上の色味や光の加減を忠実に再現しようとした」

 ドラマ作品を始めとした実写映像も多く手掛ける石黒氏。ひとくちに映像と言っても、作品の世界観を色と光で表現する映画やドラマと、リアルを記録した舞台ではアプローチが異なるという。冒頭からフィナーレへと続く、全体の流れの中で大きなプランがあったかという司会者の質問に対して、石黒氏は「現場の照明の強さを反映すること」が肝要であると答え、「照明の強さは場面場面で違う。照明の意図、舞台の演出に忠実になるように心がけた」と話す。

石黒 「作業が変わるというよりは色味的な話になると思う。映画やドラマでは、世界観を示す色合いにするが、舞台にはリアルがあるので、そこに合わせる。リアルでどう見えているかに気を付けたかたち。作品の世界観を示すと、リアルと必ず同じになる」

大画面で精細な画像を観る楽しさ

 大画面かつ高解像度のスクリーンには、舞台の観たいところを観られるという感動もある。劇場の公演では席の位置が決まっていて、舞台を同じ角度、同じ大きさで見続けることになるが、映像化された公演では現場では見られないアップのシーンも、舞台全体を俯瞰するシーンも表現できる。

 例えば、フィナーレで披露されるラインダンスの迫力は圧巻。ピッタリと揃い、ダイナミックな脚の動きに驚かされるが、大画面であるため、一人一人に注目して観ることもできる。こうした見方はリアルでもなかなか難しいものではないだろうか。

 華やかな衣装の表現も印象的。舞台を離れた場所から観る場合、色彩の対比などは分かるが、細部まではなかなか確認できない。しかし、ドルビーシネマであれば、演者が劇場のスクリーンに大写しされるため、キラキラと輝く飾りや生地の織りやその質感、あしらわれた柄なども非常に良く知ることができる。ヒロインのオランプがまとう花柄のドレスは登場人物の性格付けととてもマッチしており印象的だった。

 石黒氏も「一般の人が目につく、印象に残りやすい、出ている人の衣装のスパンコールなどがきらびやかに表現が分かりやすく出る。そこを見てもらいたい。パッと見た印象として違いが分かるのではないか」とコメントしていた。

 映像を観た人間はその鮮やかさに印象を奪われがちだが、その光を強く意識できるのは暗さの表現があってのことだ。HDRに対応したDolby Visionは明暗差の表現に優れている。

石黒 「光の表現もそうだが、全体として明るい照明下のシーンが続く。そんな中、フィナーレなどでは暗い場所でピンポイントの照明が当たっているシーンがある。暗さの表現もあり、明るさの表現もある。見栄えする絵になっている」

 明暗の対比として注目したいのはフィナーレだ。まばゆい光の中、大階段を下りてくる様子はまさに宝塚らしさを感じるが、光だけでなくスポットライトに当たらない影の表現も観てほしい。

石黒 「(黒の表現はDolby Visionの魅力だが)完全に舞台を真っ暗にするのは少ないと思う。その中でも、ステージの一歩手前のステージなどで歌う際には、全体として明るさを落として、本人だけに照明が当たる。コントラストの表現ができているのではないか」

制作現場の表現をそのまま感じられるのも魅力

 ドルビーシネマの施設はこうした制作の意図を的確に再現できる表現力も有している。対応する映像や音声の規格、客席やアプローチを含めた全体の雰囲気なども一貫しており、制作者が観客に見せたいと思える画と音を忠実に提供することができる。

 試写会場となったIMAGICA 第二試写室の映像を観た石黒氏は「作品の制作にあたってはマスターモニターで作業をしていたが、その意図が(劇場のスクリーンでも)遜色なく見られた。さすがDolby Visionだと思った部分」と一貫性の高さについても言及していた。

試写会の冒頭でドルビージャパンの大沢社長は映像のすばらしさに加えて、チケットの購入をあきらめるような素晴らしい公演にも、より多くの人が触れられる機会となるというメリットを紹介した。

 一方で、映画などではプレミアム作品を中心に幅広く採用されるようになったDolby Vision/Dolby Atmosだが、舞台ものの例はまだまだ少ない。しかし、その可能性は広がっている。

石黒 「舞台ものはまだ少ないなか、Dolby VisionやDolby Cinemaの良さを伝えるいい機会になったと思う。舞台を好きな人にはいい体験になると思うし、個人的にもっと増えてほしいと思っている」

 ちなみに、映像制作の苦労として映画と異なる視点も提示された。それは舞台の収録では、複数のカメラを切り替えて使うため、それを揃えることの難しさだ。表現力の高いDolby Visionではより一層重要になってくる。

石黒 「光を表現する幅が広がったことにより、さまざまなアングルに設置されたカメラの画質の差が顕著に出てしまう。そこをシビアにやらないといけない。調整が必要になる部分」

 冒頭でも述べたように、公演にはキャパの制約があるため、チケットの購入や座席の問題によって、観たい公演が観られないといった問題はよく生じる。そんな人にとって、映画館での上映が増えることは、嬉しい流れだろう。

 一方で、リアルで行われている公演を離れた場所で映像としてみるのでは物足りないと感じる人がいるかもしれない。しかし、質の高い状態で制作されたコンテンツはリアルに匹敵する感動やリアルを超える情報を持つ面がある。このことを試写を通じて実感できた。こうした体験ができるドルビーシネマが国内でも増えることを期待したい。

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