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黒柳徹子さん「窓ぎわのトットちゃん」42年ぶりの続編に懸けた思い

ASCII.jp / 2023年12月14日 7時0分

 1981年に黒柳徹子さんの自叙伝『窓ぎわのトットちゃん』を読んだとき、理屈以前に感動したことをいまでも覚えている。そこには、子どもにとっての理想的な世界が描かれていたからだ。トモエ学園のように個性的な学校が存在したということに驚かされたし、その環境の独自性は、そこで育まれた黒柳さんの強烈なキャラクターとも文句なしに結びついた。

 だから、ここにきて同作が劇場アニメ化され話題を呼んでいることにも充分納得できた(現時点ではまだ拝見できていないのだが)。また同じような理由で、42年ぶりに刊行された続編の『続 窓ぎわのトットちゃん』にも興味を持つことになったのだった。

『窓ぎわのトットちゃん』は、私が青森に疎開するところで終わっている。東京大空襲の数日後の場面だ。この四十二年前に書いた本の続きを読みたいという声があったのは、たしかだった。でも私は、どう考えても『窓ぎわのトットちゃん』よりおもしろいことは書けない、と思っていた。(3ページより)

 トモエ学園時代ほど毎日が楽しいことはなかったから、というのがその理由だ。わかる気はするが、なのになぜ続編が生まれたのか? そのことについては後述するけれども、いずれにせよここでは黒柳さん(以下・トット)が青森に疎開し、女学校と音楽学校を経てNHKの専属女優としてデビュー、ニューヨークに留学するまでのプロセスが描かれている。

戦中の話だが、必要以上の暗さはない

 中心になっているのは戦中の話なので、普通に考えれば決して明るいものにはならないはずだ。しかし、ここに必要以上の暗さはない。たとえば冒頭部分に登場する戦時中の記憶に、そうしたニュアンスがよく表れている。

戦争中の東京の冬は、いまよりもずっと寒かったと思う。 「寒いし、眠いし、おなかがすいた」 トモエ学園の行き帰り、トットたちはみんなでそう言いながら歩いていた。簡単な曲をつけて、自分たちのテーマソングみたいに歌うこともあった。(36ページより)

 「それはもう空腹に苦しめられた」というが、そんな状況下でもたくましく生きる姿が思い浮かぶ。そして読み進めていけば、子どものすることをすべて受け入れるだけでなく、自身に降りかかる苦難をも前向きに乗り越えていく両親(とくに母親)の気丈さが、トットの人格形成に大きく役立ったのだということがよくわかる。

 たとえば疎開先の尻内(現在の八戸)に疎開し、やっとの思いでリンゴ農家の作業小屋を借りたときのことだ。八畳くらいの広さで、屋根は藁葺き、板張りの壁は隙間だらけで、明かりは石油ランプのみ。どう考えても恵まれた環境ではないが、母は「窓からも天井からも、太陽の光が射してくるなんて素敵ね」とうれしそうにしていたという。

 そのときトットは「『ものは考えよう』とはこういうことをいうのか」と感心したそうだが、これこそが真の教育なのではないだろうか? 親が悲しんでいれば子どもも悲しくなるが、楽しそうにしていれば、そこから楽しく生きる術を学ぶことができるのだから。

リンゴ箱を逆さにしたかと思うと、その上に綿や藁を敷きつめ、荷物をまとめるとふろしき代わりに使ったゴブラン織りの布をかぶせ、上から釘を打った。箱のまわりに余り布をフリルみたいにして垂らすと、ロココ調のおしゃれな椅子のできあがり。 近所の人から分けてもらったシーツは、絵の具でうすいグリーンに塗った。そこにリンゴの絵をたくさん描いて壁に飾ると、立派なタペストリーになった。一メートルぐらい高くなっている床は、子ども用のベッドに変身した。殺風景だったリンゴ小屋が、北千束の家みたいな雰囲気に生まれ変わった。(87ページより)

 なんだかジブリのアニメに出てきそうな光景で、これだけでもいかに母親が素敵な方だったかが想像できる。しかも彼女はこのあと食堂を始めるなどして、出征中の夫に代わって家族を見事に守り通していく。だからトットも、東北の環境に順応しながらすくすくと育っていくのだった。

体験した戦争のことを書き残したいという思い

 終戦後に東京へ戻ったトットは女学校時代、イタリア映画の代表作である『トスカ』を観て感銘を受ける。そこで展開される世界は、戦争が終わったばかりで着るものがほとんどなかった時代からすれば夢そのもので、それは「あの人になろう!」という思いへとつながっていった。

でも、オペラ歌手になると決めても、なにをどこでどう勉強すればいいのかがわからない。香蘭(筆者注:通っていた女学校)のともだちに相談すると、「それは、やっぱり音楽学校じゃないの?」と言われた。トットのママは、音楽学校に通っているときにパパと出会って結婚したので、まずはママに「オペラ歌手になりたいと思うんだけど」と、おそるおそる相談してみた。 すると、いつもの感じで答えが返ってきた。 「そうなの。いいんじゃない」(155ページより)

 やはりここでも、子どもの言うことを決して否定しない“母の力”が発揮された。かくしてトットは音楽学校で学ぶことになり、NHKの専属女優として活躍するようになっていったのだった。

 こうした関係性がとても素敵なので、個人的には本作を親子の物語として読んだ。もちろんそれも間違いではないだろうが、先にも少し触れたように、本書を書こうと思い立ったことにはもうひとつ、とても重要な理由があったようだ。

 長寿番組『徹子の部屋』について触れられた「あとがき」に書かれているその部分を引用し、この文章を終えようと思う。

二〇二二年最後の放送のゲストは、例年どおりタモリさんだった。「来年はどんな年になりますかね」という私の質問に、「なんていうかな、(日本は)新しい戦前になるんじゃないですかね」という答えが返ってきたけど、そんなタモリさんの予想が、これからもずっとはずれ続けることを祈りたい。 『徹子の部屋』の四十八年間は、こういうお話を伺い続けた四十八年間でもあった。私が体験した戦争のことを書き残しておきたいと考えたことが、『続・窓ぎわのトットちゃん』を書くきっかけの一つだということも、このあとがきに書いておきたかった。(252ページより)

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  • 続 窓ぎわのトットちゃん黒柳徹子講談社

 

筆者紹介:印南敦史

作家、書評家。株式会社アンビエンス代表取締役。 1962年、東京都生まれ。 「ライフハッカー[日本版]」「ニューズウィーク日本版」「東洋経済オンライン」「サライ.jp」「マイナビニュース」などで書評欄を担当し、年間700冊以上の読書量を誇る。 著書に『遅読家のための読書術』(PHP文庫)、『いま自分に必要なビジネススキルが1テーマ3冊で身につく本』(日本実業出版社)、『書評の仕事』(ワニブックスPLUS新書)、『読書する家族のつくりかた 親子で本好きになる25のゲームメソッド』『読んでも読んでも忘れてしまう人のための読書術』(以上、星海社新書)、『世界一やさしい読書習慣定着メソッド』(大和書房)、『プロ書評家が教える 伝わる文章を書く技術』(KADOKAWA)、などのほか、音楽関連の書籍やエッセイなども多数。

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