finalの自分ダミーヘッドサービスは「技術の会社」ならではの驚くべき投資
ASCII.jp / 2023年12月24日 17時0分
finalが「春のヘッドフォン祭2023」で発表した“自分ダミーヘッドサービス”がいよいよ開始される。先行してプレス向けの自分ダミーヘッドサービスに参加した。
対象機種は初代「ZE8000」であり、機種に特化した作業が必要になるため、現状では「ZE8000 MK2」は対応していない。また、あらかじめ「ZE8000の音に慣れていることが望ましい」ため、既存ユーザーが主なターゲットとなる。
その目的はZE8000を個人に最適化することであり、効果は音色(ねいろ)再現の向上にある。もともとZE8000の開発目標は音色再現性の追求だった。その意味ではZE8000の能力をフルに引き出せるサービスとも言える。音色というのは、音の大きさや方向性などを除いた、楽器や声の出す音そのものを指すという。
端的に言えばZE8000が提供する“8Kサウンド”のパーソナライズだが、そのためには8Kサウンドの計算アルゴリズムの書き換えが必要であり、個人ごとの精密な測定が必要になる。無響室で直接測定することも可能だが、それを慣れない一般ユーザーに数時間かけて行うのは現実的ではない。そこでユーザーの外形データを計測して仮想の分身を作り、それをfinalが用意したバーチャル空間に置いて、数時間かかるシミュレーションをする。自分の分身(ダミーヘッド)を作り、それに最適な音にカスタマイズするのが「自分ダミーヘッド」サービスである。
最終的に得られるものは、個人に合わせて内部処理を調整されたZE8000だ。本サービス専用のシリコンイヤーピースが付属し、筐体には自分ダミーヘッド認証マークがレーザー刻印される。自分ダミーヘッドの調整が住んだZE8000とスマホをつなぐと、「final CONNECT」アプリに自分ダミーヘッドサービス用の設定画面が現れるようになる。
計測と最終調整で本社を2回訪問
このサービスを受けるユーザーは、final本社を2回訪問する必要がある。プレス向けではインタビューなどのために3回目が設定されていた。
1日目は説明や計測が行われる。finalを訪問すると、一室に通されてサービスの説明を受ける。説明は丁寧なもので、とても分かりやすい。ここで手持ちのZE8000をソフトウェアを書き換えるために預け、代替品のZE8000を受け取る(後日返却)。
次に上半身を3D測定する。耳だけではなく、上半身を測定する理由は、耳に入る音は回折など身体の形状の影響を受け、脳はそれを加味して音を感じるからだ。それに近い状況をシミュレートするための仮想的なモデルを作るわけだ。測定では、自身の上半身を360度すべての方向から、3通りの角度で撮影する。面白いのは撮影するカメラが特殊な機材ではなくiPhoneであることだ。これは、将来的にユーザーが自分の家でできることも見越しているためだという。
回転椅子に座っての撮影となるが、回転中は目線が定まりにくく姿勢が安定しにくい。周囲にある線を目で追っていくと体勢が安定しやすい。
また、耳の全体も光方式の非接触スキャナーで測定する。これは耳全体の詳細なイメージが欠かせないからだ。耳穴の掃除は不要だそうだが、次の段階も含めてなるべく綺麗にしておくことをお勧めする。
最後に無響室で耳の中を測定する。健康診断の聴力検査のように聞こえたらボタンを押すのではなく、耳の中にマイクを差し込んで、前方に置かれたスピーカーから聞こえるスイープ信号を使って、自動的に測定が完了する。自分で何かをする必要はない。ちなみにこの手順は特に機密性が高いノウハウがあるようで、写真撮影が許可されなかった。
以上、1日目に測定したのは上半身、耳の外側、耳の内側の3箇所だ。作業は一時間ほどで完了する。まるで大学の研究室で精密に測定されているようで、ここまでやるかという感覚さえあった。わたしはこれまでいくつものカスタムイヤホンを作成してきたが、このような経験はかつてないものだ。
調整が住んだZE8000を受け取り、その効果に驚く
2日目はイヤホンの最終調整をする。作業の前に1日目の測定結果を反映したZE8000が渡された。
衝撃的だったのはこの時だ。改良されたZE8000の音は一聴したところ、まったく前と出音が違っている。音がとてもよく聞こえることに驚いた。あまりに違うので「これは本当に自分が置いていったものですか?」とスタッフに聞いてしまったほどだ。
調整方法はヴォーカルソロ、楽器ソロ、楽器合奏のように、何種類かの音楽を聴きながら進む。ミュージックプレーヤーを操作しながら、自分の思う場所に進めたり戻ったりできるので、かなり自由度が高い。自分が気になるところを重点的にチェックできる。
調整作業は第一印象で決めたほうが良いと言うことなので、それほど時間をかけなかった。まずはよく寝てきてほしいということだ。ここで細かな修正がなされるということだが、改良された音の9割以上は1日目の測定で決まったと思う。私の場合は2日目で調整する必要はほとんどないように感じた。
自分ダミーヘッドの効果を紹介
最後の訪問では、受け取った完成品を試しながら、finalの細尾満社長、技術主幹の濱崎公夫氏と質疑応答した。
final Connectアプリに追加された自分ダミーヘッドの専用画面では、効果のオン・オフ、さらにオプション設定ができる。画面中のReferenceが通常の自分ダミーヘッドサービスモードのオンで、測定の結果がそのまま反映されたモードだ。ほかのオプションはRF NoneとRF+nの二つだ(RFはResonance Frequencyの意味)。これらは身体形状の影響度合いを微調整するものだが、実際に音楽を聴いた好みで設定するというものだ。効果をオフにすると、以前のZE8000とまったく同じ音になる。
自分ダミーヘッドサービスにおける音質向上の効果としては、一つ一つの音が明瞭によく聴こえるようになったということだ。音質の向上感は微妙なものではなく、以前の音と比べなくともすぐに気がつくほど大きい。
音全体がすっきりと晴れ上がってクリアになり、以前は曖昧で曇りを感じていた女性ヴォーカルの声も声質が鮮明でリアルになり、細かな声の質感までよく分かるようになった。またこれによって、ゾクっとするような声の官能性まで感じられた。細かなニュアンスまでよく伝わるようになったというべきかもしれない。
ピアノのタッチやメーカーの差、ヴォーカルの吐息などそうした音楽の細かな表現に長けたイヤホンになったとも言える。オリジナルのZE8000とは帯域的な再現の違いというのはなく、そうした細部がよりクリアで明瞭にわかるようになったのが大きな違いだ。
RFオプションに関しては聴く音楽によっても変わるようで、試してみるとシンプルなヴォーカルやアコースティック曲にはRF noneが好みで、ロックなどにはRF+nが良かった。
自分ダミーヘッドサービスの効果をオフにして聴き比べると、新旧のイヤホン比較のように全く違うほど差は大きい。それでいて変わったのはソフトウェアのみで振動板やSoCなどの変化は全くないのだ。
ここまで手のかかるサービスを提供するfinalの意気込み
それでは、自分ダミーヘッドサービスによってZE8000のなにが具体的に変わるのだろうか? ZE8000のDSPが担当する8Kサウンドの計算アルゴリズム自体が個人向けに書き換わり、イヤホンの基本ソフトウェアの一部がいわば「佐々木専用8Kサウンド」になるという。つまり、他人に最適化したZE8000を聴いてもいい音にはならないという。自分ダミーヘッドサービスの適用で、オリジナルのZE8000の音質が向上したわけではなく、私向きの音になったのだ。
改良の効果は録音された音楽を聴くことを前提にして、コンテンツの音色が正しく聞こえるようになるということなので、私の感じた変化は正しいものであるように思う。
また、当初アナウンスされた際には、カスタムイヤーピースとセットで提供すると案内されていたが、最終的に専用シリコンイヤーピースを採用することに変更したのはそのほうが正しく効果を適用できることが分かったからだそうだ。
カスタムイヤーピースでなくなったことは、サービスがスケールダウンしたようにも思えてしまうが、実際に体験してみると自分ダミーヘッドサービスの本質はそこではないと気がついた。当初からこのサービスの目的は「内部のカスタム化」が主目的であり、外側のカスタム化はそれを担保するための従目的でしかないからだ。実際に外観の変化はわずかだが、音質の変化はとても大きい。
この自分ダミーヘッドサービスはこれまでのイヤホンの歴史、あるいはオーディオの歴史においても類例がないようなサービスだ。最適化の計算は、耳介だけでなく上半身全体を対象とした864箇所の計測ポイントを用いた形状データに基づき、COMSOLの物理シミュレーションで音響物理量を緻密に導出するものだ。専用のワークステーションを占有してひとり当たり7時間近くかかるという。
これだけの手間をかけて、ソフトウェアの書き換えができるのは、たったひとつのイヤホンだけである。普通の会社では、とてもコストに見合わないだろう。それを将来技術への投資と割り切って提供するのが、技術の会社であるfinalらしさと言える。
なお、一般向けのサービス開始は2024年1月中旬中旬から2月中旬にかけて予定されているが、一次募集はすでに終了している。興味のある人は二次募集の開始を楽しみに待っていてほしい。一般向けのサービス価格は5万5000円だ。
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