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「コロッケが爆発しました」刑務所の受刑者たち、“クサくないメシ”作りに奮闘

ASCII.jp / 2024年1月4日 7時0分

De an Sun |  Unsplash

 なんでも巷ではいま、「横浜刑務所で作ったパスタ」がたいへん売れているらしい。食べたことはないけれど、まあ理解できる話ではある。いわゆる「刑務所作業製品」は、質が高いということで昔から人気だったからだ。

 とはいえ刑務所内の工場でつくられるもののなかには、パスタみたいに簡単には買えないものだって存在する。最たるものが「給食」だ。だいいち塀の向こうの給食事情は、私たちにとってあまりに縁遠いものである。

 だから、『めざせ! ムショラン三ツ星 刑務所栄養士、今日も受刑者とクサくないメシ作ります』(黒栁桂子 著、朝日新聞出版)の冒頭に出てくる以下の記述にも、いささか興味深いものを感じるのだ。

ほとんど知られていないことだろうが、刑務所で受刑者たちが食べる給食は彼ら自身が作っている。管理栄養士である私の仕事は、毎月のメニューを考えて、週に1〜2回は受刑者と一緒に炊場(炊事工場)に立ち、彼らに調理指導をすること。(「はじめに クサくないムショメシをめざして」より)

 人ごととして考えれば、なかなか緊張感のありそうな職場である。著者自身も最初は、「ヤクザ映画で見るような眼光鋭い荒くれ者が勢ぞろいなのだろう」と想像していたらしい。しかし実際の受刑者はごくごく普通の男子たちばかりで、生まれもっての悪党なんかじゃないと思わせる瞬間も少なくなかったという。

私がこの仕事にやりがいを感じられるのは、彼らの「ウマかったっス」という言葉があったからだ。職員と受刑者という立場でありながら、あるときは同じ釜の飯を「食う」ならぬ「作る」仲間であり、またあるときは料理を教える先生と生徒、そしてまたあるときは調子に乗った言動に説教する母親と息子、そんな場面をいくつも過ごしてきた。(「はじめに クサくないムショメシをめざして」より)

「コロッケが爆発しました」

 とはいえ、決して楽な仕事ではないだろう。調理にあたる7〜9人の受刑者は近隣の拘置所の分も含めて約110人分の給食を用意しているというが、そもそも彼らはみな調理経験などない素人なのだから。

 ましてや刑務所なので、作業中に受刑者は「にんじん入れます!」「しょう油入れます!」といちいち報告し、それに対して刑務官が「ヨシ!」といちいち指さし確認するのだという。やはり、独特な世界ではあるようだ。

 だから、ときには事故が起こることも……。

 たとえば、炊場の担当刑務官から著者のもとに連絡が入ったという場面はなかなかスリリング、というよりも味わい深い。

「どうしました?」 「コロッケが爆発しました」  彼の声色から、焦っている様子が手に取るようにわかった。受話器を置き、すぐに炊場に向かう。(中略)  到着すると、彼はうかない顔で爆発したコロッケの残骸を見せてくれた。 「あ〜、はいはい。一度にたくさん揚げたんでしょ」(116ページより)

 冷凍食品を揚げる場合には、揚げる量に気をつけなければならない。揚げ油にたくさん放り込むと油の温度が急激に下がり、衣が揚がって固まらないうちに、内部の水蒸気がふくらんで皮を突き破り爆発するのだ。

 ともあれ、こうした受刑者たちの不器用さと純粋さには、なんだか愛しささえ感じる。メロンの切り方が下手な受刑者たちに代わり、著者が切ってみせたときのリアクションにしてもそうだ。

私はボート状に切られた一つを取って、斜めに包丁を入れて半分に切った。すると、 「おぉ〜!」 と歓声が上がった。ふふっ。この瞬間がたまらない……。何も特別な技を披露しているわけではない。それなのにこの賞賛の声。ほくそ笑みながらも、彼らにそれを悟られまいと振る舞う。(91〜92ページより)

 無垢な反応に心が癒される思いだが、それを「たまらない」と表現してしまう著者の柔軟さもなかなかのものだ。だから本書を読んでいると、刑務所内の話であるにもかかわらず、ついつい笑ってしまうのだった。

「獄旨ドーナツ」レシピはいかが

 なお、刑務所なのでもちろん決まりごとも多く、その決まりが生まれた“理由”も独特。それもまた、笑いを誘う要因として機能する。

スーパーのお惣菜コーナーにあるような業務用食材に、小売りパッケージ用のシールが入っていることがある。「たこやき」とか「大学いも」とかイラスト入りのシールも炊場には入れないように言われている。なぜかと聞くと、 「遊ぶから」  とのこと……。初めて聞いたときは「大の大人がシールで遊ぶ?」と、驚いたが、今なら容易に想像できてしまう。娑婆感のあるシールは、彼らの生活に刺激を与えるものなのだ。例えば、「肉」と書かれたシールがあったとしたら、間違いなくおでこに貼って「キン肉マン」ごっこをするだろう。(37ページより)

 もちろん大前提として、犯罪は許されてはならない。しかしその一方、忘れるべきでないこともある。犯罪を犯してしまった人にもそれぞれの人生があり、その道のりのどこかで人間らしさを身につけてきたということだ。本書に出てくる受刑者たちがどこか憎めないのも、そんな理由があるからに違いない。

 また、どんな人にも食べる権利はある。そして食べた人は、少なくとも食事のために与えられた時間内はささやかな幸せを感じることになるはずだ。だからこそ、著者もこの仕事にやりがいを感じるのだろう。

 昔から刑務所の食事は「クサいメシ」と言われてきた。クサいメシを作るなんて管理栄養士として、やりがいはあるのだろうか……などと最初は思っていた。ところがどうよ、べつにクサくないし! とりたててまずいわけでもない。自分で言うのもなんだが、おいしいメニューだってもちろんある。(224ページより)

 ちなみに本書には、「いかフライレモン風味」や「獄旨ドーナツ」などの人気メニューのレシピもついているので、興味がわいたらつくってみてはいかがだろうか?

■Amazon.co.jpで購入
  • めざせ! ムショラン三ツ星 刑務所栄養士、今日も受刑者とクサくないメシ作ります黒栁 桂子朝日新聞出版

 

筆者紹介:印南敦史

作家、書評家。株式会社アンビエンス代表取締役。 1962年、東京都生まれ。 「ライフハッカー[日本版]」「ニューズウィーク日本版」「東洋経済オンライン」「サライ.jp」「マイナビニュース」などで書評欄を担当し、年間700冊以上の読書量を誇る。 著書に『遅読家のための読書術』(PHP文庫)、『いま自分に必要なビジネススキルが1テーマ3冊で身につく本』(日本実業出版社)、『書評の仕事』(ワニブックスPLUS新書)、『読書する家族のつくりかた 親子で本好きになる25のゲームメソッド』『読んでも読んでも忘れてしまう人のための読書術』(以上、星海社新書)、『世界一やさしい読書習慣定着メソッド』(大和書房)、『プロ書評家が教える 伝わる文章を書く技術』(KADOKAWA)、などのほか、音楽関連の書籍やエッセイなども多数。

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