【レビュー】人々はなぜApple Watchを買うのか? 機械式時計ユーザーが体験した違い
ASCII.jp / 2024年1月4日 12時0分
機械式からApple Watchへ
いま、街中でもっとも見かける腕時計は間違いなくApple Watchだ。調べたら初代発売は2015年4月。もう9年近くも前になる。だがApple Watchをガシガシ操作して、たとえばメールを打っているとか、ウェブを閲覧している人を僕は見た記憶がない。そもそもスマホという手の中に収まり、情報の閲覧や入力にも適した通信機器がある中で、小さな腕時計にも通信機能を求める必要があるのか。以前「Apple Watchって便利なの?」とSeries 6を持っている妻に聞いたところ、「家の中で消えたiPhoneを探すのに便利」とのことだった。僕は自宅でも常にポケットにiPhoneを入れているので、どうやらその必要性は薄そうだ。
かくして腕時計は、20年以上前に衝動買いしたスイス某社製の機械式。今は価格が5倍くらいに高騰し、とても衝動買いなんぞできない品だが、そのぶん慈しんで毎日毎日ゼンマイを巻いてきた。そして何か悪いタイマーが内蔵されているのか、五輪やW杯並みの4年周期で壊れてきた。そのタイミングが2023年夏にやってきたのだが、見積書の金額欄を見て「これでApple Watchが買えるじゃん」と思ったのが、今まで興味のなかったApple Watchが気になり始めたきっかけだ。
その修理中はガーミンの「ForeAthlete 230J」という、ランニングウォッチのエントリーモデルを装着していた。ときどき東京マラソンなどの大会にも出る鈍足市民ランナーの僕は、これをもっぱら走るときに使っているのだが、普段使いでは無駄にゴツい。そこにAmazon.co.jpのセールで「Xiaomi Smart Band 7」(以降、Smart Band 7)が爆安になっているのを発見。すでに本国では大幅に改良されたSmart Band 8が発売されているから安いんだろう……とやや後ろ向きな気分で購入したのだが。
当たり前だが、各種メッセージの通知が届くのが便利で、腕時計が修理を終えてもすっかりSmart Band 7が手放せなくなった。最近は仕事関連の連絡というと、相手によってメッセンジャー、LINE、そしてZ世代だと古典的なSMS(仕事相手のオッサンとSNSやLINEで繋がりたくないのだろう)と方法がまちまち。とくにSMSはiPhoneの通知がわかりにくく、連絡をスルーしてしまうことも多かった。冒頭で常にポケットにiPhoneを入れていると書いたが、それは頻繁に飛んでくる連絡を確認するためであり、そんな人間こそApple Watchの恩恵が大きいのだ。
実のところメッセージの通知を受けるだけなら、Apple Watchの10分の1程度で買えるSmart Band 7で十分。しかも新型のSmart Band 8は、発売当初の価格が前型の6990円から5990円へと下がりながら、機能や性能がアップしている。ならば値段が10倍のApple Watchには何があるのか。人々はなぜ揃ってApple Watchを買うのか。そんなことを考えていたらApple Watch Series 9が発表され、僕はすぐさま予約した次第である。
まるで常にトレーニングジムか人間ドックにいるかのよう
Apple Storeでは少々迷う選択肢もあった。
iPhoneなしで出掛けられるというセルラーモデルか、iPhoneなしでは通信できないGPSモデルかだ。一瞬セルラーモデルに傾いたのだが、iPhoneを持たずに外出できそうなのは、せいぜい近場での買い物やランニングくらいだ。そんなときに身ひとつで出掛けられるのがセルラーモデルのメリットなのだろうが、本体価格も少々高いし、毎月支払う550円(NTTドコモの場合)もバカにならない。というわけでGPSモデルにしたのだが、使い始めて2ヵ月経った今「セルラーモデルにしていれば……」と少し後悔している。
いずれApple Watchに骨伝導スピーカー的なものが内蔵され、本体を耳に近付ければ通話ができる日が来るかもしれない。バンドは快適性やランニングに使うことを考え、軽くて通気性のよさそうなNikeスポーツループを選んだが、これは我ながらグッドチョイスだった。また政治家や文化人、企業経営者の方々を撮影することも多いので、Amazon.co.jpで黒革のバンドも購入。そういえば先日ダイソーでゴム製やシリコン製のバンドが売られているのを見た。あれは水泳用によさそうだ。
というわけで2ヵ月ほどApple Watch Series 9を使ってみて感じたのは、取得できるフィットネスやヘルスケア関連のデータが想像以上に細かいこと。まるで常にトレーニングジムか人間ドックにいるかのようである。次にSuicaやPayPayなどの決済機能をはじめ、「腕時計にあったら便利」というものが内蔵されていること。
腕を伸ばすだけで自動改札を通り抜け、紐づけていれば新幹線にも乗れる。PayPayもバーコード払いに限られるが、ポケットやカバンからスマホを取り出し、また戻す動作がいらない。まあ当たり前といえば当たり前だが、いざ使ってみると、それがない世界にはもう戻れないという「大丈夫か俺」感がある。
独自OSゆえにデバイス間の連携が手軽 かつ時計としてのベーシックな部分も練られている
地味だけどもっともApple Watch Series 9の良さを感じたのは、タッチへの反応や表示の見やすさといった、基本的なクオリティの高さだ。小さなアイコンを人差し指で突くと、きちんと目的のアプリが立ち上がるし、フリック入力もiPhoneほど快適ではないものの確実に文字が入力できる。Smart Band 7はタッチへの反応がいまひとつで、ストレスを感じることも多かった。身に着けて使うだけに、こうした使い心地のちょっとした違いが、満足度において大きな差になるはず。そこに10倍以上の価格差を認めるかは人それぞれだが、5年以上は使うと考えれば、決して高くはないと思う。
通知や表示、操作に関して驚くほど細かくカスタマイズできる点も、Smart Band 7やその他のスマートウォッチと大きく違う点かもしれない。ここは母艦となるスマホ(iPhone)も独自OSで、デバイス間の連携がしやすいアップル製品の利点だと思うが、一方で時計としてのベーシックな部分もよく考えられている。
たとえば僕は左利きだが、どの腕時計もリュウズが右に配置されているので、今まで左腕に装着してきた。しかしApple Watch Series 9では人差し指で画面を操作するため、左利きなら右腕に装着したほうが使いやすい。そこで左右どちらの腕に装着してもデジタルクラウン(リュウズ)やプッシュボタンが腕の先側にくるよう、表示を上下逆さまにできるのだ。自動改札のタッチ画面も右側なので、右腕に装着するメリットは大きい。
と使い始めて早々、左腕から右腕へポジションが移ったApple Watch Series 9だが、僕のワイシャツは腕時計が収まるようすべて左の袖口をゆったりと仕立ててある。先日かしこまった仕事でそのワイシャツを着たのだが、「画面とバンドをささっと左腕仕様に変更」と思っいNikeスポーツループを本体から外したら、上下がほぼ関係なくてそのまま左腕に巻き直せばよいことに気付いた。とまあ、それくらいフレキシブルなのである。
一方購入前に懸念したのが、これまで使ってきたガーミンやSmart Band 7に比べて、Apple Watch Series 9は圧倒的にバッテリーが持たない(公称18時間)こと。これまでApple Watchを欲しいと思わなかった理由でもある。常時装着する前提のデバイスなのに、バッテリーが丸一日持たないというのは使い勝手が悪いのではないか……。そう考えていたのだが、充電時間は速いので(約45分で0→80%、約75分で0→100%)タイミングを見て充電すればいい。僕は入浴→夕食の間に充電して、就寝前に100%の状態で装着。睡眠状態の監視で、朝起きると残量はだいたい85%ほど。日中は表示が「常にオン」で、途中1時間ほどランニングをしても、丸1日経って40%ほどバッテリーが残っている。低電力モードにすれば1泊2日の出張でも余裕で持つだろう。
街でApple Watchを装着している人を観察すると、ほとんどは低電力モードで画面が真っ黒。僕はせっかちで文字盤がすぐ見えないのが嫌なのと、撮影現場では周囲に気遣ってコソッと時間を確認することも多いので(それが腕時計が欠かせない理由でもある)、前述のように画面は「常にオン」にしている。後者のケースは会議や商談でもよくあると思うが、どのデザインも明暗の切り替わりが洗練されており、暗転時かつ横目でも針や数字がしっかりと見える。Smart Band 7は文字盤のデザインこそ豊富だが、暗転時は簡易的な別デザインに変わるものが多く、切り替わりがとても煩わしい。ただApple Watchはコンサバティブか大味なデザインが多く、この点は遊び心のあるデザインが充実したSmart Band 7を見習ってほしいと思う。
Apple Watch Series 9でもっとも便利と感じたのは ノールックで正しいルートがわかる「マップ」
機能面でもっとも便利と感じたのはマップだ。
目的地の検索能力こそGoogleマップにやや劣るが、手元にマップが表示されるのは実に便利。しかも角を曲がる手前になると、振動で教えてくれる。右折だとブルブルブルと連続。左折だとブル、ブル、ブルと間隔があく。つまりノールックで正しいルートがわかるのだ。自転車でいちいち立ち止まり、ポケットからスマホを取り出して……とやっていた9月までの自分が本当バカらしい。時を戻して「おまえバカだぞ」と教えてあげたい。
ちなみにGoogleマップのアプリもあるのだが、肝心なマップは表示されず、テキストと矢印によるナビ表示のみ。以前ドイツで借りたレンタカーのナビがこの方式だったが、慣れれば意外と使える。ただし行き先を設定するには、iPhoneとApple Watch Series 9を交互に操作しなければならない。Apple Watchで直接入力できるようになれば戦力になりそうだ。
既存のユーザーが気になる点は、Apple Watch Series 9から採用された人差し指と親指をタップする新しい操作方法だと思う。僕もOSのアップデート後、あれこれ試しているのだが……。たしかに指の動きに反応はするものの、なかなか思ったような操作ができない。これなら手動のほうが早く、正直まだ過渡期にある機能という印象だ。
初代Apple Watchが登場したときは「デザインは何とかならなかったの?」と思った記憶があるが、それからサイズや細部の変更はありつつ、見た目はほぼ変わっていない。そしてデザインについては、いつしかそれが自分の中で当たり前になっていた。この意識に馴染んでいくモノづくりこそ、アップルがアップルであるゆえんだと思う。そんなわけでほとんどの人はパッと見で新旧が判別できない点は、陳腐化しないという魅力と同時に、買い替えを躊躇(ちゅうちょ)させる理由でもある。
しかし歴代のApple Watchを比較すると、代替わりのたびにアップデートがあるのも事実。動きがトロく感じるとか、屋外では暗くて見にくいとか、高速充電に非対応で使い勝手が悪いといった旧モデルのユーザーは、「Apple Storeや量販店でApple Watch Series 9を触ってみるといいと思う……」ってビギナーのくせに偉そうだな。
そんな偉そうなビギナーがこの記事で強く訴えかけたい相手は、「iPhoneを使いながらまだApple Watchを持っていない人」である。腕に時計をはめるのが生理的に嫌だという人は仕方ないが、そうでなければ買って損はないと思う。
iPhoneの利便性を引き出してくれたり、今まで得られなかったメリットが享受できる。たとえば僕は手帳代わりにGoogleカレンダーを使ってきたが、予定が近付くとApple Watchで通知してくれる。iPhoneならGoogleアプリが通知してくれるのだが、ちょうど画面を見ているときでないと見落としがち。リモートの打ち合わせといった、緊張感が薄れて忘れがちな予定もフォローしてくれるのは実にありがたい。またリアルタイムの降雨情報を確認できる「アメミル」というアプリを入れているのだが、現在地に雨が迫っていると通知してくれる。これが体感で8割くらい当たる。
……とか書いているけれど、まだまだ全然使いこなしていない気がする。そんなわけで実は先日、アップルからメールで案内が来た「オンラインの無料パーソナルセッション」を受講。30分ほど、アップルの方がビデオ通話で使いこなすコツをいろいろ教えてくれた。
「ここをタップしてください」という説明とともに、僕のiPhoneにポインターが表示されたのにはびっくりしたが、そうしたアップルらしいアフターサービスもスマートウォッチは初めてな人には安心かと思う。もしまたゼンマイを巻いているiPhoneユーザーがいたら、Apple Watchを試してみることをお勧めする。機械式時計とはまったく違う体験をもたらしてくれるはずだ。
筆者紹介――鹿野貴司
1974年東京都生まれ、多摩美術大学映像コース卒業。さまざまな職業を経て、フリーランスの写真家に。広告や雑誌の撮影を手掛けるかたわら、精力的にドキュメンタリーなどの作品を発表している。
写真集に『山梨県早川町 日本一小さな町の写真館』(平凡社)、『いい写真を撮る100の方法』(玄光社)など。公益社団法人日本写真家協会会員。
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